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哀しみの葬送曲

揺れる馬車の中で、エヴァンジェリンは両頬を押さえていた。

なんてことをしてしまったの!


あれは王宮に押し入ったも同じ。

兄の部下を見つけて無理やり兄に連絡して、殿下の部屋に・・・


だって、殿下の側に居たかったのだもの。


なんで殺しちゃうかな。


他になかったのかな。


辛かったろうな。


キスしてくれなかった。

キスして欲しかったな。

私ったら、なんてことを!

でも、次は、私からキスしてもいいかな。

きゃああ、自分で自分が恥ずかしくなってきた!



エヴァンジェリンが帰りの馬車の中でモンモンとしていた頃、王宮ではヘルフリートがケーリッヒに(から)まれていた。

「いい顔になってますね、陛下。うちの妹、いい仕事したのかな」

横目で一睨みしたヘルフリートは、何も言わずに前を向く。

相手にされなかったのに、ケーリッヒは面白そうである。ヘルフリートとケーリッヒは7歳の差があるが、戦友のような関係である。


あの神経質で潔癖症の人間が、ずいぶん変わった。

血筋だけじゃない、今のヘルフリートは王だ、ケーリッヒは感じていた。



「アナクレト王と王妃の葬儀は、三日後とする。

その一週間後に戴冠式だ。各国への通知は任せる」

ヘルフリートが草案に許可を出していく。

計略期間が長かっただけに、全てが準備されていた。


「葬儀には、オブライアン王子も列席させる」

オブライアン王子、アナクレトが亡くなるまではオブライアン王太子と呼ばれていたアナクレトとイメルダの子供である。

ヘルフリートが王になることで、王太子の座は空白となった。


「オブライアン王子が王位を簒奪することないよう、拘禁するべきです」

連血状に名のある中で最年長であるレガシー侯爵が立ちあがる。

「12歳といえば、王族ではなく貴族としての再教育は無理でしょう。王太子として育った為に、脅威になりえます」


「まだ子供だ。両親の葬儀に参列させるのは当然のことだろう」

ヘルフリートにとって、オブライアンは生まれた時から知っている甥だ。

アナクレトには側妃がいたが、妊娠しても誰も出産にはいたらなかった。オブライアンだけが無事に育った子供だ。


「そしてオブライアン王子を、両親を殺した陛下の横に立たせるのですか?

復讐心を(あお)ることになるでしょう」

レガシー侯爵に追随した者達が言う。

「アナクレト王の親派が、王子を担ぎ出す可能性があります」


「それでもだ」

ヘルフリートが強く言えば、皆が渋々ながら承知する。


「葬儀の間、陛下の周りは厳重に警備させていただきます」

ホルエン侯爵が、さもオブライアンが何かするかのように警戒する。ヘルフリートも、それまで否定はしない。




オブライアンは強い監視下に置かれながら、両親の遺体と会見していた。

薄明かりに照らされた遺体は不気味にしか思えない。両親にすがって泣くような幼児でもない。

父は遠い存在のような人だった。母はオブライアンが王位に就くことだけが重要な人だった。

叔父は神経質で、権力欲がないような人だった。

その叔父が両親を殺して、王位を奪った。次は自分の番だったのに、それを奪ったのだ。


叔父が死ねば、順番は元に戻る。王族は僕だけになる。

チャンスが来るまで大人しくせねばならない。

あの叔父が今まで大人しくしていたように。

オブライアンの怒りは、両親の復讐というより、自分の立場を奪った者への怒りだった。




ゴーン、ゴーン。王都中に厳かな鐘の音が響き、アナクレト王の葬儀が始まった。

王宮の中にある教会で祈りが捧げられ、礼装の近衛部隊に担がれて、アナクレトの棺が王家の慰霊に向かう。

そのすぐ後ろを、ヘルフリートとオブライアンが間を空けて続く。

ヘルフリートにはケーリッヒ、オブライアンにはリュシアンが警備に付いている。


「裏切り者が。母の庇護を受けていたくせに、条件がよければどこでも尻尾を振るのだな」

オブライアンはリュシアンに告げる。


リュシアンは何も言わずに警護を続ける。ケーリッヒはリュシアンを警護から外そうとしたが、リュシアンが望んだのだ。

王妃の元で、オブライアンには何度も会っていた。剣の練習の相手をしたこともある。

裏切った、そう言われても仕方ないと思っている。

だが、自分で選んだ道だ。逃げたり隠れたりしたくない。


「男娼が」


オブライアンがリュシアンだけに聞こえるように囁いたのを、口の動きで察したケーリッヒが眉をあげる。

離れて歩くケーリッヒを見て、あー怒っている、と分かると、(ののし)られているリュシアンは、それが他人事のようにさえ思えて来た。


その時、目の端で何かが動いた。

リュシアンはオブライアンを守ろうとして、その手に凶器があるのを見る。

「ケーリッヒ様!」


葬儀の最中に、残存しているアナクレト親派が襲ってくるなど、織り込み済みだった。

沿道には、それを大幅に上回る警護兵が配置されていて、拘束される。

ヘルフリートに射られた矢は、ケーリッヒが剣で叩き落とし、射手は斬り捨てられた。


ヘルフリートを襲おうとしたオブライアンは、リュシアンに取り押さえられていた。

「貴方に、こんなことをしたくなかった」

リュシアンの願いは、オブライアンには届かない。


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