婚約破棄王子に復讐するために悪魔を召喚したけど、思ってたのと何か違った件
悪役令嬢ローザは牢獄の中にいた。
ローザは国の王子と婚約していたが、ぽっと出令嬢ヴェロニクの人気を妬み、王子が心変わりするのを恐れて、ヴェロニクを殺そうとしたという罪で。
しかし、それはまったくの濡れ衣だった。
ローザを悪者にして処刑すれば、めでたく意中のヒロインと結婚することができると考えた王子の企みだった。
権力者の王子には協力者が多く、ローザには太刀打ちできなかった。
無実を訴えたが退けられ、処刑の日が刻一刻と近づく中、ローザは悪魔を召喚した。
ローザの家には代々伝わる禁忌の魔法があった。悪魔を呼び出して、自分の魂と引き換えに契約を結ぶというものだ。
そうすると死んでも天国には行けず、生まれ変わることもできない。悪魔に渡した魂は、食べられて無くなってしまうのだ。
それでもいい、とローザは思った。
王子とヴェロニクに復讐できるなら構わない。
ローザは禁忌の黒魔法を使い、悪魔を召喚した。
黒髪に赤く光る目、頭には牛の角を生やし、耳の先が異常に尖り、血に濡れたような唇からは牙がのぞく、真っ黒い服をまとった無気味な男。
それがローザの思い描く悪魔だった。
しかし真夜中の牢屋で、ローザの目の前に現れた悪魔はまったくイメージと違っていた。
ど派手なピンク色の髪にルビー色の大きな瞳、白い肌の若い女の悪魔だった。
頭の黒い角と背中から生えている翼を見れば、確かに悪魔だが、それ以外は普通に可愛い女の子だ。
いや、普通以上に可愛い。
何より際立つのは色気だった。
ほぼ下着のような薄い衣装は胸の膨らみや腰の細さを強調している。
肌色成分が多く、目のやり場に困った。
「なっ…何という格好をしているのです。だっ、誰か羽織るものを」
ローザは慌てて看守を呼ぼうとしたが、死刑囚のローザは放置されていて、日に一度の食事を持ってくるときぐらいしか人は来ない。
「いーの、いーの、気にしないで。これが私の正装だもん」
艶めかしい姿の少女が喋った。
少し甘ったれたような口調だ。キンキンした高い声ではなく思ったより低く、それがまたドキリとした。
「で、あたしは何をすればいーの?」
「あっ、えっ…と、私を陥れて殺すつもりのこの国の王子と、王子を奪ったあざとい女に復讐を……してほしかったんだけど」
なんか思ってたのと違う、とローザは目の前の小悪魔を見て思った。
「なるほどなるほど。りょーかい」
ローザは目を丸くした。
「あなたにできるの?」
「あらあなた、あたしを見くびってるの? 人間1人誘惑するくらい、チョロいもんよ」
そういって小悪魔は赤い舌でチロリと唇を舐めた。
確かにこれほど扇情的な美少女に誘惑されれば、誰でもイチコロだろう。
「でも、誘惑してほしいんじゃないの。私と同じくらい死ぬほど辛い思いをして、ひどい目にあってほしいの。殺されるんだもの、2人にも死んでほしいの」
ハッキリ口にすると、我ながら恐ろしい考えだとローザは自覚した。
悪魔に魂を売ってでもそうしたいと思っている自分がいる。
痩せ細り、苦悩で髪は抜け落ち、以前のような輝きをすっかり失ってしまったローザに最後に残ったのは憎しみだった。
「分かってるわ。あなたの気持ちはよぉく分かるわ。ひどい目にあわせて殺すために誘惑するの。それがあたしのやり方よ」
ローザは怪訝そうに眉をひそめた。
「まずはその王子を虜にするわ、快楽漬けにするの。快楽は求めれば求めるほど、かならず破滅に向かう。気持ちいーことをするためにはどんな犠牲もいとわない、そういうところまで堕としてやるの。うんと甘やかして気持ちよくして洗脳して、あたしのいうことを何でもきく馬鹿にするの。そうなったらもう後は、真綿で首を絞めるようにじわじわと確実に死に追いやるわ。楽しいでしょ」
