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温めてあげる

シェレス公爵家にも、王崩御の知らせは届いた。

そしてそれが王弟による王位簒奪の結果であることは、誰もが驚いた。

父を中心とした貴族の集会が公爵邸で行われるのは珍しい事ではなかった。そこにヘルフリートが出席するのは、エヴァンジェリンの婚約者になったからだと思っていた。  


あれは、王位簒奪の策略を練っていたのだ。


父と兄は、ヘルフリートに兄王を殺させたのだ。   


イタイ・・・

エヴァンジェリンはお腹を押さえて(かが)みこんだ。 

また血を吐いたら大変だ、とエヴァンジェリンは息を整えて、心を落ち着かせる。


父も兄も帰ってこない。今日は王宮に泊まるのだろうか?

ヘルフリートは、兄王の遺体のある王宮で過ごせるのだろうか?

ヘルフリートが王に成るなら、自分は王妃だ。

そう考えて、エヴァンジェリンはまたお腹を両手で押さえる。   


お父様って、娘を王妃にしたいと権力を誇示するタイプだった? 

ちょっと前までは、冷たい父親で、エヴァンジェリンの事は関心ないと思っていた。

でも今は、違うと思っている。                           


ヘルフリートのこともそうだ。

夜会で姿を見かける事はあっても、楽しそうなのを見たことはなかった。

だけど、婚約者になってからは笑顔をよく見る。

潔癖症と聞いていたけど、手を繫ぐときは手袋を外してくれる。


噂が真実ではないんだ。私の見たものが真実なんだ。

ミッシェルだって、浮気しているのはずっと知っていたのに、私のところに戻って来てくれるなんてどうして思い込んだんだろう。

ミッシェルは決闘で大怪我を負い、シェレス公爵家に忍び込んだこともあってビスクス伯爵家から勘当されてしまった。

ミッシェルも、私が何でもきくと思い込んでいた。

そんな自分のままでいたくなかった。だから出来る事を増やして自信が欲しかった。


今は、前より自分が好きだ。


ヘルフリート殿下が、兄王を弑して平常でいられる人とは思えない。

「アネット」

エヴァンジェリンは、完治して侍女の仕事に復帰したアネットを呼ぶ。

「王宮に行くから、黒色のドレスを用意して、護衛のコスナーを呼んでちょうだい」


「お嬢様、こんな時間から王宮に行くなど無理です。ましてや、今の王宮は・・」

アネットが心配して言ってくれているのは分かるが、どうしても行かねばならないのだ。

アネットはしばらくエヴァンジェリンを見ていたが、クローゼットに行って黒色のドレスを持って来た。


「ありがとう、よく分かったわね」

エヴァンジェリンは婚約者の兄が亡くなった、ということで喪服のつもりで黒のドレスを指定したのだ。

喪服と言うには、レースと刺繍で飾られ、豪華なドレスだ。





「陛下」

まだ戴冠式をしていないのに、ヘルフリートの敬称が殿下から陛下に変わった。

ケーリッヒがヘルフリートに話があると、耳元で囁く。

「エヴァンジェリンが来てる。陛下の部屋で待たせている。護衛に部屋を守らせている」


ヘルフリートが席を立つと、皆の注目を集めるが、ケーリッヒが少し休憩を入れよう、と侍従を呼んで茶の用意をさせる。

緊迫していた空気が和み、会議を中断して人々が席を立つ。


ヘルフリートの部屋の前は、ヘルフリートとエヴァンジェリンの護衛が警備していた。

ヘルフリートの姿を見ると、護衛は無言で扉を開ける。


扉が開く音に気が付いたエヴァンジェリンが顔を上げて、ヘルフリートが来たのを見ると顔をほころばせた。

「ヘルフリート様」

「エヴァンジェリン、どうしてここに。しばらくは王宮は危険だというのが分かっているだろう」

来てくれて嬉しいのに、心配が先に立ってしまう。


「ヘルフリート様のお元気な姿を確認したので、すぐに帰ります。

とっても心配だったんです」

「無茶なことをしないでくれ」

今はやることがいっぱいで、ここに来る時間さえ惜しいのだ。ヘルフリートも疲れが出ている。


「私にはヘルフリート様だけだから、少しだけ温めて欲しかったんです」

エヴァンジェリンが腕を広げると、ヘルフリートがエヴァンジェリンに吸い寄せられるようにエヴァンジェリンを抱く。


エヴァンジェリンには家族がいて、ヘルフリートだけ、ということはない。

これは私が、エヴァンジェリンだけなんだ、それをエヴァンジェリンは分かっているとヘルフリートは感じていた。哀れみかもしれない、でもそれはエヴァンジェリンがヘルフリートを理解しようとしてくれていることで、ここに来てくれたことが全てだ。

エヴァンジェリンに身体を預けると、エヴァンジェリンの体温が伝わり、疲れと焦りで苛ついていた気持ちが落ち着いていく。

「誰もが忙しくって、先王の死を悼む気持ちがないがしろになっているのでしょう?

私達だけでも、ヘルフリート様のお兄様のご冥福を祈りましょう」


ああ、それで黒いドレスなのだな。


抱き合った腕を通して、エヴァンジェリンの体温が伝わる。

ギュっ、とエヴァンジェリンを抱く腕に力が入る。

疲れていたんだ、というのをヘルフリートは思い出した。


「直ぐに帰りますから、もう少しだけヘルフリート様の温かさをください」

「ありがとう、私にはエヴァンジェリンがいる」

二人は僅かな時間だったが、温かさを分け合った。


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