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勝利の行方

キン、ガン、あちらこちらから剣のぶつかる音が響く。

「投降せよ」

ケーリッヒが声を張り上げるが、誰も投降しない。


王の執務官とはいえ、若い事務官達は剣の腕もなかなかである。

だが、それは事務官としてはということであり、貴族ならば子供の頃から剣の練習をするが、平民出身の事務官がヘルフリートの護衛となっている貴族の騎士達に敵うはずもない。

王であるアナクレトと、側近のブラウリオの剣技が際立ち、事務官を(かば)いながら剣を振るっている。

だが、それもケーリッヒの剣技とは比べようもない。宰相家を継ぐ者として育てられた公爵嫡男が、武官を選ぶほどの技量なのだ。


カーン!

ブラウリオの剣が弾き飛ばされ、喉元にケーリッヒが剣を突きつける。

剣を突きつけられたブラウリオは、床に落ちて回る剣に視線を落とす。


「兄上が待っている援軍は来ないようだ」

それは、ホルエン司令官が軍を掌握したという事である。

「退位していただけないだろうか、兄上」

カツ、カツ、と足音を響かせてヘルフリートがアナクレトの前に立つ。手にした剣には力が入っており、臨戦態勢のままである。

そうすれば、これ以上の血が流れなくて済む。

ヘルフリートはケーリッヒが護衛に付いた時から、ケーリッヒに剣の訓練を受け短期で上達していた。それは、国境の砦でも、決闘でも活かされ、自信となっている。


「甘いのは変わらないな。私を弑して兄殺し、王殺しと呼ばれるのが恐いのか?」

アナクレトも剣を捨てることなく、ヘルフリートに屈しないと表明している。


「兄上は、才能ある人間をみつけて伸ばすシステムを作り上げた。誰もが努力すれば、認められるというのを示した。

それは国に活気を与え、若者に夢を与えた。

そんな兄上を尊敬していたんだ」

斬らせないでくれ、とヘルフリートは心の底から願う。


その躊躇した思いは、ヘルフリートの動きを一瞬遅らせた。

アナクレトが剣を突きつけて突進するのをかろうじて避けたが、アナクレトが振り上げる剣を自身の剣で受け止めた時には態勢を立て直していた。

今度はヘルフリートの剣を、アナクレトが受け止める。二人とも、王子として子供の頃から剣を習い、身を守る術として身に付けていたが、決闘を終えたばかりのヘルフリートの方が実戦の経験がある。


「私は、王になる為に生まれたのだ。それだけが私の存在意義なのだ」

王妃に子供が生まれなかった為に、娶られた位の低い側妃から生まれたアナクレト。その後にヘルフリートが生まれ、名ばかりの王太子になったアナクレト。

「王女を母に持つお前に、何が分かる!」


その時、執務室の扉からヘルフリート目掛けて飛び込んで来た人物は、短剣をヘルフリートの背中に突き刺そうとして、リュシアンが振り上げた剣に斬られて転がった。


「王妃陛下!?」

それは王妃イメルダだった。

斬られた腕からの血が、ドレスを真っ赤に染めていく。

痛みに顔を歪めながら、イメルダは立ち上がった。もう一度、短剣を両手で持ってヘルフリートに突進しようとして、泣きそうな顔のリュシアンにもう一度斬られた。


「逃げて」

イメルダの口から洩れた小さな言葉は、動きの止まった部屋に静かに響く。

ドンッ!

倒れたイメルダの身体は、小さく跳ねて動かなくなった。


「イメルダ!」

叫んだアナクレトは、茫然としていた。

「まるで、私を好きみたいなことするなよ。

似合わない」

沈みかけた王など捨てて、逃げるのがお前じゃないか・・

似合わない事なんてするなよ。


ブン、とアナクレトが剣を振りかざして、ヘルフリートが避ける。

「兄上、退位を」


床に転がっているのは王妃だけではない。

王の事務官達も息絶えて横たわっている。

ブラウリオは胸から血を流しながらも、抵抗を止めない。


「どうしてだろうな。

国に力を付ければ、諸外国と渡り合えるはずなんだ。レクーツナが攻めて来ても他国と協力すれば打ち勝てるはずなんだ」

勝利がない、ことを悟ったアナクレトが呟く。


「高位貴族をないがしろにしても、平民を粗末に扱っても国に力はつかない。片方だけを大事にしてもダメなんだ。

結婚外交を軽くみる国を、結婚外交をしている国は信用しない。

兄上の母君が世継ぎを産むための道具のように扱われたかもしれないが、私の母は国の和平の為の人柱であった」

兄上、貴方は良き王であろうとした。事実、良い王であった。

もっと早く、私が決断していれば違う道もあったろう。私は臆病者であった。

ヘルフリートは剣を構え直す。


アナクレトとヘルフリートの剣が交わる。





全てが終わった王の執務室に、ヘルフリートはシェレス宰相とホルエン司令官を呼んでいた。

「王と王妃の葬儀の準備と、幼い王子は王家とは関係ない地で育てるように」

ヘルフリートは甥である王子の命まで取ろうとは思っていない。

それが、先の世の憂いになるかもしれなくともだ。


30年前から準備をしていた。

ケーリッヒの言葉が頭に残る。


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