血濡れの王
『血の粛清』
密かに噂される王の名。
アナクレト王は、ある面では良き王であった。政治の癒着を嫌い、貧者の保護を掲げ、孤児院や病院の増設に力を入れ、能力があれば認めて、責任ある立場に付けた。
時にそれは、能力のある貴族の職を解き、平民や低位貴族に与えた為に、仕事が滞り多大な被害が生じる事もあった。
生まれた時から教育を受け人脈のある高位貴族と、能力があっても教育が足りていない平民とでは大きな差がある。その中には大きな努力で期待以上の働きをする者もいるが僅かである。
ましてや、貴族達の上に平民の上司をおくようになると、不平は大きくなっていた。
それらのフォローを王弟であるヘルフリートが補っていたのだ。
高位貴族達の反発を買う反面、平民からの人気は高かった。
平民にとっては、起きていない戦争の恐怖など関係ないのだ。国境にレクーツナ軍が配備されていることを知る情報を持っていない。
自分達を贔屓してくれる王が殺されたのだ。
王太子である息子の王子は、逃走中に殺された。
『血濡れの王』
甥である子供まで殺した、心も氷でできている。
ヘルフリートの戴冠式が迫っているというのに、街はアナクレトを惜しむ声が大きい。
当然、王宮にもその声は届いていたが、忙し過ぎて対策が取られていない。
エヴァンジェリンは王宮に与えられた部屋の窓から、外を見ていた。
エヴァンジェリンが王の婚約者と公開したことで、王都の公爵邸より王宮の方が安全と判断されたのだ。
急遽仕立てたウェディングドレスの試着をしているのだ。
オフィーリアも駆け付け、ドレスのチェックをしている。
「そこのレースを広げてちょうだい」
オフィーリアが指示すれば、お針子達が即座に対応して、ベールのレースを広げる。
宝石をふんだんに縫い付けたウェディングドレスは重い。
試着中のエヴァンジェリンは、窓から見える空は青く、ゆっくりと雲が流れて行く。
エヴァンジェリンに話しかけて来ては、エヴァンジェリンを褒めるオフィーリアの笑顔を嬉しく思って、ドレスは重いが、心は軽いエヴァンジェリンである。
ついこの間まで、ミッシェルと結婚して、ビスクス伯爵夫人になると思っていた。
それがミッシェルに裏切られ、血を吐き、気付いたのが家族の愛。
父も母も兄も、顔を合わす事のない同居人のようだったのに、倒れたエヴァンジェリンを心配して集まって来たのだ。
変わってみようと思った。
それが今に繋がっている。
ヘルフリートの戴冠式の後に、結婚式がある。
ヘルフリートが王位に就いたので、結婚式を早めたのだ。
王妃になったら、もっと変わっていくだろう。
ヘルフリートはアナクレト王の設立した孤児院や病院の支援を、続けていくつもりだから、慰問に行こう。
それで、ヘルフリートの評判が変わるわけではないが、少しずつ変えていこう。
夫の評判が悪いよりは、良い方がいい。
明日は、戴冠式と結婚式に参列する為に、レクーツナ王国の王太子が来る予定だ。
その後に友好条約の締結があるという。
「お母様、あとで挨拶の姿勢とかチェックしてほしいの」
レクーツナは大切な国だから、粗相があってはならない。
だって、王妃になるんだもの。
「分かったわ、厳しくするわよ」
オフィーリアが言えば、エヴァンジェリンは笑う。
「もちろんですわ、お母様」
レクーツナ王国に完璧な対応をして、役に立つ王妃でありたい。