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終末世界で始まる二人の聖戦  作者: 暁天花
第五章 一夕の夢
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一夕の夢(3)

「第一フェイズは終了。これより第二フェイズに移行します」


 隣でルナが冷然と告げるのを、レヴは剣を抜き放ちながら聞く。

 視界の最奥、航空型(フレズヴェルク)よりも一段と大きな白鉄の竜。〈スタストール〉の軍勢をここへと導き、指揮する死の使者。


 指揮管制型(ニーズヘッグ)


 奴を倒さぬ限り、ここにいる〈スタストール〉の軍勢は全滅するまで撤退しない。

 魔力翼(フォースアヴィス)を起動し、レヴの背には制御しきれない魔力が紅く輝く翼となって顕現する。今やレヴの代名詞的存在となった、悪魔のような赤翼の。


 ちらりと、隣を見やった。大切な幼馴染で、〈白い悪魔(ヴァイサートイフェル)〉と畏れられた月白の少女。今だけは敵ではなく、この上なく頼もしい仲間の。


「周りのは任せる」

「ええ」


 こくりと頷き返して来るのが見えて。瞬間。レヴは全速力で空へと翔け上がった。

 身体強化をもってしても相殺し切れない重力()が身体を襲うが、加速の手は止めない。

 ものの数秒で航空型(フレスヴェルク)の高度まで上がり、そこで一旦急停止。今度は、北へと全速力で直進した。レヴが討つべき〈スタストール〉は指揮管制型(ニーズヘッグ)。ただ一匹。他の有象無象はアルト達に任せていればいい。


 幾重(いくえ)にも連なる航空型(フレスヴェルク)の群れを置き去りにし、進路の先に立ち塞がるのを剣で真っ二つに両断する。後方で爆発が起こるのには、一切の意識を向けない。

 事態をようやく把握したらしい航空型(フレスヴェルク)の一群が手当たり次第に緋色の光線を放つのを、レヴは直感と高速をもってして回避する。が、流石にこの数だ。全てを躱し切れはしない。


 頬を、左腕を、右脚を緋色の熱線が掠め、皮膚を焼く。思わず速度を緩めたその瞬間を待っていたかのように、周囲の航空型(フレスヴェルク)が一斉に熱線をレヴへと撃たんとした――その時だった。

 本物の(わし)ならば心臓部分――核のある部分を、五つの緑の射線が一斉に貫いた。


 咄嗟に撃破を不可能と判断したらしい残りの航空型(フレスヴェルク)が回避機動を展開するが、それすらも見越して鮮緑の弾丸は次々と航空型(フレスヴェルク)の核を貫き、薄暮の空に鮮やかな炎を灯していく。


『貴方に直撃は絶対にさせない。早くあの竜を!』 

 通信機から聞こえるのは、少女の玲瓏の声。

「――ああ、分かってる!」


 再び突撃体勢を整え、急加速。眼前に阻む航空型(フレスヴェルク)は緑の射線の前に次々と撃墜され、レヴの突撃進路に遮るものは何もない。

 そのままの速度で、指揮管制型(ニーズヘッグ)へと剣を突き立てんとした。その瞬間。

 レヴの耳に、聞き覚えのある声が鳴り響いた。



「【――たすけて】」



「え…………?」


 その声に、レヴは思わず動きを止める。

 幼い女の子に特有の、甲高くて少し舌足らずな甘い声。レヴは、この声を知っている。忘れられる訳がない。

 だって。その声は。


「シャロ…………!?」


 そう。シャロ。シャーロット・ヴァイゼ。四年前にレヴが見殺しにした、妹の声だ。

 でも。なんで。妹の声が、〈スタストール〉から。

 慄然と宙に立ち尽くすレヴを、指揮管制型(ニーズヘッグ)は好機とばかりに口を開けて魔力を一点に集中させていく。魔力の凝縮された光の玉は鮮緑から緋色へと色を変え、輝きは強くなっていく。それが熱線となり、レヴを消し去ろうとした直前。突如、白鉄の竜の頭を、五つの鮮緑が穿った。


