「誰の子を妊ったのだ」と言われましても
時間の経過以外は、台詞のみのお話です。
「誰の子を妊ったのだ」
「……貴方の子です」
「もう一度訊く。誰の子を妊ったのだ」
「だから貴方ですってば」
「姦通罪は極刑に値するぞ」
「あのねえ……姦通なんかしたくたって出来ませんってば。しつこいぐらい、ずうっと離してくれないんだから」
「“したくたって”……“しつこい”……何だその言い草は! 数合わせの十番目の側室のくせに」
「私もそのつもりでしたが、貴方から求められたのだから仕方ないでしょう。王太子殿下の閨を拒める訳ないじゃないですか」
「求めた……? 嘘だ……そんなはずはない! 誰がお前みたいな平凡な女を!」
「お疑いでしたら、21時~9時までの貴方にお尋ねください。私を追及なさるより手っ取り早いでしょう」
「……分かった。ちょっと待ってろ。……逃げるなよ!?」
十分後────
「……いかがでしたか?」
「信じられん……あのクールな兄上が……どんな美女も、どんな才女も相手にしなかった女性嫌いのあの兄上が……本当にお前なんかと寝たとは」
「ね? 本当でしたでしょう?」
「交代時の引き継ぎ報告では、何も言ってなかったのに。ずっと俺に嘘を吐いていたとは……」
「私も嘘を吐かれていたことになります。『弟にも僕達の関係は話してあるよ』と仰っていたのに」
「そんな……」
「恥ずかしかったのではないでしょうか? 自分を尊敬してやまない弟に、あんなことやこんなことしちゃってたなんて言えませんもの」
「あんなことや……こんなこと?」
「あら……全部は言ってないのかしら。21時になるとね、『レミちゃん、お待たせ~会いたかったよ~』って、猛烈なキスから始まるの」
「レミ……ちゃん…………キス……」
「それでね、すぐに抱き上げられて、浴室へ連れて行かれて、一緒に入るの」
「……どこに」
「湯船に決まっているでしょう」
「嘘だ……そんなこと……」
「隅々まで私の身体を洗って満足した後は、私を膝の上に乗っけて、『レミちゃん、はいあーん』って言いながら、オードブルを食べさせワインを飲ませるの」
「……あーん?」
「気持ち良く酔いが回ってきたらベッドへ運ばれて……後はご想像にお任せします」
「……どうやって」
「どうやって?」
「どうやって兄上を誘惑したのだ。始まりは? きっかけは?」
「よく覚えていません」
「……は?」
「だって、ワインを飲み過ぎて泥酔していたんですもの。部屋に貴方……お兄様がいらして、一緒に飲み始めた所までは覚えているけど、どういう流れでそうなったのかは覚えていないわ」
「覚えていない……だと? 初夜だぞ? 乙女が純潔を捧げる記念すべき日だぞ?」
「……やらしい言い方」
「何!?」
「とにかく、仕方ないでしょう? 酒好きの若い貴族女性っていう条件だけで側室になったんですから。『酒が強くなきゃいけない』とは募集要項に書いていませんでしたよ」
「うっ……それは……」
「我が国の主神は、酒をこよなく愛した女神。十人の妃達が酒を飲めば飲むほど国が繁栄すると言い伝えられている……そうですよね?」
「ああ……」
「王室だけでなく、一般の女性の飲酒も推奨されていますが……私の父は、女性の飲酒に厳しい隣国から養子に入り、爵位を継いだ人なので。家での飲酒は一切許してもらえませんでした……ううっ、すみません、思い出したら切なくなって」
「……ほら」
「ありがとうございます……お借りします。ふふっ、こういう所はご兄弟そっく」
「話を続けろ」
「まあそんな環境でしたから……夜会でたまに飲めるワインの美味しさと言ったら……! ワインを飲む為だけに、夜会という夜会に顔を出していたほどです」
「それは余程だな」
「はい。十番目の側室オーディションでは、酒への想いを重要視されていましたから、私にピッタリだったのです。一口飲んだ時の私の顔に、審査員の大臣の中には感動のあまり泣いてしまわれた方もいらっしゃったとか」
「……それは合格だろうな」
「はい! お陰様で朝から晩まで、好きなだけ飲酒を楽しめる環境を手に入れました! ワインはもちろん、珍しい泡の立つ麦の酒や、良い香りの米の酒など種類も豊富で……しかも酒に合ったおつまみまでサッと用意していただけるなんて。ひとり飲みを楽しんだり、王妃様や他の側室様方と宴会したり。毎日が天国のような生活でした」
「でした?」
「はい……だってもう、妊っているのですから……しばらく飲めませんもの」
「何だと!? 子を……世継ぎを授かったことを喜ぶより、酒を飲めなくなることを憂うとは何事だ!」
「……それはもちろん、妊ったのはとても嬉しいんです。貴方のお兄様のことは……最初は変わった人だと思ったけど、今は愛しているし、閨のあれこれもちょっとしつこいけど大好き……嫌いじゃないの。でも……ううっ……貴方があんなことを仰るから」
「あんなこと?」
