表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界で始まる二人の聖戦  作者: 暁天花
第三章 狭窄する眸
16/50

狭窄する眸(5)

 世界が夕焼けの朱色に焼き尽くされる中、全身血まみれのセレは、建物の瓦礫に背を預けてこちらの方を見つめていた。


「…………ルナ。私を……撃て」 


 ぼそりと、弱りきった声がルナの耳を打つ。二人とも、通信機は切っていた。


「もう……、私は、助からない」


 口の端から血を伝わせながら、セレは言う。

 榴弾を至近距離でもろに受けた彼女の身体は、見るに堪えない無惨な姿だった。軍服の至るところからは血が流れ、破片の突き刺さった左目は抉れて元の綺麗な黒瞳(こくとう)は見る影もない。


 右腕も、肘から下がなくなっていた。

 無言で、ルナはレッグホルスターから拳銃を引き抜く。銃口をセレの脳天へと合わし、撃鉄を起こす。

 セレはふ、と笑った。恨みも辛みも、何も感じさせない、綺麗な笑顔だった。


「……ありがとう」


 そう言ったのが微かに聞こえて。

 直後、ルナは拳銃のトリガーを引いた。 




 待機させていた自分の隊の場所へと戻って、ルナは再び通信機を起動する。努めて冷徹な声音を装って、ルナは告げた。


「現在時刻をもって〈折れた刃(ブレイク・ザ・エッジ)〉作戦を終了。各員、撤退を開始してください」 




  †




 日が暮れた頃にようやく駐屯地へと辿り着いて、ルナは兵舎に入るとそのままいつものように執務室へと向かう。

 少し前の〈秋桜(コスモス)〉作戦こそ極秘作戦故に口頭での報告だったが、普通は報告書を作成しての提出が基本だ。 


 年季の入った椅子に座って、これまた年季の入った引き出しから報告書の用紙を取り出す。ペンの先端にインクを浸して、ルナは今日の対連邦軍迎撃作戦〈折れた刃(ブレイク・ザ・エッジ)〉作戦の事柄についてなるべく詳細に記入していく。

 作戦名及び総指揮官名、作戦の意図と結果を記入した後に、ルナは用紙をめくって裏側へと目を向ける。


 そこには、()()()()()と題された空欄が設けられていた。

 紅闇種(ルフラール)の兵士は人間ではないから、戦死者とはカウントしない。兵器や軍馬などの、軍の備品としての数字にしかならないのだ。


 心が痛むのを感じつつも、ルナは今日戦死した者達の()()()()を丁寧な文字で記入していく。

 これは、ルナのせめてもの抵抗だった。纏めて累計としてしか記録されないのならば。せめて、報告書には彼らの生きた証を残しておきたい。そう思ったから。




 一時間ほどで報告書は書き上がって、ルナははぁと一息をつく。どのような戦術・戦法を取ったのかなどは書く欄すらもないから、正直これを書くのにあまり時間はかからない。

 いつかの任務の際に拾ったコートを羽織って、ルナは執務室を出る。廊下の照明は既に灯火管制がかかってい て、薄暗かった。左右の部屋の殆どのドアが開いたままなのを見て、ルナは悄然と目を伏せる。


 ……この戦隊の結成から約二ヶ月が経って、戦隊員の数は三分の一にまで減ってしまった。

 毎日ろくな休息も与えられずに激戦地に投入されて、無理な作戦を強制されて。毎日人が死んでいって。けれど、再三要求している人員の補充は、一向に通る気配がない。

 それもそのはずかと、ルナは真朱(しんしゅ)の瞳を細めさせる。


 帝国は紅闇種(ルフラール)を絶滅させようと、毎日過酷な強制労働と戦地への投入を行っているのだ。生存率の上がる人員の補充など、通るはずがない。

 そして、それは。ハンドラーの権力では、どうしようもないのだ。


 暗い気持ちで廊下を歩いていると、ふと、レイラとセレの相部屋もドアが開きっぱなしなのに気がついた。照明は灯火管制の影響か、点いていない。

 ちらりと中を見やって、ルナはその光景に言葉を失った。

 暗闇の中に見えたのは、レイラがセレの服を抱いて(くずお)れている姿だった。どうやらそのまま眠り込んでしまったようで、すぅすぅと寝息をたてている幼い寝顔が見える。


 ルナはそっとレイラの元へと歩み寄ると、起こさないように優しく彼女の身体を持ち上げた。

 医者のいないここでは、風邪すらも致命的な病気になりかねない。そんなことで、仲間を失う訳にはいかない。

 そのままベッドへと移して、掛け布団を上から掛ける。帰り際にレイラの眠る顔を見て、ルナはつい両拳を握り締めた。


 彼女の頬には、涙の跡が残っていた。親友を喪った喪失感と悲嘆を、彼女は一人で吐き出していたのだ。

 なんて強い子なんだろう、とルナは思う。悲嘆に泣き叫びたかったはずなのに。彼女は作戦中、何らの弱音も、涙も流さなかった。


 それなのに。私は。いったい、いつまで無能な指揮を執れば気が済むのだろうか。連邦から奪った()()()()()()を使わせて貰っているのにも関わらず、毎日毎日戦隊員を死なせて、哀しませて。そのくせ、遺された者達の糾弾も悲嘆も受け止めきれないで。 

 ……ほんとうに、私は、いったい何をしているんだ…………?





  †





 司令官舎の門前で〈アメシスト〉から報告書を受け取ったハンドラーは、自室でコーヒーを啜りながらそれに目を通していた。これを読めば、今日の執務は終わりだ。

 ――〈折れた刃(ブレイク・ザ・エッジ)〉作戦。戦線南部において帝国が受けていた攻勢の敵先鋒部隊を、〈アメシスト〉率いる三個特務隊が迎撃したものだ。


 結果として成功はしたものの、ブラッドレイド隊は副長の〈スカーレット〉を喪失。また、その他の人員も殆どが戦死した。

 今、この戦隊には〈ガーネット〉と〈マリアライト〉。そして、戦隊長の〈アメシスト〉とほか数名の隊員しか残っていない。恐らく、あと一週間もしないうちに隊長格の三人以外は全滅する。そう、今までの経験が告げていた。 


 ふと、自室の窓から外へと目を向けると、そこにはいつもの満天の星空が広がっていた。ハンドラーはつい、その景色に魅入ってしまう。いつ、何度見ても、ここの星空は絶景だ。

 けれど。その星空の下では、二つの人類が互いを憎悪し、相手を人ではないと陥れ、罵りながら殺し合っている。

 そして。それには、ハンドラー自身も加担しているのだ。


 紅闇種(ルフラール)を絶滅させるために、隷下の少年少女達を毎日戦場へと投入し、無理な作戦を押し付けて殺処分する。それが、第一三独立特務隊の指揮管制官(ハンドラー)である自分の仕事だ。

 ふと、ハンドラーは自嘲の笑みを浮かべる。

 今は亡き妻の写真を優しい手つきで撫でて、呟いた。


「……本当に、俺は何をしているんだろうな」


 紅い瞳に、黒い髪。自分の妻も、彼らと同じ紅闇種(ルフラール)だったというのに。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


もし、この小説が少しでも面白いと思ったのならば、ブックマーク登録や評価★★★★★を入れてくださると嬉しいです!


よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