魔力による進化
「ねぇ、ギタト。この果物、どこにあったか教えてくれない?」
名付けた名前をしっかりと呼びながら、私は手に持つ果実をギタトに見せて尋ねた。
「クダモノ……?ウン!クダモノ…ウン!」
ギタトは頷きながら、うんうんと返事を返し始める。
今度はどうも、私が「うん!」と頷いて答える仕草を真似し始めているみたい。本当に物覚えがいい…これなら、普通に会話が出来るようになるのもすぐかもしれない。
「えっと、案内…これ…どっち?」
私はもう一度手に持つ果実をギタトに見せ、そして方向を表すように指を差してみせる。
「アンナイ……コレ、アンナイ?ドッチ……ウン!クダモノ!アンナイ!」
私が伝えたがってることを理解したのか、ギタトはその場で身体の向きを変えて走り出そうとする。
「あっ…待って!ギタト!」
また姿が見えなくなると困ると思い、咄嗟に走り出そうとするギタトを呼び止めた。
「ギゥ!?」
「あ、ゴメン!…わ、私も、そこへ、連れて行って?」
自分を指差し、そしてギタトが走り出そうとしていた方向へと指を差す。
「ツレテ……ウン!」
ギタトはまた、嬉しそうに笑顔を向けながら頷いて返した。
歩く気力を取り戻せた私は、ギタトの案内に従って歩き始めた。
ギタトは時折走り出そうとしては私を振り返り、ちゃんと自分の後ろについてきているかを確かめている。『連れて行く』という言葉の意味をしっかりと理解しているんだ。こんなにも言葉を理解するのが早いなんて…どう考えても異常だと、その背中を眺めながら思い始めていた。だって元は魔物で、言葉を喋るなんてこと今まで出来なかったはずなのに…もう言語の意味とか頷いたりする人族固有の仕草まで学習し始めている。
これは知能が良いというだけでは説明がつかないような――。
「……ミサオ、クダモノ!」
ギタトが歩みを止め、指を差しながら叫ぶ。
「あ、本当だ!これと同じ、果物……だね。」
ギタトの案内で確かに、お目当ての果物がたくさん生っている場所へと辿り着いた。
果物が成る樹の周囲にある別の樹の蔓が、その一帯を覆うように繁り巻き付いているせいか、陽が一部当たらなくなっていて少し暗くなってるような場所だ。
「よく知ってたね…ギタト凄い……!」
「ウン!ギタト、スゴイ!」
「本当に…どうしてこんな場所を知って――」
そうだ。
どうしてギタトは、こんな果物がたくさん成っている場所を知っていたのかな?
そしてそれと同時に、今、まさに『指を差す』という私の行動さえも覚えて真似てたことにも気が付いた。さらには、その覚えていたらしき場所に、一度も迷うこと辿り着いたという成果を見たことで、私の中の疑問も渦巻きを強める。
「…っ……!」
そうか…私が魔力を注ぎ、それを元に人のような姿に進化を果たしたというのなら。つまりそれは私の魔力と一緒に、人が持つ…私が持っている知識とかまでを一部分け与えたってことなのかもしれない。魔力を注ぐのは。魔物達に知識まで植え付けてしまうってことになるのかも…。
「ギゥ?」
一見すれば人族とあまり変わらない外見と、人族と同じ言葉を話せるようになった元魔物の男の子。そんな存在を私は、間接的にとはいえ生み出してしまったことになる。もしかして私はまた、自分の魔力によってとんでもないことをしでかしているんじゃ……。
そう思い始めた瞬間、私の背中を冷たいものが伝う。
「……ミサオ?」
考え込んでいた私を不思議に思ったのか、ギタトが私の顔を覗き込んできた。
「あ、ゴメン…なんでもないよ?」
正直、なんでもなくはないことが私の頭を過ぎる。
もしも、こんな知能を持ってしまった元魔物の男の子が、人族に牙をむくようなことになったら…。私は、取り返しのつかないことをしてしまったことになるのかもしれない。だから、このギタトがこれからどう知恵を得て成長するかに――。
「ね、ねぇギタト?えっと…ちょっと高いところにあるあの果実なんだけど…私には届かないから、ギタトが取ってくれないかな?」
「ギゥ?……タカイ?」
「うん、あれはすっごい高いから、私がうーんと手を伸ばしても取れそうにないでしょ?」
私は試しに、今までのようにカタコトのような単語ではなく、動作も交えながら言葉を繋げるようにして説明してみた。
「タカイ……ミサオ、トドカナイ?……ギゥ!」
ギタトは一瞬考え込むようにした後、自分で納得したように二度ほど頷いた。
「クダモノ……ギゥ!!」
そして身をかがめる仕草を見せたかと思うと、その場で高い場所に生っている果物目掛けて跳躍した。
ギタトが跳躍した瞬間、背中に見えている翼が僅かに振動しているのが見えた。そして、もう少しで果物が採れそうな高さに到達した途端、その場でピタッと動きを止める。
「え……と、飛んでる!?」
……ううん、違う。『浮遊』しているんだ。
ギタトの背中から強い魔力の波動を感じる。あれは背中の翼で羽ばたいているというより、翼が彼の全身に風魔術のような力場を作って、身体全体を浮かせるようにしているってことみたいだ。
「ミサオォ-!クダモノ!」
ギタトはお目当ての果物を手にして私を呼んでいる。
自身を中に浮かせてるのを、無意識に行っているのが分かる。……考えてみたら、それは当然のことかもしれないと察しがつく。彼は元々『翼で宙に舞う魔物』だった訳だから。それはもはや本能的な行動なんだよね。
そしてもう一つ分かったことが。
この風魔術による、まるで肌を撫でられるみたいに感じる魔力の波動。さっき洞窟で私を揺り起こした魔力の波動は、このギタトの翼から発せられた魔力だったんだと。
「ギゥ!クダモノ!……ミサオ?」
両の手に果物を持ったギタトが、いつの間にか私のすぐ傍まで戻ってきていた。手に持っている果物を私に差し出して、受け取るのを待っている。
「……あっ、う、うん、ありがとう!……ギタトは食べないの?」
「ギゥ?」
ギタトは自分が手に持っている物は一切口を付けず、私が食べるのを待つようにジッと私を見ている。
「ミオサ、オナカ……。」
「あ、もしかしてギタト……?」
自分が食べるより先に、私が飢えを凌ぐことを優先に考えてくれているの?
