持て余す平穏(3)
帝国軍駐屯基地の、司令官舎の一室。唐突に招集されたフリーヴィスの執務室で、二人はそれを聞く。
「――よって、戦隊長の〈アメシスト〉及びその人質は第一三独立特務隊を除籍。今後は〈ガーネット〉、君がこの隊の戦隊長となる」
「……は?」
「……え?」
淡々と告げられたフォースター姉妹の除籍に、キース達は理解が追い付かない。確かに、最近は二人とも兵舎には居なかったが。
き、とハンドラーを睨み付けるようにして〈ガーネット〉は問う。
「その二人の移籍先はどこなんだ?」
通常、独立特務隊に所属する紅闇種に異動命令は下されない。独立特務隊は、その部隊員達を文字通りの全滅まで戦わせる為に存在するものなのだ。
どれだけ部隊員が減ろうが、補充の人員は一人として来ない。ましてや、他部隊への異動など、無意味で手間の掛かる事など普通はやらない。
ハンドラーは押し黙る。それを言うべきなのかどうか、迷っている様だった。
ちらりと、隣でハンドラーをきつく見つめるレイラを見て、キースは言い募る。
「どうせ俺達もそろそろ死ぬんだ。それぐらい知ってもいいだろ」
「……!? そ、それは……、」
露骨に狼狽えるハンドラーに、レイラは応える。心底冷めた口調で。
「戦った果てに何があるかなんて、軍に入隊した紅闇種ならみんな知ってますよ。……その上で、ボクたちは戦ってるんです。家族や、友達のために」
守りたい人を守る為に。あるいは、心の通った友達と運命を伴にするために。
これまで死んで逝った大勢の紅闇種も、セレも。みんな、小さな希望と幸せを求めて軍へと入隊して、戦って、死んだ。
たとえ、その死線の果てに絶望しか見えなくとも。微かな光と幸福を得ることはできたから。
暫くして茫然から立ち直ったハンドラーは、とつとつと口を開く。
「……フォースター姉妹の移籍先は、ピースメイカー隊だ」
「ピースメイカー隊!?」
「そ、それって……!?」
二人は驚愕する。ピースメイカー隊。だって。それは。
ハンドラーは嗤う。自嘲の笑みだった。
「ああ。噂通り、ルフスラール連邦首都攻略作戦――〈公現節〉作戦の参加部隊だよ。妹の方は、皇帝陛下の勅命付きの指令だった」
〈公現節〉作戦。詳細な事は何も知らされてはいないが、戦場や補給隊員達の話で大まかな事は知っている。
新型兵器を使用して連邦首都・ベルリーツへと突撃し、その果てに全滅した――と。
集めた部隊員とその新型兵器をもってして、ただ連邦の民間人を殺戮せしめただけの、作戦とも言えぬ無謀かつ稚拙な突撃行動の果ての破滅。
沸き立つ怒りを押し殺して、キースは低く訊ねる。
「……ルナの方は」
「司令は来ていたが、希望制だったよ。〈アメシスト〉はそれへの参加を希望し、私が承認した」
ハンドラーが言ったきり、執務室には暗い静寂の時間が訪れる。二人とも、何か言う気にもなれなかった。
「……なんだよ、それ」
ぽつりと、溢れ落ちるような声が響く。
キースの脳裏に甦ってくるのは、いつか見た夕闇の中で、痛みを堪えるルナの顔だった。
死に損ねた親友の少女の後始末を終えて、振り向いた時のその瞬間の。刹那の顔。
仲間が死ぬ度に、いっつも自分のせいだと決めつけて、自分の心を傷つけて。そのくせ誰にも頼ろともしなくて、全部一人で背負って。
なのに。それに、キースとレイラは――部隊員達は甘えてしまっていたのだ。彼女ならば、自分達の痛みも命も全て背負ってくれるからと。絶望しかない世界の中で、希望の光を灯してくれるからと。
結果が、これか。
彼女に絶望だけを与えて。最後には絶死の作戦を選ばせてしまった。
「……あんたの権力なら、どうにかできたんじゃないんですか」
キース達には何の力もなかった。白藍種に命を繋がれただけの犬で、どうする事もできなかった。けれど。ハンドラーの彼なら。直接の司令が下された彼女の妹――ステラは無理でも、ルナだけでも助けられたはずなのに。なのに。
責任転嫁の的外れな怒りを宿して、キースは眼前のハンドラーを睨み付ける。ハンドラーは苦しげに目を伏せた。