 流石に堪えたらしい指揮管制型(ニーズヘッグ)は攻撃を中断し、放たれた方へと頭を向ける。

 それを呆然と眺めていると、突然、横から強引に腕を掴まれた。

 そのままレヴの手を引いて退避する最中、ルナは振り返ってきて怒鳴るように叫ぶ。


「何やってるんですか! 敵の目の前で立ち止まるだなんて!」 

「…………ごめん」


 必死な声色に、レヴは悄然と目を伏せる。返す言葉がなかった。

 冷徹な、それでいて微かに悲愴のこもった玲瓏の声が、怒りを滲ませながらも叫ぶ。


「あれはシャロちゃんじゃないんです! レヴなら分かるでしょう!? シャロちゃんは――貴方の妹は、私達帝国軍が殺したんです! もう、この世界のどこにもいないんです!」


 ルナの言葉に、レヴはぎりと奥歯を噛み締める。

 そう。妹は死んだ。四年前に。帝国軍の急襲で身体をずたずたにされて、衰弱していくのをレヴは見殺しにしたのだ。

 守れず、それどころか逃げ出して。何もしてやれなかった。

 変えられない過去。どうしようもない事実。


「私じゃあの装甲は突破できない! 今、あれを倒せるのは貴方しか居ないんです!」


 白鉄の竜の装甲を穿つ爆音が耳に響く。けれども、指揮管制型(ニーズヘッグ)が動きを止める気配は一向にない。あの堅固な装甲の前に、人類軍は幾度となく敗退を強いられてきたのだ。小銃程度の魔力付与(エンチャント)弾では貫けない。


 脳に響く(シャロ)の声を、レヴは苦渋に満ちた表情で剣の柄を握り締める。

 分かってはいるのだ。妹がもう、この世界のどこにも存在しないことは。死者は決して生き返らず、犯した過ちは二度と戻らない。それが、この世界の法則だ。

 一度消えた命が、再び現れるなどということは存在しない。

 ぜんぶぜんぶ、頭では理解しているのだ。けれど。妹を、その声を討つなんてことは。


「――“誰も死なせない”んじゃなかったんですか!」

「っ……!?」


 迷うレヴの心に、ルナの怒声が突き刺さる。はっとした。

 “誰も死なせない”。いつかの黎明の戦場で、ルナに対して放った言葉だ。

 もう、大切な人は喪わない。四年前に誓った、そして今もなお強く想う願い。二度とあんな後悔と絶望は味わいたくなくて、だから力を欲した、レヴが軍を目指した根源の気持ち。

 毅然と、それでいて優しさを感じさせる玲瓏の声が、決然と告げる。


指揮管制型(あれ)は貴方の大切な、守りたいものなのですか!?」


 何を討つべきで、何を守るべきなのか。それは、最初から決まっているはずだ。

 今、レヴが守らねばならないのは、(シャロ)の声を騙る指揮管制型(ニーズヘッグ)ではない。

 そう。あれは偽物だ。今を生きる人々の心を揺さぶり、死者の命を弄ぶ殺戮の使徒、〈スタストール〉だ。断じてシャロなんかじゃない。


 ()()()()()()()()()()()()()()


「……ありがとう。ルナ」


 憂わしげに見つめてくるルナに、レヴはどこか吹っ切れたような声音で告げる。真紅の双眸には、決然とした光が灯っていた。


「あれはシャロじゃない。ただの敵だ」


 そう。敵。世界中の人々を殺戮し、人類を滅亡の危機に追いやった、鋼鉄の使徒。ただ、それだけだ。

 死者は生き返らない。犯した過去は変えられないし、変わらない。

 これから先の世界に妹は存在しない。二度と現れない。だから。


 ふ、と自分の愚かさに自嘲の笑みが溢れる。

 いったい、おれは何を狼狽えていたんだろう。妹がこんな暴威を振るう怪物な訳がないのに。――死んだ人間は、どのような形であれ生き返ったりはしないのに。


「……ばか」


 き、と腕を引くルナの双眸が細められる。何を今更、当たり前のことを言っているんだと、揺らめく真朱の瞳は言外に告げていた。

 ルナから目を離して、再び指揮管制型(ニーズヘッグ)の巨体を見据える。今居る背面からは、流石に核までは到達できない。こいつを屠るには、一度正面へと回ってから再度突撃するしか術ない。