「タベル…ミサオ?」
「……う、うん!ありがとう…いただきます!」
そうかもしれないと考えたら、私は目に涙が溢れる程に嬉しくなった。
自分のことよりも先に、人族である私のことを気遣ってくれているギタトの気持ちが、今はとても嬉しい。人に牙をむくとか考えていたさっきの自分を殴りつけたくなった。
「あむっ…お、美味しい…本当にこの果物美味しいよぉ!」
「ギゥ!」
私が果物を食べる様子が嬉しいのか、ギタトはまた笑顔を見せてくれた。
「んむっ…あ、ねぇ?ギタトも、その手に持っている果物を食べなよ?……って、果物というか食べ物を口から摂取出来るんだっけ?」
「タベ……ギタト、クダモノ?」
「うん、そうそう!私みたいに、ほらっ…あー…んっ!」
「ギゥ?…アー…ンッ…………ンンッ!?」
私の真似をして、果物にかぶりついた途端、ギタトは目を丸くして制止した。
「あっ!?もしかして、マズかった?…や、やっぱりギタト、普通のご飯は食べられないの!?」
そっか…元はコウモリで、人の血を吸って生きてきた魔物なんだから…いくら人の姿になったからって食べ物は――。
「…………オイ、シイ。」
「へっ?」
「オイシイ!クダモノ、オイシイ!!」
口の中いっぱいに果物を頬張りつつ、ギタトは目を輝かせながら叫んだ。
「コノクダモノ…オイシイ!オイシイ!」
「あっ…食べられるんだね?」
「タベラレル!ギタト…クダモノ、タベラレル!」
嬉しそうに何度も叫びながら、手に持っていた果物をあっという間に食べ尽くしてしまった。
「……ギゥ!?」
そして夢中になって食べてしまったのか、自分の手から果物がなくなったことに気が付いたらしい。
「ギゥ……クダモノ……ミサオ、クダモノ……タベル?」
そして、どうしたらいいのか分からなそうに、困ったような顔を私に向けてきた。
「……フッ、フフフ…アハハハハハ!」
まるで、小さな子供みたいなギタトの行動と表情に、私はなんだかおかしくなって吹き出してしまった。
「ミサオ!?」
「アハハハハ!…あっ、ご、ゴメっ…アハハハハ!」
人の血液以外を口にしたのが初めてで、ましてやこんなに美味しい果物の味を知っちゃったんだもの。夢中になって食べちゃうのは当たり前だよね。でも、自分がガツガツ食べちゃったのに手元になくなって困った顔をするギタトの様子が、たまらなく微笑ましくなっちゃったんだ。
「フフフフッ……い、いいよ?フフッ…まだ、果物あったでしょう?また、取ってくれるかな?」
「ウウゥゥ…ギゥ!クダモノ、アッタ!」
困り顔から一転して、嬉しそうになったギタトはその場からまた果物のところに飛び立とうと身構えた。
「クダモノ、トッ――」
その瞬間ギタトは、何かを感じたようにあさっての方向へと顔を向けた。
「…………。」
「ん?ギタト?…どうしたの?」
「…ッ………。」
ギタトは答えず、その方向に身体ごと向きを変える。
そして突如、全身の体毛が逆立ちそうなほどに身体を緊張させ始めた。
「ギタト?一体、どう――」
「ミサオ!」
ギタトは叫ぶと同時に、私の傍に飛ぶようにして身体を移動させた。
「グルァァァァァーーー!!」
「ギゥ!!??」
「キャァッ!!??」
耳を劈く程の唸り声がしたと思ったら、その直後にギタトの身体が私の方へ吹っ飛んできた。
「ギ、ギゥゥゥ……ギゥ?ミサオ?」
ギタトが背中を見せながら私の方へと振り向く。そのギタトの肩と腕からは大きな切り傷が見えていた。
「い、今の唸り声みたいなのは…ギタト――」
その瞬間、私も感じ取った。
ギタトの身体越しに、向こうからとてつもない気迫と魔力を感じる。それは洞窟の中で、コウモリの魔物達に襲われそうになった時と同じ気迫――。そんな何かから、ギタトは私を庇うようにしてくれたのだと。
「ギ、ギタト!?」
そのギタトの肩と腕の傷から滴り落ちる血は、私達人族と同じ赤い色だった。