王家の秘密
4代の王が出ており、全員が王陛下の呼称となるので、分かりにくい部分もあるかも知れません。
最後に家系図を追加しましたので、ご参照ください。
「私が30歳の歳に、サラティ・レクーツナ王女が輿入れされて来ました。
政略とはいえ、クレーメンス王太子殿下とサラティ王女は仲の良い夫婦であられた」
レガシー侯爵はそう言って話を始めた。
クレーメンス・メルデア、アナクレトとヘルフリートの父である。
「サラティ王女の輿入れと共に、軍事大国レクーツナ王国と友好条約が締結され、国境の開放で物流の流れが加速した。
問題は結婚3年を過ぎても、世継ぎに恵まれない事だった。
王宮内では王太子殿下に側妃を娶る話が取り上げられたが、王太子殿下自身が強く抵抗の意を表されたのと、サラティ王女の婚姻の条件が、両王家の交わりにより永続的な和平の実現が絶対条件だった為、王太子殿下と王女のお子以外は、友好条約の撤廃、開戦の可能性が高いと側妃の話はなくなった。
だが、4年経ってもお子には恵まれなかった。
そうなると、再燃したのが側妃の話だ。何よりも王家の存続に係わる。クレーメンス王太子の妹殿下は亡くなっており、継承者はクレーメンス殿下しかいなかったからだ。
やがて5人の側妃が立たれ、そのうち一番位の低い伯爵令嬢のテレジア側妃が身籠られた。
マンフリート王も王太子殿下もお喜びになられ、テレジア側妃には離宮が与えられて無事に出産されアナクレト王子がお生まれになられた。
マンフリート王はこの慶事に、王位をクレーメンス王太子殿下に譲位され、産まれたばかりのアナクレト王子を王太子として立太子させた。
もちろん、サラティ王太子妃は王妃として扱われ、アナクレト王太子の母君は側妃のままで、レクーツナ王国に配慮したが、友好条約は破棄され、国境は封鎖された。
レクーツナ王国から、サラティ王妃の待遇に不備あらば、即刻開戦と通知が来ていた。
クレーメンス王はサラティ王妃を大事にされていたが、王妃の苦悩は計り知れないものだったろう。
側妃に子供が生まれてすぐに立太子させたとなれば、他国から見れば王女が不遇に扱われているとしか見えない。王女より側妃が大事にされて、王女が苦難を強いられていると思うだろう。
王妃も他の側妃も懐妊の兆しがないまま、3年後、テレジア側妃が懐妊された。本人が隠して処理しようとして妊娠が発覚したのだ。
クレーメンス王は、テレジア側妃に2年以上お渡りがなかったのだ。
王の子ではない子を妊娠したという事だ。
テレジア側妃が結婚前からの恋人を離宮に引き入れていた、とすぐに分かりました。
クレーメンス王もマンフリート前王も怒りは凄まじいものだった。
そうして浮かび上がったのが、アナクレト王太子は王の子供か、という疑惑でした。
あれほど仲睦ましい王妃との間に7年お子が出来ず、他の側妃にもお子が出来ない。
クレーメンス王は子供を作れない、それは確定に近い疑惑であった。
30年前、マンフリート前王の元に私と先代の、シェレス公爵、コーディング公爵、ホルエン侯爵が集まったのです。
我々はサラティ王妃に嘆願したのです。
『王家のお子を産んで欲しい』
サラティ王妃は、クレーメンス王を裏切ることは出来ないと拒絶されました。
しかし、ご実家からもサラティ王妃が身籠れないなら、帰国の要請が来てました。
レクーツナ王国からは、側妃の子供が立太子したことで、サラティ王妃が辛い立場で不遇を強いられているなら戻って来たらいい、と言うものでした。
それは、開戦が近く、サラティ王妃を人質にしない為のものでした。
『私はクレーメンス王のお子が欲しい』
とサラティ王妃は泣かれました。
しかし、王家の血筋でないアナクレト王太子が王に成ることを杞憂されたのです。
