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2 孤独な初夜と愛される者の存在

「お父様。女性も国政に携わるべきだと思います」


 小さな世界しか知らない幼い頃の私は、怖いものがなかった。


 教育を受ければすぐになんでも自分のものにできて、だからもっと自分を試したくて、一生懸命に勉強して、そんな自分なら、大好きなこの国をもっといいものできると信じていた。


「国政に携わりたいのなら、王妃となるか?」


「王妃に、ですか?」


 なるか?と問われて、なりたいと言えばなれるものだとはさすがに思ってはいなくて、どうしてそんな事を聞かれるのか不思議だった。


 それが何を意味するのか。


 後から思えば、この時にお父様は、一つの問題が解決できると考えていたのだ。


 この時私は、“簡単になれるものではありません”と答えた。


 でも、父の言葉を実現させてしまうのが、私の生家だった。


 大人ぶって余計なことを言わなければよかったと、どれだけ後悔してもあの日に戻る事はできない。


 当時の王太子殿下と婚約したのは、私、ヴァレンティーナが7歳、アルテュール様が12歳の時だった。


 婚約期間は11年。


 私達が結婚したのは、私が成人を迎えた18歳の時だ。


 その時すでに、アルテュール王太子殿下は即位し、国王となっていた。


 前王陛下が早くに逝去されてしまい、若き王を支えるためにも私達の結婚は急がれた。


 だから、王家を支える為には私の生家、ドレッド公爵家の力添えが必要だった。


 私も国のために、そして大切な王家に遺されたアルテュール様を支えていくつもりで、11年もの月日を王妃教育に励んできたつもりだった。


 それなのに……


 初夜を一人孤独に寝室で過ごし、朝を迎えた室内でボーッと天井を見上げていた。


 上体を起こしただけで、ベッドの上から動く気にはなれなかった。


(アルテュール様は、私の元には来てくださらなかった……)


 彼がこの夜をどこで過ごしたのかは想像に容易い。


 結婚すれば少しは変わるのかと思っていたのに、まさか初夜から蔑ろにされるとは思ってもいない事だった。


 もう間も無く、朝の支度をする為に侍女達がここを訪れる。


 その時に、一人で初夜を過ごした王妃を見て、何を思うのか。


 カーテンの隙間から陽光が漏れ出る室内に、扉がノックされる音が響いた。


 朝を迎える事がこんなに憂鬱になるなんて、思ってもいなかった。


「失礼します、王妃殿下。朝の身支度に参りました」


 数名の王妃専属侍女が室内に入ってきた。


 訓練された彼女達は、顔色一つ変えずに私の身支度を始める。


 この部屋の外では何を話していたのかと、ため息をつきたくなる気持ちをグッと抑えて、表情を取り繕って平静を装う。


 私の心は疑心暗鬼の上に、随分と狭量になっているようだ。


「今日の予定を申し上げます」


 支度が終わり、椅子に座ってお茶を飲みながら侍女の報告を聞いていたけど、これから朝食の場であの人にどんな表情を向ければいいのか。


 平静を装えば可愛げがないとまた言われるのだろうか。


「きっと、殿下を気遣ってのことですよ。婚礼の儀式で、殿下がお疲れだったから、気を遣われたのだと思います」


 俯いてしまっていたものだから、公爵家から付いてきてくれた侍女のジャンナがそんな言葉をかけてくれたけど、その慰めの言葉が、余計に私を惨めにさせて、そっと気付かれないように息を吐いていた。


 いっその事、部屋で食事を行うと伝えようかしら……


 いいえ、ここで逃げてはダメよ。


 それこそ、陛下の真意を確かめなければ。


 彼はこれからずっと私を避け続けるつもりなのか、まだ、気持ちの整理が出来ていなかっただけなのか。


 どちらにせよ、私達は国王夫妻として国を支えていかなければならないのだから、このまま私を蔑ろにし続けるはずがない。


 そう自分に言い聞かせると、侍女を伴って食堂へと移動していた。


 朝食が用意されているであろうその部屋に入ると、私を待っていたのは驚愕の光景と、それによって打ちのめされる事だった。


 開けられた扉の先に見えたのは、陛下とその愛妾であるマヤが二人で食事をしているといったものだった。


 私が来るのを待たずに、二人で楽しげに食事を進めており、そして、私の分の食事はどこにも用意されていなかった。


 いや、私が座るはずの場所にマヤがいるのだ。


 周りに控えている使用人達の表情はみな一様に固い。


 アルテュールからは、何故ここに来たと言わんばかりの蔑むような視線を向けられた。


 ここにお前の居場所はないと言いたげに。


 マヤは私に流し目を向け、赤い唇をニヤリと歪めてみせた。


 結婚二日目にして、何故、私がこんな仕打ちを受けなければならないのか。


 私との婚姻の意味を、この人達は理解していないのか。


 私の我儘のせいでこの婚姻が成されたと、未だに思っているのか。


 溢れかえりそうな感情を抑えて、指先がわずかに震えていた。


 このまま何も言わずに黙って引き下がれば、彼女に負けたのだと認めた事になる。


 でも、どう思われようと構わなかった。


 口を開けば、受けた教育なんか忘れて、感情のままに怒鳴り散らしそうになる。


 きゅっと口を引き締めて、感情を押し殺し、踵を返して部屋に戻っていた。


 背中を笑い声が追いかけてきたけど、今は無視する事しかできなかった。


 部屋に戻って一人にしてもらうと、ベッドに突っ伏して顔を覆って咽び泣いていた。


 彼らの姿が私の脳裏にこびり付いている。


 この国の王家、貴族には、金髪に青か緑の瞳を持つものがほとんどだった。


 アルテュール陛下も、身分としては下級貴族のマヤも金髪碧眼だ。


 私は、ストロベリーブロンドにグレーの瞳のこの国では馴染みのない色をしていたから、その見た目からすでにアルテュール陛下は嫌っていた。


 いや、見た目が気に入らないという理由が大部分を占めているのではないかな。


 まともな貴族ならそんな幼稚な理由で国王が妃を拒むのかと思われるかもしれないけど、アルテュール陛下の中では、黄金の髪が王侯貴族の証と思っていたのは知っている。


 母親が公国の出身ということもあり、“混ざりもの”と私を揶揄していたくらいだから。


 部屋で一人で過ごしていると、自分の中を整理しきれない様々な感情が駆け巡る。


 幼稚な事をする二人への怒り、陛下を矯正できなかった悔み、彼らが今後を想像できない事への呆れ、自分が蔑ろにされている状況への嘆き。


 婚約期間中も、陛下は私に冷たい態度をとり続けていた。


 エスコートも必要最低限で、すぐに自らが招待したマヤの元へ行っていたし、贈り物も直接されたことなんかない。


 誕生日を祝ってもらった事もなければ、優しい言葉をかけてもらった事もない。


 陛下は全く私を大切にしてこなかった。


 ほんの少しだけ期待している部分もあった。


 結婚すれば何かが変わるのだと。


 生前の前王陛下もそう仰って私を説得して、だからこの国のためになるのならばとこの結婚に至ったのに……


 でも、結局、何も変わらなかった。


 陛下は私を、王妃を、必要としていない。


 それがどんな結果を招くのか。


 今の私はまだ、どうにかして関係を修復できないかと、その事を願っていたくらいだったけど、わずかな希望も無残にも打ち砕かれる事になる。










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