歌うような淫魔の言葉は耳心地がよく、ローザはうっかり聴き惚れた。
しかしやはり、
(なんか思ったのと違う……)
と思った。
「それじゃ気持ちいい思いも沢山するってことでしょう。嫌よ不公平だわ。辛くて苦しいだけの、うんと痛い目にあってほしいの」
「例えば? 大きな岩が降ってきてぺしゃんこに潰されて、すぐに息絶えなくて長く苦しんだ挙げ句に死んじゃうとか?」
「そうね、そういうのかしら」
ローザは相づちを打ちながら、やはり何か違うと感じた。
「もしくは、両手足の爪を剥いで、両手指を折ってから、両手足首を切断して、次は腕と太ももを切断して……っていう風に、末端から少しずつ拷問していくとか?」
食後のデザートを選ぶような調子で言い、悪魔はふふっと笑った。
「それはちょっと……」
酷すぎる気がして気が引けた。
(むごすぎる? ううん、私にこれほどの仕打ちをしたのだから、そのくらい……)
いや、やはり何か違うと感じた。
裏切り者の王子と泥棒猫がどのような死を遂げるか悪魔にオーダーして、叶えてもらう。
それで溜飲が下がるかといえば、決してそうではない。
彼らがどんな死に方をしようが、気持ちが晴れることはない。
己の魂を悪魔に引き渡してまで復讐を果したところで、結局ローザは不幸なのだ。
「……私は……本当はあの2人のことなんて、もう考えたくもない。忘れて、ここから出て遠いところで幸せに暮らしたい。贅沢じゃなくていい、慎ましく幸せに。心から愛する人に愛されて……そんな人生が送りたかった」
本当の望みを口にすると、悲しくてみじめで辛くて、悔しくてたまらなかった。
決して叶わないと分かっているからこそ、悔しくて悲しい。
「それもそうね」
と淫魔は相づちを打った。
「りょーかい」
えっと聞き返したときには、淫魔は余韻も残さずにぱっと姿を消していて、全ては己の狂気が見せた幻影だったのではないかと疑った。
しかし数日後、死刑の前日にローザは牢獄から釈放され、驚くべきことに自由の身となった。
「王子のお赦しが出た。といっても国内に留まることは許されない。国外追放と処する」
家族ごと隣国へ亡命したローザは、隣国では意外にも歓迎され、以前ほど優雅ではないにしろ、それなりに安定した暮らしを営むことができた。
痩せ細った身体も抜け落ちた髪も元に戻った頃に、国の王子の噂を耳にした。
毎晩寝所に現れるピンク髪の淫魔にすっかり魅了され、骨抜きの廃人のようになっているとの噂だ。
それを聞き、ローザははっとした。
あの日呼び出したあの淫魔に違いない。
「どうかした?」
王子のことを久しぶりに思い出して考えこんでいたローザに、恋人のトーマスが尋ねた。
トーマスはあの王子とは違い、真面目で誠実な青年だ。
満身創痍だったローザを心配し、あれこれ世話を焼くうちに恋に発展し、自然と助け合える間柄となった。
それは実に自然でラッキーな成行きだった、とローザは今まで思っていた。
(だけど……これもあの淫魔の力なのかしら)
あの日ローザは悪魔に願った。
贅沢じゃなくていい、慎ましく幸せな人生を。愛する人に愛されて、と。
「了解」
と悪魔は確かに言った。
(あれで悪魔との契約が成立したのであれば、死後の魂は悪魔のもの。悪魔に食べられて無くなってしまう……)
怖いと思った。
しかしあの淫魔に頼んだからこそ、牢獄から釈放されて今の第二の人生を歩めているのならば。
この生涯を精いっぱい謳歌しない手はない。
悪魔に魂を売ってでも叶えたかった望みは、王子たちへの復讐ではなく、今手にしているこの人生だったのだから。
この先待ち受けているものが何であろうとも、今が幸せであると揺るぎなく思えることがローザは誇らしかった。