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終末世界で始まる二人の聖戦  作者: 暁天花
第五章 一夕の夢
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一夕の夢(4)

 宵闇の空には満天の星空が瞬き、月光を照り返す雪原には〈スタストール〉の残骸が篝火(かがりび)のようにちらちらと咲いている。

 それらの北方。〈スタストール〉の残存部隊が撤退していくのを見て、レヴは告げる。


「各隊に通達。敵戦力の北方への撤退を確認した。よって、現時刻をもって〈スタストール〉迎撃作戦を終了とする」


 作戦終了の通告を下したのち、レヴはふぅと一息をつく。回線を部隊内へと切り替えて、再び口を開いた。


「リズ、二人の怪我の方はどう?」


 戦死者が出なかったのは、〈スタストール〉が撤退を始めた際の通信で報告されている。そして。レーナとアルトが、怪我を負ったことも。

 問うた声に応えるリズの声音には、どこか悔しさと自分に対する苛立ちが滲み出ていた。


『やっぱり、二人とも怪我の程度は結構酷いわね。レーナは腹部を猟狼型(ハティ)に派手に斬られたし、アルトも航空型(フレスヴェルク)の自爆散弾に体中やられてる。正直、これ以上の任務継続は厳しいわ』


 その言葉に、レヴはぐ、と静かに真紅の双眸を細める。

 おれにもっと力があれば、二人に怪我を負わせることはなかったかもしれない。そう思わずにはいられなかった。


『とはいえ、今から基地に帰るにしても、二人も私も魔力欠乏症の症状が出てるから魔力翼(フォースアヴィス)は使えないのよね。ましてや、この寒さの中で歩く訳にもいかないし。少なくとも、今夜はここで一泊するのが良さそうね』


 魔力欠乏症。一度に大量の魔力を消費した際に現れる魔術特科兵に特有の症状だ。基本的には風邪に似たような症状ではあるが、重症化すると命を落とす危険性もある。決して、無理はできない。

 それに。十二月の山地の寒さは、摂氏零度を優に下回る。この極寒の中で生身の人間が歩いて移動するのは、それこそ自殺行為だ。全員纏めて凍死しかねない。 


「現状はそれが一番安全かな。……リズは動けるの?」

『私は何とか。レヴこそ、大丈夫なの?』


 リズが悪戯(いたずら)っぽく訊ねてくるのに、レヴは肩を竦めて笑う。こんな時にも心の余裕を崩さないのは、レヴも見習わなければならない部分だ。


「ちょこちょこ掠ったりはしたけど、特に大きな怪我はしてないよ。……けど。流石にちょっと欠乏症の症状は出てるかな。寒い」

『寒いのは欠乏症関係ないと思うけど』

「確かに、そうかも」


 冗談めかして言うレヴに、リズは暫し苦笑して。優しげな声音で、彼女は呟いた。


『とりあえず二人の応急処置はしたから、今すぐどうこうって訳にはならないと思うわ。……まぁ。かといって油断もできないんだけど』

「了解。とりあえず、おれもそっちに行くよ。待ってて」


 そう言って通信を切って。意識を眼前へと戻した先、そこには神妙な面持ちで佇むルナがいた。

 吹き付ける寒風に黒い外套をたなびかせ、月白(げっぱく)の長髪が月の光にきらきらと煌めく。宝石のように綺麗な真朱の双眸が、レヴを正面から見据えていた。


「レ――。……ヴァイゼ大尉。少し、宜しいでしょうか」


 凛とした、それでいて可憐な少女の声が、静寂の中に聞こえてくる。どこか怯えたような声だった。

 相変わらずの他人行儀に少し暗い気持ちになるのを、レヴは努めて隠して言葉を返す。


「なに?」


 ルナは言うのを躊躇う仕草を見せたが、ほどなくして意を決したらしい。縋るようなあかい瞳が、こちらを見つめてきた。


「今夜だけでいいので、どうか、私達も一緒に留まらせて頂けないでしょうか」

「え?」


 戸惑うレヴに、ルナは胸元に両腕をぎゅと押し付けながら言葉を紡ぐ。悲愴な、今にも泣きそうな声で。


「私の部下――ウォルターズ大尉とブラウニング少尉が、共に怪我と魔力欠乏症を発症してしまっていて。ここをすぐに去ることが難しいんです。貴方達が私達のことを快く思っていないのは分かっています。でも、」

「いいよ」

「……え?」


 言い切る前にまさか快諾されるとは思っていなかったらしい。眼前の少女は、揺れる真朱の双眸を驚きに見開いていた。

 それに少し苦笑しつつ、レヴは言う。


「確かに、帝国軍はおれたちにとっては討つべき敵だけどさ。けど、今はそうじゃないでしょ?」


 厳寒の最果ての地で、人類に仇なす〈スタストール〉を撃破すべく共に戦った仲間だ。今だけは、ルナ達は敵じゃない。

 守るべき、助け合うべき仲間だ。

 目を丸くして立ち尽くすルナに、レヴは訊ねる。


「その……、ウォルターズ大尉とブラウニング少尉はまだ動ける?」

「え、あ。す、少し待ってください」


 あたふたして通信機を起動するのを、レヴは何となく愛おしく感じて口の端を緩める。二ヶ月前に再会してから、初めて見た年相応の彼女の姿だった。

 敵、と言って割り切るには、余りにも誠実で、生真面目な。けれども昔と変わらない、どこか抜けた一面を持ったただの女の子。


 仲間との会話は終わったらしい。ルナの真朱の瞳が、再びレヴの真紅の双眸を見据える。真摯で、強い責任感を纏った紅玉(ルビー)のように綺麗なあかいろの。


「……はい。まだ、動けはするそうです」


 その言葉に、レヴは少し胸を撫で下ろす。彼女の部下の二人も、今すぐにどうこうなるような大怪我を負った訳ではないらしい。


「なら、おれたちの部隊のところに来なよ。お互い別々の場所にいるよりかは、一箇所に集まってた方がいいでしょ。色々と」

「で、ですが……」


 これまでの事を負い目に感じてるらしいルナに、レヴは目を合わせて、告げる。


「確かに、君達はおれの同僚をたくさん殺したけど。けど、それはお互い様でしょ? そう、一人で気負い過ぎないで」

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