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終末世界で始まる二人の聖戦  作者: 暁天花
第七章 持て余す平穏と、加速する憎悪の中で
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持て余す平穏(2)

 ヴィンターフェルトの執務室。とりあえずの応急処置を終えたのち、そこでレヴは手錠を掛けられた状態で彼と相対していた。


 部屋の隅には保安隊員が銃を持って待機しており、それが今、レヴが置かれている状況を表している。


 ――勝手な敵兵の連行。今回は意識を失ったままの状態だから良かったものの、下手をすれば基地に多大な損害を出していたかもしれない重大な軍規違反だ。この扱いも当然だろう。

 険しい面持ちを崩さぬまま、ヴィンターフェルトは口を開く。


「……何故、あの少女を連れて帰って来たのか。理由を聞かせて貰おうか」


 暫し、沈黙して。レヴは彼の瞳を真っ直ぐ見つめたまま、決然とした口調で答えた。


「同じ紅闇種(ルフラール)の人間なんです。それを捕虜に取っちゃいけないなんて軍規はなかったはずです」


 はぁ。と、ヴィンターフェルトは深い溜息を吐く。諦観か、はたまた単なる呆れか。どちらとも取れる吐息。 


「彼女は白藍種(アルブラール)だ」

「…………は?」 


 一瞬。レヴは彼の言葉が理解できなかった。ルナが白藍種(アルブラール)? 帝国では白藍種(アルブラール)ではないと迫害されていたのに?


「確かに、君の言う通り彼女の瞳は紅闇種(ルフラール)紅色(あかいろ)だった。だが、あの月白の髪は言うまでもなく白藍種(アルブラール)の特徴だ。……ヴァイゼ。君も士官学校で習っただろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。そして。連邦は白藍種(アルブラール)の捕虜は取らないと」

「……っ!」


 淡々と告げられる言葉に、レヴは奥歯を噛み締める。心のどこかで分かっていた事だった。



 (あお)か白の髪か瞳を持つ者は、即刻殺処分せよ。白藍種(アルブラール)は〈スタストール〉の手先であり、人類に仇なす敵である。



 士官学校で何度も教えられ、復唱させられた標語(スローガン)だ。当時は何も考えずにそれに盲従していたけど。

 今になって気付く。その言葉の悪辣さに。非情さに。

 悲痛に目を細めて、レヴはなおも反論を試みる。


「だ、だからって、あの子が――ルナが白藍種(アルブラール)だって言うんですか! 帝国では白藍種(アルブラール)じゃないって……、紅闇種(ルフラール)だからって言われて、差別されて、望みもしない軍に動員されてたのに! なのに、なんでそんな事が言えるんですか!」


 ――全て、妹を守るためにと。己の精神すらもすり減らして、戦っていたのに。

 その果ての報いすら、ルナには許されないのか。


 激昂するレヴとは対照的に、ヴィンターフェルトはどこまでも淡々とした態度で。それすらもレヴの心を逆撫でする。

 こんな非情を、非道を、なんでこの人は平然とできるんだ――!?

 レヴの激情を全て正面から受け止めて。その上で、ヴィンターフェルトは冷淡に口を開く。


「私達は軍人だ。政府に追従し、下達される命令を全身全霊を(もっ)て全うするのが仕事で、役目だ。彼女の扱いがあちらでどうであったとしても、私達の仕事には関係ない」


 お前も連邦軍人なのだから、分別を弁えろ。そう、どこか悼む様な色を交えて、彼は言外に告げていた。


「……それに。彼女……〈白い悪魔(ヴァイサートイフェル)〉は、同胞を何百、何千と虐殺し、バルツァー少尉を討ち、ヴィースハイデ基地での惨劇を引き起こした張本人だ。それは君も分かっているだろう?」