「援護は任せていいか?」 

「勿論。今度はしっかり当てて下さいね?」


 こんな状況下なのに冗談混じりに微笑んでくるのを、レヴは少し苦笑して。ルナの腕を離れると、再び、魔力翼(フォースアヴィス)を最大出力で加速した。




 機動兵装群〈ルイン〉を操作しながら、ルナは赤く輝く光翼を少し呆れたように見つめる。

 克服したように見せかけていただけで、結局、彼は家族の――とりわけ妹の死を受けれられていなかったのだろう。

 だから、偽物の声を聞いて、レヴは取り乱した。手を止めてしまった。


 心のどこかで、生きていると思って、願ってしまっていたから。

 けれど。死者は決して生き返らない。犯した過去は取り戻せない。どんなに後悔しても、何も変わりはしない。

 今を生きる私達にできるのは、残った大切なものを守るために必死に足掻くことだ。そして。今の彼に大切なものは、妹の偽物ではなく、仲間なのだろう。


 だから、今、彼は再び剣を手に取って、妹の声を放つ指揮管制型(ニーズヘッグ)と対峙しているのだ。

 レヴの周囲に群がる航空型(フレスヴェルク)を掃討しながら、ルナは誰に言うでもなくぽつりと呟いた、


「討つべき敵、ね」




 周囲の航空型(フレスヴェルク)には意識もやらず、レヴは宵闇の中で蠢く指揮管制型(ニーズヘッグ)のみに意識を集中させる。

 指揮管制型(ニーズヘッグ)は飛行性に大火力。そして堅固な装甲を誇るが、それだけだ。


 元々が戦闘用として設計されていないらしく、近接防衛火器などは一切存在しない上に動きそのものは鈍重だ。取り付いてさえしまえば、ただ硬くて大きいだけの的でしかない。

 とはいえ、この距離では装甲を貫く勢いが足りない。一旦、距離をとらなければ。


 指揮管制型(ニーズヘッグ)から遠ざかる最中、白鉄の竜は口腔に紅い光玉を形成し、レヴを消し飛ばさんと魔力を凝縮させる。が、それもただの一発に過ぎない。

 即応機動のできない通常部隊ならばまだしも、レヴ達は魔術特科兵だ。射線さえ分かれば、躱すのは容易だ。


『全軍へ通達。指揮管制型(ニーズヘッグ)の熱線攻撃が予想されます。各員注意されたし』


 ルナの極めて冷静な通告を聞きながら、レヴは再度突撃体勢を整える。

 剣と魔力翼(フォースアヴィス)へ持ちうる全ての魔力を注ぎ込み、剣の刃は緋色に近い赤色へ、魔力翼(フォースアヴィス)は更に広い光翼となってレヴの背に顕現する。


 指揮管制型(ニーズヘッグ)が熱線を放つのと同時。魔力翼(フォースアヴィス)を一気に最大まで加速した。

 傍らを極太の熱線が通り抜け、焼かれた雪原には鮮やかな炎の直線が描かれる。不運にも射線上にいた戦車型(スコル)猟狼型(ハティ)が、跡形もなく消し飛んでいた。


 反動で無防備となった自分を守護するように周囲の航空型(フレズヴェルク)を指揮するが、その(ことごと)くはルナの射撃によって撃墜されていく。

 悪足掻きに妹の声を響かせるのを、レヴは真紅の双眸を嫌悪に細め。吐き捨てる。


「その声を喋るなっ!!」


 突撃の勢いのままに胸部へと剣先を刺し込み、激情のままに振り上げた。

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