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父の自殺

 直堅が江戸に出奔してしまって父、光通は途方に暮れていた。直堅に同行して鯖江まで行き、後を追いかけて今庄の宿で説得にあたった堀十兵衛は福井に戻って報告したが、責任を感じて自害した。光通の周りで多くの人が自害したり出奔したり、呪われた血であるかの如く強い運命を感じるときもあった。湯殿で女官にお手をお付けになり生まれた子供ということであれば、福井藩創始者である結城秀康も直堅(権蔵)も松岡藩の昌勝も同じような境遇だ。それが原因なのか、その後も福井藩は他のどの藩よりも世継ぎ騒動が多く、幕末まで何回も続いた。


 渦中の光通は高田様(天崇院勝姫)と高田藩松平光長から出奔した直堅を許さず追求するように迫られるし、家臣団からは世継ぎを正式に決めないからこのような騒ぎになるのだと意見された。江戸では高田様が近くにいるため気が休まらなかったが、参勤を終えて福井に帰ると少しは楽になると思っていた。しかし福井の家臣たちも正式な嫡男がいない光通に今からでも側室を設けて、世継ぎを作るように進言する者もいた。とにかく福井でも江戸でも光通の周りがあまりにも騒ぎ立てるので、光通自身の心労が重なっていった。

 延宝2年(1674年)3月24日、まもなくまた江戸への参勤に向かわなくてはいけない日が近づいてきた。家老職の永見氏が光通の所に挨拶に来た。

「殿に置かれましては来週には江戸に向けてのご出発、お勤めご苦労様にございます。本日は江戸の高田様より文が参っております。」と言って手紙を差し出した。その手紙を開いて読み始めた光通の表情が明らかに曇った。嫌な手紙だったようだ。

「殿、どうなさったのでございますか。」と永見が聞くと光通は手紙を放り投げて

「江戸に着いたらすぐにおばあさまの所へ来いと書いてある。幕府筋から側室を向かわせる言っている。国姫が死んでまだ日が浅いというのに、どういう了見なんだ。国姫が死んだのも直堅がいたからというよりも、国姫に世継ぎを産めと圧力をかけたおばあさまのせいではないかと思う節もある。それなのに今度は私に圧力をかけてくる。もういい加減にしてもらいたい。」と吐き捨てるように述べ、手に持った扇子を振りかざしてひざ元の畳を叩いた。大きなストレスがかかり、江戸に行って高田様に会わなくてはいけないという重責感から何もかも忘れてしまいたいという衝動にも駆られた。

 午後の仕事を終え湯殿へ向かった。湯殿の入口には女官が控えている。直堅が生まれてから若い女官は配置されなくなっていたが、今日の女官は極めて若く美しい女官が配置されている。着物を脱がせてもらいながら光通は

「いつもはもっと年増の女官だが、おまえは随分若いな、家老の永見が声をかけたのか?」と聞くとその女官は微笑みながら

「殿、ご心配なさらないでください。御家老からはしっかりとお世話しろと命じられております。」と答えた。光通は永見が若い女官をあてがう事で、お手を付けてでもお世継ぎが出来ればと思ったのだろうとその心中を察した。直堅が出奔していなければそんな苦労をしなくてもよいものを、直堅の出奔で大きく情勢は変わってしまったのだ。しかし国姫が死んでまだ3年しかたっていない。国姫への思いが消えたわけではなかった。若い女官が肌をあらわにしながら裸の光通の腕や背中を丁寧に洗ってくれているが、光通は理性を働かせ女官の手を握る事はなかった。光通はまだ38歳だった。

 湯殿を後にした光通は部屋に戻り夕餉の支度を待った。ほどなく準備が整い、給仕役の女官たちが酒を注いで夕餉が始まった。この時の女官も永見の考えなのか、年増の女ではなく若い美しい女官が1人選ばれていた。勧められるままに酒を飲んでいると徐々に酔いが回って来た。光通は女官に

「おまえはいくつだ。」と問うと恥ずかしそうにその女官は

「26でございます。」と答えた。

「どこかへ嫁いでいるのか。」と問い直すと

「夫は昨年、病で倒れて亡くなりました。」と答えた。未亡人である。光通はむらむらとした気持ちが込み上げてきたのがわかった。女官の手を取ると近くに寄せた。しかしその時、国姫のことが頭に浮かんだ。国姫を忘れたいならば側室を娶ればいいだけのことだ。女官に手を出さなくても、そう思いなおすと急いで手を引いて、女官を遠ざけた。残ったのは罪悪感だけだった。お三に手を付け、直堅が生まれて騒動は始まった。なのにまた女官に手を出そうとした自分に嫌気がさし、無垢で純粋な国姫に寂しい思いをさせた自分を責めずにはいられなかった。女官を部屋から出し、一人になった光通はしばらく考え込んでいた。女官たちが夕餉の支度を片付けて部屋に戻っていった。隣の部屋には布団が用意されている。気持ちを押さえられなかったら先ほどの女官とここに入っていたかもしれない。そう考えると自分に対する殺意さえ感じていた。枕元には太刀が大小揃っている。国姫が自害したのも布団の中だった。枕元の脇差を手にとった光通は隣の部屋で襖越しに控える従者たちに気づかれないように布団の中に入り、寝ているかのように布団をかぶり時が過ぎるのを待った。周りの従者たちも寝込んだ真夜中に光通は脇差を抜いて静かに自らの首元を切った。傷は頸動脈に達し、大量の血液が布団の中に溢れた。静かに光通は意識を失っていった。



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