お子がいなければ、血筋の子を王として迎えて国際間の関係を再構築するという事も出来たのですが、すでにアナクレト王太子がいたのです。
そして、嫁ぎ先のメルデア王国と実家のレクーツナ王国の関係。開戦を避けるには、どうしても両国王家の血を引く御子が必要でした。
あの頃は、今よりももっと軍事力に差があり、レクーツナ王国に勝てる国などありませんでした。
『薬を使って眠らせて欲しい』
サラティ王妃は、そう言われました。
薬を飲んで意識のない王妃に、マンフリート前王が種付けをしました。
そうして生まれたのが、ヘルフリート王でいらっしゃいます。
マンフリート前王のお子か、クレーメンス王のお子か、誰にも分かりませんが、間違いなく王家の御子でございます。
クレーメンス王のサラティ王妃への寵愛は続きましたが、お子達への関心は失ってしまわれました。
ただ、クレーメンス王が産まれた王子にヘルフリートと名付けた時に、全てを御存知だと悟りました。
マンフリート王もクレーメンス王もサラティ王妃も我々も苦渋の選択をしましたが、ヘルフリート王が生まれた時は、喜びの涙があふれ出ました。
だから陛下、オブライアン王子を決して次期王にしてはいけないのです。
王家の血を引かない王が続くわけにはいかないのです。
アナクレト王の時代を存続させてはならなかった。
王家とは、ヘルフリート王の母君のレクーツナ王国、祖母君のランドウェル王国、様々な国との婚姻という外交をしてこの国を守っているのです。
そのような王家だから、我々が忠誠を誓うのです」
それを代々伝えてきたという事だ。
レガシー侯爵の話が終わると、シェレス公爵が引き継いだ。
「今まで、高位貴族の復権、レクーツナ王国との開戦を避ける為にヘルフリート王子が生まれた時から準備してきた、と言ってきましたが、これが真実なのです。連血状に名を連ねる貴族達にも決して知らせるわけにはいきません。
オブライアン王子は、王を弑しようとした罪で処刑されなければなりません」
自分の出生に吐き気が込み上げてくる。
ヘルフリートは口元を押さえたが、だんだん落ち着いて来ると周りを見渡した。
ここには秘密を共有する者として集められた。
嫡男達もヘルフリートも、伝える覚悟を認められ選ばれたのだ。
自分は、レクーツナとの開戦を避ける方法を知りながら、兄が王の方がいい、王の責務は負担だ、と長い間逃げていた、とヘルフリートは分かっている。
兄が王の子ではないのではないか、という噂はヘルフリートも知っていた。
兄が父に似ている所はなく、父が兄を遠ざけていたからだ。
幼い頃から、何度もアナクレトに替わり王太子になる機会はあった。あの時に覚悟していれば、アナクレトは侯爵位を賜って生きていたのだろう。
そして、この秘密は教えられずに王になっていたのだろう。
「私が王補佐でいるとなった時、どうしてそれを認めた?」
レガシー侯爵が答えた。
「ヘルフリート陛下は生まれる前から、我らの王なのです。
王の望みを叶えるのも臣下の務め。アナクレト王はヘルフリート殿下が王位に就くまでのつなぎという認識でした」
ヘルフリートの記憶の父は、母を大事にしていた。
父を裏切らねばならない母、それをさせなければならない父、それでもお互いを大事にしていた。そういう愛の形もあるのだ。
「わかった、私は王として処刑を認める」
オブライアンは王を殺そうとする罪を犯した。
それは子供だからとか、可愛い甥だから更生ができる、とかで許してはいけないのだ。
王家に生まれた、王家の血を引かない者。
アナクレトが臣籍降下するとして、公爵か侯爵になるのですが、ヘルフリートが王太子に成り代わろうとすれば、アナクレトを暗殺するか、母親の不貞が理由で血筋に疑いありとなるので、公爵でなく侯爵としてあります。