「彼女には、もう妹しか心の支えがなかった。そんな状態の〈アメシスト〉の嘆願を、私は断る事はできない」
その言葉にレイラが苦渋に顔を歪めるのを、キースは見る。
……その状態にまで追いやったのは、他でもない自分達だ。ハンドラーの彼でも、ましてや敵のせいでもない。同じ仲間の筈の自分達が、彼女の心を押し潰した。
分かっているのに、キースはハンドラーに八つ当たりせずにはいられなかった。
「……結局、善人面してたあんたも他の奴らと同じなんじゃねぇか」
低く、吐き捨てた。こいつらがこんな事をしなければ。誰も死ななかったのに。誰も不幸にならなかったのに。なのに。
「……もう、やめよう」
レイラの呟く声が耳に届いて、キースははっとする。
「ボク達が言い争っても、なんにもならない」
絞り出すような声には、深い後悔の感情が含まれていた。ルナの死は自分達が受け止めるべき罪で咎で。決して、ハンドラーに当たるような事ではないから。
静かに息を吐いて、レイラは平静を装った声音で言葉を紡ぐ。
「報告は以上で宜しいでしょうか、ハンドラー」
「……ああ。もう下がってもらっていい」
「では。失礼します」
顔を伏せたままのハンドラーに、二人は敬礼を送って。半ばレイラに腕を引かれるようにして、キースは部屋を出た。
二人の少年少女が執務室を退出した後。フリーヴィスは誰に言うでもなく呟いた。
「知ってた……んだな」
自分達は万が一にも生き残った状態で戦争を終える事はできないと。過酷な戦闘の果てには、暗い絶望と避けられぬ死しかないと。それを知っていながら、彼らは――彼女らは戦っていたというのか。
――知らなかった。
そんな事、一度たりとも考えた事すらもなかった。
ただ、彼らはその先に希望があると信じて軍に入隊して、指揮管制官はそんな彼らを絶望と平等の死へと誘う仕事なのだと、そう思っていた。
けれど。違った。
絶望しかないと知りながら、それでもなお小さな希望と幸せを追い求める紅闇種の子供達を、過酷な戦場へと差し向け、殺していたのだ。相手を人間ではないからと言って、時には嬲り、身体を弄んで。
いつの間にかデスク前の応接間のソファに腰掛けていた副官が、感情の読めない声で言う。
「やっとお気付きになられましたか」
「なに……?」
ふらりと視線を向けた先、彼は立ち上がる。義憤の灯った蒼色の瞳が、フリーヴィスを見つめていた。
「そうですよ。私達は絶望の中でも僅かな幸福と希望を求めて立ち上がる子供達を鏖にしてきたのです。……そして。我らが帝国は、これからもそういった人々を散々使い倒しては殺すでしょう。大人も子供も、平等に」
そして。それは紅闇種という種が絶滅するまで続く。今のままでは。
「……どうしますか、フリーヴィス少佐。それでもなお、貴方は現状を黙認するのですか?」
「……!?」
フリーヴィスは息を呑む。こんな事を、俺はこれからも続けるのか? あんな子供達を、これからも殺し続けるのか?
悩む空色の瞳に、ふと、デスクの脇に置いていた写真が映る。――四年前に死んだ、婚約者の写真だ。紅闇種だからと、遊びのような感覚で殺された最愛の女性の。
瞬間。フリーヴィスの決意は固まっていた。
このままでは、死んだ彼女に顔向けができない。
「…………俺は、」
立ち上がり、平手をデスクに叩きつけた。両拳をきつく握り締める。
「子供達のあんな姿を知って、それでもまだ何もしないなんて事は、俺はできない――!」
今までは、知っている気になっていただけだった。そこで起きていた悲壮な覚悟には目も向けず、悲劇の主人公ぶって、本当に起きている事には目を向けていなかった。……否。知ろうともしていなかった。
真剣な眼差しで、副官は重ねて問うてくる。
「一度足を踏み入れれば、もう二度と後戻りはできません。……命の保障も、私達にはできかねません。それでも、ですか?」
「ああ」
フリーヴィスは即答する。婚約者を喪った時に、命を投げ捨てる覚悟などとうにできている。
ずっと思い悩んでいた命の使い方が、ようやくわかった。
「連絡は取れるのか?」
訊ねるのに、副官は不敵に笑った。
「ええ。今直ぐにでも」




