決闘という隠れ蓑
決闘、聞いた時は息が止まるかと思った。
本の中では、騎士がお姫様を守る為に決闘するシーンに感動したけれど、自分がそうなると、私の名誉なんてどうでもいい。
大事な人が、命を落とすかもしれないと思うと震えが止まらなかった。
この間、キスをしてくれたのに。
エヴァンジェリンは、そっと唇に手を当てる。
何としてもヘルフリートが勝ってほしい、そう思うと屋敷にじっとしていられなかった。
侍女のアネットはまだ復帰できるほど回復していないので、メイドがエヴァンジェリンの支度を手伝っている。
手紙を書くのももどかしく、馬車を準備させると王宮に向かった。
昔のエヴァンジェリンなら、公爵邸に連絡が来るまで待っていただろう。だが、もう待つのは止めたのだ。
迎えた警備兵に、宰相の執務室に案内してもらうと、父親だけでなく、兄と婚約者がいた。
「お仕事中に申し訳ありません、決闘のことを聞きました」
突然のエヴァンジェリンの訪問だったが、ヘルフリートは嬉しそうにエヴァンジェリンの手を取り応接間に案内する。
「心配かけたようだが、私は必ず勝つ」
ヘルフリートの言葉に安心をするが、どんな時も絶対はないのだ。
「これはご無事を祈って作りました。衣装のどこかにお付けください」
エヴァンジェリンは、ヘルフリートの名を刺繍したリボンを手渡すと、長居をして仕事の邪魔をしてはならないと席を立つ。
「車寄せまで送ろう」
ヘルフリートもソファから立ち上がると、エヴァンジェリンは兄のケーリッヒを見る。
「来るときに、何か視線を感じて不気味なのです」
王妃の手の者が狙っているのかと、ヘルフリートもケーリッヒも緊張する。
王宮はエヴァンジェリンに危険が多い場所だ。
この間のように、王宮からの帰りに襲われる可能性もある。
「公爵邸まで送ろう」
エヴァンジェリンが予想した通りになった。
宰相であるシェレス公爵に確認して、ヘルフリートとケーリッヒがエヴァンジェリンを屋敷まで送ることになった。
決闘を心配して訪ねて来た婚約者を送る、何も不自然なところはない。
「殿下、お兄様、少しだけ屋敷に寄ってくだい。お渡ししたい物があるのです」
エヴァンジェリンは馬車の中で、エヴァンジェリンを送り届けたら、そのまま玄関先でUターンするであろう二人にお願いする。
「お時間は取らせませんから」
公爵邸に着くと、エヴァンジェリンは二人を案内するが、それはサロンではない。
そこで、ヘルフリートとケーリッヒは、エヴァンジェリンが王宮に来たのは、自分達を呼び出すためだと気が付いた。
「もちろん、とても心配だったのです。
でも、こちらのこともお知らせしたかったので」
ヘルフリートもそれは分かっている。心配してくれたのは間違いない。
エヴァンジェリンが声をかければ、中からオフィーリアの返事が返ってくる。
エヴァンジェリンの行動といい、公爵夫人が待っていることといい、秘匿のことなのだろう。
開かれた扉の中にはベッドがあって、側にオフィーリアが椅子に座り、二人の騎士が立っていた。
母上、と声をかけようとしたケーリッヒは、ベッドに横たわる人物がリュシアンだと気が付いて駆け込んだ。
「殿下、ケーリッヒ様」
身体を起こそうとするリュシアンは、満身創痍の状態だ。
レクーツナで拷問に遭い、痛めつけられた身体で馬を駆ってきたのだ。
「レクーツナ王より、書状を預かってきております」
ヘルフリートはリュシアンから受け取ると、封を切り中身を確認する。
「良くやった、ゆっくり休め」
そこには、ヘルフリートが王位に就いたら、友好条約の締結と、リュシアンがレクーツナの落ち度で深手の傷を負い、護衛に騎士二人を同行させたと書いてあった。
これで、いつでも決行できる、とヘルフリートは覚悟を決めていた。
そしてエヴァンジェリンが、こんなに頼もしかったとは思いもしなかった。
決闘を心配して来てくれたのは本心なのだろう、それを疑う気持ちはないが、リュシアンと秘密裏に会わせることに利用するとは。
夜会の隅で一人立ち続ける姿に、側に行って守りたいと何度も思った。
妻として守られるだけでなく、王妃として隣に立つ才気もあるのが分かった。
君に恥ずかしくない王になることを誓うよ。