王の立場
ブラウリオが、アナクレトにお茶を淹れていた。
王の執務室は、昨日のヘルフリートの決闘から緊張が高まっていた。
バカにしていた。
その言葉が正しいかもしれない。
ブラウリオにとってヘルフリートは、血筋では優位でありながら、小心者であった。
争いを嫌い、神経質で脅威にならない弟だった。
王位を望む兄、王位を望まない弟、それでうまくやっているはずだった。
昨日の決闘で、ヘルフリートは相手を殺すことを厭っていなかった。
手袋も着用せず、血に汚れるのも気にしていなかった。
宰相の後任になる為に、王補佐から外れたのは口実だろう。護衛に宰相の息子が就いている。高位貴族達がヘルフリートを取り込んだという事だ。
あれは別人と考えた方がいい。
シェレス公爵令嬢を王妃にして、貴族達を分割しようとしたが、手遅れだったな。
「ブラウリオ、イメルダはシェレス公爵令嬢を亡き者に出来ると思うか?」
面白そうにアナクレトが尋ねる。
「すでにお分かりになっているのでしょう?」
ブラウリオも面白そうに答える。
「側室の方々を排除したようには、シェレス公爵はいかないでしょう。王妃様では歯が立ちません」
「役に立たないな」
お茶を飲みながら、他人事のようにアナクレトは言う。
「アイツが王になっても、貴族達が思うようにはレクーツナは動くまい。レクーツナは進軍してくるだろう」
我が国とレクーツナ王国の間には、大きな溝がある。
父は私を王太子と任命し、ヘルフリートが生まれても翻しはしなかった。それが全てだ。
そして、ヘルフリートの存在が全ての争いの元だ。
厄介者めが。
「シェレス公爵家に侵入した者達は失敗したんだったな。
攫われそうになって、不安になった令嬢が婚約者に危害を加えて自殺する。それで、いいんじゃないか」
ヘルフリートとエヴァンジェリンを殺せと、アナクレトは指示する。
「昨日の決闘は傑作だったな。政略の婚約者を庇うヘルフリートに、貴族達は喜んだろう。我らが王と陶酔するがいい」
「陛下、第1部隊は軍司令官配下にあります。第3部隊を使います。
軍の大半は平民や下級士官だということを、思い知らせてやりましょう」
ブラウリオの目は笑っている。それだけの自信があるのだ。
「陛下が王位に就いて何年も、お側に居られた王弟殿下が御存知ないはずもあるまいし。
軍も事務局も、実働隊はすでに陛下が掌握しているということを」
司令官が命令を出しても、実行する兵士は王の命令を優先するということだ。
「婚約祝いに、王宮での舞踏会に二人を招待しよう」
そうすれば二人が揃う、とアナクレトが不慮の事故のセッティングを考える。
「わかりました、直ぐに手配します。
我々には、王弟殿下は必要ではありませんでした」
最初から、との言葉は出さずにブラウリオは執務室から出て行く。
王弟を側に置いて監視することで、十分な時間は取れましたから。
「そう言うな、あの弟も優秀なのだ」
そして正当な血筋の王子。
ブラウリオは部屋にいなかったが、他の事務官達にアナクレトは言う。
アナクレトは優秀であったが、カリスマ性も強い後ろ盾もなかった。だが、優秀な人材を育てることに秀でていた。
アナクレトの周りには、才能がありながら身分が低い為に端役であった者が集められ、重用された。
国は王一人で成り立つのではない、それをアナクレトは実践している。
急激な改革は、高位貴族の排除に繋がり、反感を買っているのも事実である。
そして、国内に高位貴族の反意、レクーツナを始めとした周辺諸国との摩擦も生んでいる。
高位貴族には有能な人物が多い、というのも事実なのだ。