家族会議で娘(妹)を溺愛すると決定しました
ケーリッヒはエヴァンジェリンが目が覚めているのを見ると、オフィーリアより大袈裟に喜んだ。
目の前で妹が血を吐いて倒れたのだから、ショックも大きかったのだろう。
エヴァンジェリンとオフィーリアが泣いているのには驚いたが、険悪な様子でないことに安堵した。
「結婚する前から浮気するようなヤツは信頼できない。
エヴァンジェリンは一生ここにいればいい。僕が面倒を見る」
それもどうかと思うが、ケーリッヒは真剣だ。
街でケーリッヒがエヴァンジェリンを庇ってくれたのは嬉しかったが、それは今も続いているらしい。
「お兄様、ありがとうございます」
エヴァンジェリンが手を伸ばせば、ケーリッヒが慌てて握りしめてくる。
「まるで今生の別れみたいに礼を言うな。
何も心配しないで、身体を治すことに専念しなさい」
不思議、お兄様の愛情を感じる。
もう何年もこんな気持ち忘れていたわ。
エヴァンジェリンは笑顔を浮かべそうになって、顔を歪めた。
身体に力をいれると、お腹の痛みが増すのだ。
「どうした? 痛むのか?」
ケーリッヒが、医者はまだか、と立ち上がる。
オフィーリアは止まった涙が流れ出した。
止めてよ、今にも死にそうな人間みたいに扱わないで。
あ。
私、死にたいと思っていたのに・・・
生きていてもいいのかと思っている。
私って単純なんだ、お兄様とお母様の気持ちが分かって、嬉しいんだ。それだけで生きていたいんだ。
「私、嫌われていると思っていたの」
エヴァンジェリンがポツリと呟く言葉は、ミッシェルに対してではない。
それが自分にだと悟って、ケーリッヒもオフィーリアも言葉を失くす。
エヴァンジェリンが死ぬかもしれない、と思ったから気持ちに気づいたが、それまでの自分の行動はエヴァンジェリンに優しくはなかった。
公爵令嬢としてのエヴァンジェリンであっただけだ。
「そんなことない、大事な妹だ」
ケーリッヒはすぐに返事したが、オフィーリアは思い当たることが多すぎて後悔があふれてきた。
母であるよりも、公爵夫人を優先してきた。
あの時も、あの時も、手を繫いであげればよかった、と思い出す風景がある。
医者と前後してシェレス公爵が帰って来た。
「エヴァンジェリンの様子は?」
「意識は戻っており、ただいま医者の診察を受けております」
公爵からコートを受け取りながら、クロノスが答える。
真っすぐにエヴァンジェリンの部屋に向かうと、サロンにオフィーリアとケーリッヒの姿を見つけた。
医者の診断は、意識がはっきりしており重篤な状態ではないが吐血しているので、絶対安静だった。
最初に出した薬以外も処方して、再度吐血したならすぐに呼ぶように言って医者は帰って行った。
「父上、お話があります」
ケーリッヒが立ちあがり控えていたメイド達を下げ、家族だけになった。
そして、ケーリッヒが街であったことを語り始めた。
『赤ちゃんは、結婚相手に育てさせるんでしょ?
公爵令嬢なら、世間体もあって無下にはしないわよ。
ミッシェルの跡継ぎが必要だもの』
完全にエヴァンジェリンを見下した言葉。
「すぐに破談の手続きをする。ビスクス伯爵家を許すわけにいかない」
ソファの肘掛けに置かれた公爵の手は固く握られ、オフィーリアの顔は蒼白で肩が震えている。
「きっと、これまでもビスクス伯爵子息の横暴があったのだろう。
それがエヴァンジェリンを追い詰めた。
僕達が知らないところで、エヴァンジェリンは耐えていたんだ」
言いながら、ケーリッヒは自分達の知らないところと考えて、エヴァンジェリンの事を知らないと思う。
「父上、母上、僕はエヴァンジェリンとは幼い頃に遊んだ記憶しかなく、このような状態になって、屋敷の中でも会う機会もなかったと思ったぐらいです。
今日は非番で、たまたま母上からの依頼がなければ、部屋で調べものをしているか、庭で剣の訓練をしていたはずです。
エヴァンジェリンとの接点はない」
ケーリッヒはいつからエヴァンジェリンと疎遠になったか、と考えていた。
「父上は王宮に出仕し、母上は夜会の準備で、僕が庭で訓練をしていたなら、エヴァンジェリンは一人で街に出かけ、ミッシェルに出会い、血を吐き倒れていたんだ。
倒れどころが悪ければ、最悪の事だってありうる。
護衛がいたが間に合ってなかった」
オフィーリアが震えて居るのを、公爵は手を添えて支える。
「公爵?」
「大丈夫だ、オフィーリア。
ケーリッヒがエヴァンジェリンを守ってくれた。
間に合ったのだ。
これからは、エヴァンジェリンに寂しい思いをさせないようにしよう」
首を縦に振りながら、オフィーリアは公爵に身体をあずけていた。
こんな両親の姿は初めて見る、とケーリッヒは思った。
二人が寄り添っているのは、国の儀式などでしかなかったからだ。
「僕は妹が可愛い、というのを思い出しましたよ」
「ああ、エヴァンジェリンは可愛い娘だ」
公爵も相槌を打つと、父息子が視線を合わす。
「さぁ、シェレス公爵家の力を見せつけようじゃないか」