二人で歩む時
これで完結となります。
書き始めた時は、これほど長くなるとは思ってませんでした。
登場人物も増えてきて、あれも書きたい、これも書きたいと膨らんでしまいました。
毎日更新を目指していたのですが、忙し過ぎて書けなかった日とか・・・、でも頑張りました~。
翌朝、王宮の前では帰国するサムエル王太子の為に、ヘルフリート、エヴァンジェリン、シェレス公爵、ホルエン侯爵が見送りに立ち、近衛兵が礼装で花道を作っていた。
サムエルがモーゼフ、ネバエを始めとした護衛の騎士を従え、花道を歩んでいく。
途中でサムエルの足が止まった。
見送りの列に並ぶリュシアンに手を伸ばすと、その髪に触れる。
「いつでも来るがいい」
リュシアンの答えを待たずに、サムエルは再び歩み始め、用意されていた自馬に飛び乗った。
そして、振り向きもせず駆け出すと、モーゼフ達も後に続く。
一群の馬があげる土煙が落ち着くと、すでに姿は見えなくなっていた。
サムエルは、王都の外で待っていた大軍を引き連れ、凱旋行進のように堂々と駆けて行く。
エヴァンジェリンは、サムエルの姿に王族としての姿を見ていた。愛を最優先にしない王族の姿。
でも、それも愛なんだと思う。レクーツナのサムエル王太子が望めば、兄のケーリッヒ以外の周りはリュシアンを差し出すだろうから。
慌ただしい一日も終わりを告げるように、夜になると王宮に静寂が訪れた。
扉をノックする音に、エヴァンジェリンが心臓を躍らせて跳ね上がる。
部屋に入って来たヘルフリートは、その様子に笑みを浮かべた。
「少し話をしようか?」
ヘルフリートが言うと、エヴァンジェリンが明らかにホッとした様子を見せる。
今夜は、初夜なのだ。
結婚式の後も友好条約締結の為、ヘルフリートは部屋に戻る余裕はなく延びていた。
ヘルフリートが自分のグラスに酒を注ぐと、エヴァンジェリンが見ている。
「飲むか?」
エヴァンジェリンは首を横に振り、いらないと答える。
ヘルフリートはエヴァンジェリンの手を取ると、甲にキスを落とす。
「嫁いできてくれて、ありがとう」
エヴァンジェリンが勇気をくれた。長い時、迷い、逃げていた自分に決断する勇気をくれた。
「私は王妃教育は受けておりません。私に王妃が務まりますでしょうか?」
エヴァンジェリンは、一番の不安を尋ねる。
「正しい王妃の姿など、誰にも分からない。
エヴァンジェリンが存在するだけで、それが王妃だ。
無理に変わらなくてもいい、誰でも時間と共に自然に変わっていく」
同じように王妃教育を受けていないイメルダは、アナクレトの王妃として贅沢三昧をしていた。
公務もまともに出来ず、王子を産んだというだけだ。
「貴女に」
ヘルフリートは、公爵令嬢として教育を受けているエヴァンジェリンは、王妃の意味も責務も分かっているから不安なのだと分かっている。
「貴女に初めて会ったのは、私が15歳の時だった。
次は、貴女のデビュタントの夜。すでに婚約者がいた貴女が美しくて目が離せなかった。
やがて、夜会に来ても、パートナーの婚約者はすぐに離れ、貴女は一人佇んでいた。
その姿は哀しい程、綺麗だった。
ずっと好きだった」
「ヘルフリート様、嬉しいです。
私は、ミッシェルに浮気された時は、死にたくなるほど苦しかった。
好きだったから。
でも、家族の愛を身に受けて、ミッシェルの事を思い出しもしなかった。
ヘルフリート様との婚約の話を聞いた時は、愛されているとは思わなくて、公爵家の娘として振る舞おうと思ってました。
でも、ヘルフリート様が私の事を好きかも知れないと思い始めると、頭の中、ヘルフリート様でいっぱいで、一緒にいたいから王妃になろうと思ったの」
エヴァンジェリンの言葉を、黙って聞いていたヘルフリートは、エヴァンジェリンをそっと抱き締めて触れるだけのキスをする。
「私を喜ばせるのは、エヴァンジェリンだけだ」
兄を殺して手に入れた玉座だからこそ、恥じぬ王に成らなければならない、と自分を追い詰めていた。
この両手は、兄の血で汚れている。
でも、そんな自分にエヴァンジェリンは駆けて来てくれたのだ。
葬送式で襲われたヘルフリートを心配して、人込みを掻き分け走ってくるエヴァンジェリンが天使に見えた。
自分は、エヴァンジェリンと国を天秤にかけたら、エヴァンジェリンを選ぶ。
だから、そういう状況にならないようにしなければならない。
「私に貴女をもっと愛させて欲しい」
エヴァンジェリンは、頬を染めると首を縦に頷いた。
「私もヘルフリート様が好き」
こんな言葉を自分で言えるなんて思わなかった。
血を吐いた時、自分を少し変える為に、大きな勇気が必要だった。
他の人には些細な事でも、エヴァンジェリンには大きな勇気だった。
そんな自分が好きになっていく。
だって。
あの時の勇気がここに繋がっていて、未来はヘルフリートと一緒だ。
ヘルフリートはエヴァンジェリンを抱き上げると、寝室に続く扉を開けた。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
完結まで書けたのも、皆さまのおかげです。
感想や、誤字報告をいただき、感謝です!
violet