「『誰の子だ』なんて仰ったじゃないですか! そりゃあもちろん……貴方とお兄様が別の方だということは存じております。 お母様のお腹の中で双子のお兄様が亡くなり、貴方のお身体に二人分の魂が入ってしまわれたことも。だけど……『レミちゃん、愛しているよ。早く二人の愛の結晶が欲しいな』って囁いてくれたそのお顔で、『誰の子だ』なんて冷たく言われたら……おまけに『お前みたいな』とか『お前なんか』とか。……いっそ愛されなきゃよかった、酒を楽しく飲んでいただけのあの生活に戻りたいって……ううっ」
「それは……悪かった。あの兄上がまさかと思って……信じられなかったんだ」
「何で貴方はこんなに複雑なんですか? 毎日毎日、きっちり12時間の交代制で。しかも引き継ぎの時しか相手の行動を把握出来ないなんて酷いわ。嘘を吐かれたら分からないじゃないの」
「そうだな……端から疑って、責めて悪かった。……20時40分。ちょっと早いけど、引き継ぎしてくる。……身体に障るから、とりあえず座って待っとけ」
二十分後────
「……ごめんレミちゃん!」
「…………」
「嘘を吐いていたつもりはないんだけど……いや……吐いていたか。弟があんまり僕に理想像を押しつけるものだから、なかなか言い出せなかったんだよ」
「いいですよ、別に。9時から始まる弟さんの冷たい態度から、貴方が私とのあれこれを全く話してないことは分かっていましたし。まあ弟さんとは、朝のご挨拶と行事の時くらいしか接点はありませんでしたけど」
「……子供が出来たこと、何で僕じゃなくて先に弟に言っちゃったの? 先に僕に話してくれたら、僕から弟にちゃんと伝えたのに」
「それは……自分でもよく分からなくて。でもきっと、信じて欲しかったのかもしれません。貴方も、弟さんも、そのお身体も。全部ひっくるめて愛しているんだと思います」
「レミちゃん……」
「自分で勝手に話したのに、勝手に傷付いてバカみた……むぐっ」
「なんで弟はレミちゃんの良さが分からないんだろう! こんなに可愛いのにさ」
「……ねえ、モーちゃんは私のどこを好きになったの? いつも可愛い可愛いって言ってくれるけど、弟さんの言う通り、顔はとっても平凡よ?」
「うーん、今はどの顔も可愛いと思うけど、きっかけはお酒を飲んでいる時のあの顔かなあ」
「飲んでいる時の?」
「うん。ほんわかして、とろけちゃいそうでさ。まるで世界中の幸せを全部集めたみたいな笑顔で……一瞬で恋に落ちたよ。大臣達がうるさいから、一番から十番までひと月に一時間ずつ。部屋で適当に過ごす予定だったのに……気付いたら君を抱き締めてた。他の妃達の酔った顔を見ても、なんとも思ったことなかったんだけどな」
「そうなの……さすが、十番側室オーディションで、ぶっちりぎりの一位合格だっただけあるわ」
「ふふっ、そうだね。でも今は、酔ってない時も全部可愛いと思っているよ。どんな時のどんな君も、全部好きだ」
「モーちゃん……」
「白状すると……本当は、弟がレミちゃんを好きになったら、少し嫌だと思ってたんだ。僕だけが好きって言って、僕だけに好きって言ってくれる、僕だけのレミちゃんでいて欲しいっていうか……嫉妬……かな。だから君との関係を言いたくなかったのかも。傷付けてごめんね」
「ううん……私こそ……貴方と弟さんは別人だって、分かっているのに。全部愛しているなんて、酷いことを言ってしまったわ」
「ううん、すごく嬉しかったよ。他の誰も知らない奇妙な僕達を、丸ごと受け入れて愛してくれているだなんて。だから僕も今は、弟が君を好きになってくれたら嬉しいと思っているよ。僕と弟は一心同体だからね。でも……やっぱり少しは嫉妬しちゃうかもしれないけど」
「モーちゃん……」
「レミちゃん……」
一ヶ月後────
「ミウ、おはよう!」
「おはようございます、モーくん」
「今朝の体調は? 朝食はトマト粥を結構食べたって、兄上から報告を受けたけど」
「ええ、そうなの。食べられるものが段々分かってきたわ。酸味があって味の濃いものは結構平気」
「そうか。偉いな、ミウは」
「ふふっ、くすぐったい。お兄様とはもう仲直りしたの?」
「……一応。とりあえず今は子供の名前よりも、ミウの悪阻対策に努めることにした」
「よかった! 心配してくれてどうもありがとう」
「当たり前だろ、二人とも父親なんだから」
「ところで私の呼び名はどっちに統一することにしたの?」
「どっちも譲れないから、今のままでいくことにした。どうせ兄上は夜メインだし、ほとんど誰も聞いていない所で呼ぶんだから構わないだろ。夜……あああ……何で兄上が夜なんだよ。俺だってミウとあれこれしたいのに」
「モーくん!」
「無事に生まれて落ち着いたら、絶対昼も時間つくって部屋に行くからな。 美味しい酒を持って」
「楽しみにしてるわ。昼飲み、最高なのよ。……きっとあれこれもね。でも、せめて一日置きにして。死んじゃうから」
「ミウ……トマト粥、少し味見してもいい?」
「いいわよ……優しくね」
ありがとうございました。
12時間の交代は双子の意思にかかわらず、強制的に行われてしまいます。(時間外に交代することは絶対に出来ない)
[十分後]の時のように、二人が話をすることはいつでも出来ますが、その間は周りから見ると眠っている状態に見えます。