「それは……っ!」


 返す言葉がなかった。

 言葉に詰まるレヴに、ヴィンターフェルトは微かに眉間を寄せて続ける。


「仮に彼女を紅闇種(ルフラール)と見なし、捕虜として捕らえたとしよう。けれど、彼女への扱いは何も変わりはしない。良くて銃殺刑だ」

「…………」


 レヴは押し黙る。それほどの事を、ルナはやってしまったのだ。

 ヴィースハイデ基地でレヴ達の同期を大勢殺し、南部戦線で何千もの連邦軍人を葬り、更には今日の侵攻で罪無き民間人を何万人と虐殺した。

 分かっていて、必死に目を背けていた事実だ。


 残された人々の家族や友人が、はたまた連邦軍が、政府が。そんな人物を許す訳がないのだ。たとえ、それが家族を守る為にと、必死に戦った少女なのだとしても。

 同胞を無惨に殺された帝国(アルブラール)が、連邦(ルフラール)を決して許そうとはしない様に。


 どうあっても、ルナは許されない。この先を長くは生きられない。

 その事実に辿り着いて、レヴは呆然と立ち尽くす。

 ――また、おれは大切な人を救えないのか。守れないのか。


「ともあれ。〈白い悪魔(ヴァイサートイフェル)〉は懸賞金も掛かっていた指名手配の軍人だ。私達が独断でどうこうするのは許されん。当面の間は、この基地で拘束することになるだろうな」

「え……?」


 レヴは俯いていた顔を振り上げる。そこには、微かに慈悲のこもった赤紫の双眸がこちらを見つめていた。


「ヴァイゼ大尉。君には処遇が決定するまでは二〇四号室にて謹慎とする。それまでは、怪我の治療を受けて大人しくしていろ」

「……了解、しました」


 隣で立っていた副官へと瞳を向けて、ヴィンターフェルトはこれまでの会話を締め括る。


「また、今回の事態については緘口(かんこう)令を発令する。この情報を、決して外部に漏らすな」




 医務室で改めて怪我の治療を受けて、レヴは軍医と共に指示された部屋へと向かう。幸い左目以外はそこまで重症には至っていなかったらしい。止血に治癒魔術を重ねることで、おおよその傷口は塞がっていた。


 とはいえ、無理をすればまたすぐ開くから、無茶はできないが。

 空いているベッドに腰を下ろして、レヴは軍医からの話を聞く。


「何か困った事があったら、いつでも通信機を掛けて来てくれたらいい。使い方は……、まぁ、分かるな?」


 はい、と頷いて、レヴはふと、隣のベッドへと目を向ける。そこには、身体の至る所に治療を受けた跡の見えるルナの姿があった。真朱の瞳は今は閉じられていて、見えない。こうして見ると、白藍種(アルブラール)そのものの容姿なのだなと、改めて思った。

 ルナに視線を向けたまま、レヴはぽつりと訊ねる。


「……あの、先生。彼女の容態は……?」


 暫し、沈黙して。彼は続けた。


「君程ではないが、中々酷いものだったよ。栄養失調のせいか、直近で受けたであろう傷がどれも完全に治り切っていなかった。恐らく、今の昏睡状態もそれに起因するものだろう。……正直、つい先程まで戦闘ができていたのが不思議なぐらいだよ」

「そう……、ですか」


 レヴは静かに目を伏せる。帝国の紅闇種(ルフラール)は、それ程までに苛酷な生活を強いられているのか。


「まぁでも。君ほどの怪我があった訳でも、致命傷を受けていた訳でもなかった。栄養輸液も行ったし、数日安静にしていれば、完治できる範囲だよ」


 慰めるように軍医が言ってくるのに、レヴは少し安堵する。なら、せめて。最後に話をする時間ぐらいはあるのか。

 ルナが生きて、目の前に居る。今はただ、その事が嬉しかった。


「……もう一つ、きいてもいいですか?」

「私に答えられる範囲ならば構わんよ」

「リズは、どうなったんでしょうか」


 分かりきった事だ。けれども、レヴは聞かなければならない。それが、あの時現場に居ながら守れなかった、見捨てた戦隊長としての、せめてもの責任だから。


 軍医は言うのを躊躇ったようだった。

 暫く間を置いて。彼は、静かな声で告げた。


「先程帰還したクライスト中尉から、ドッグタグを受領したと聞いている」

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