1 プロローグ:逃亡者
川のほとりに、真っ白いコートを着た女の遺体が打ち捨てられている。
白鹿の革でできたコートを鮮血で染めて。
うつ伏せの状態で頭部は川に浸かっているせいで、流れていく水を汚していた。
顔面を激しく損傷した遺体は、身元を特定するには難しい。
生前の彼女は、黄金の髪をなびかせ、さぞ人の目を惹きつけたことだろう。
今は、その醜い姿で人の目を集めている。
彼女の死体は多くの目に晒されて、二重の辱めと苦しみを味わっている。
いい気味だ。
これが、あの女だったら尚のことよかったのに。
あの女は王妃にまでなったのに、夫である国王からは見向きもされなかった。
それもそのはず。
見窄らしい容姿をしていたからだ。
安っぽいストロベリーブロンドの髪に灰色の地味な色の瞳で、背も平均並で、体つきだってただ腰が細いだけの貧相なものだった。
そして無能で、私の正体に気付きもしない。
私が劣っているものなど何一つ無いのに、私は王妃になれなかった。
国王の寵愛を一身に受けていたのは私の方なのに。
あの女にも必ず復讐しなければ気が済まない。
醜い死体を晒しているあの女は、私の侍女だった者だ。
随分と尊大な態度で私をみくびっていたから、あの女の顔面にスコップを打ち下ろした時は胸がスッとした。
あの役立たずの侍女にどれだけの物を奪われたかわからない。
あれは王妃の指示したことで、私に対しての嫌がらせだ。
辛うじて下級貴族となった私が城にいることが気に入らなかったから。
「たかが獣を殺したくらいで両親を奪ったこんな国。さっさと消えてしまえばいいのに」
私の呟きは、風の音に消される。
私の大切な家族は、この国によって殺された。
今は、私は追われる身だ。
でも、私はこれで終わらない。
身代わりとなる女が、あの侍女だ。
これで私への追及から逃れる時間稼ぎができる。
私が死んだと思わせることができる。
「デリラ。準備が整ったから行こう」
声をかけてきたのは、城から逃げてきた私を保護してくれたランドンだ。
ランドンも、私と同じように理不尽な理由で両親をこの国に殺された。
アルテュールがもっと力になってくれていたらと、それだけが心残りだけど、彼はもう過去の男だ。
今はまずこの場から離れて、私達の計画を実現させる。
差し出されたランドンの手を握って、用意された馬車に乗り込んだ。