決闘の起こす波紋
シェレス宰相とホルエン軍司令官、王都にあるホルエン侯爵の屋敷に集まっているのは国のトップだけでなく、血判状に名を連ねた貴族達。
ヘルフリートとケーリッヒは、視察から戻って来たばかりなので、王宮を空けることが出来ずに欠席しているが、シェレス公爵邸に潜伏していた時に、顔合わせは済んでいる。
「殿下が決闘を申し込まれた」
ホルエン司令官が、ミッシェル・ビスクスの牢での出来事を説明する。
エヴァンジェリンの父親であるシェレス公爵は、無言に徹している。
「なんと軽率な」
一人が言えば、追随する者、反論する者で騒がしくなる。
「いや、隠れ蓑になるのではないか」
「決闘で、殿下が負けるような事があれば大変だぞ。相手は軍籍だというではないか」
「相手は軍籍とはいえ、貴族籍で士官になったような男だそうじゃないか」
「王補佐が長かったせいで、責務を忘れておいでだ。我らがお教えせねばならない」
「平民の事務官などに囲まれていたせいだな」
シェレス公爵も、ホルエン侯爵も、状況を観察するように見ている。
高位貴族の集まりであるが、高位貴族だから有能というばかりではない。
王が低位貴族を重用しているのは間違いないが、彼らに能力があるからだ。
ホルエン侯爵も司令官として、騎士から牢での報告を受けた時は驚いた。
だが、婚約者を守ろうとするのは信頼できることだ。決闘が正しい選択かどうかは別問題である。
今までのヘルフリート王弟殿下から考えると、ずいぶん変わられた。
兄王に全てを譲り、レクーツナ王国との切迫した状況にも和平に奔走することもなかった。
優秀すぎる所以に、兄王と争うことでのリスクを考えたのだろう。
国が戦火に見舞われようとも、影から出ようとしないように思われていた。
殿下が、長い間エヴァンジェリン嬢を想い、エヴァンジェリン嬢に婚約者がいることで諦めていたと聞いた。
シェレス公爵も、殿下が婚約を申し込まれるまで気が付かなかったと言う。
この中で、殿下の足を引っ張る人物を探そうと見る。
あれと、あれは、我が身のことばかり言っているな。
王が自身の側近に役職を与える時に、最初に解職された侯爵と伯爵だな。
王も優秀なのだ。
だから、ヘルフリート殿下も影に徹したのだろう。
ホルエン侯爵とシェレス公爵の視線が重なる。
お互いに同じ事を思っている。
すでに、王位を簒奪した後のことだ。
「殿下が負ける事はない。
だが、これによって決行日に支障が出ないようにするのが我々の仕事だ」
ホルエン侯爵が言うと、貴族達も口を閉じる。
「我々が臣下として、王を支える」
我らの王はヘルフリートなのだ、我らが選んだ王だ、と意志をまとめる。
会合が終わり、最後まで残っていたのはシェレス公爵だ。
人目を避け、少人数で屋敷を出る為、時間がかかり、すでに深夜になっている。
「我々も一枚岩ではない、ということだ」
シェレス公爵が言えば、ホルエン侯爵が答える。
「そして、私が軍司令官であっても、軍の全てが指示に従う訳ではない。
多くの騎士、兵士は王に刃を向けない。
だが、志ある指揮官達は、レクーツナ王国の脅威を感じている」
シェレス公爵は同意して、表情を固める。
「殿下が今まで王位を避けていらっしゃったのも、王が登用した高位貴族でない武官、事務官達が有能であるからだ。
高位貴族ということに拘る甘えは汚点でしかない。高位貴族は高度教育を受けながら、それより優る才能や努力をする低位貴族や平民がいることを受け入れねばならない。
私は今後も彼らを重用したい」
「同感だ。だが、それを王の贔屓だから、自分達に戻せという者もいる。
その為に血判状に名を連ねた者もいる。国を戦火から守る為でなく、不当に解職されたと言い張る者達だ」
ホルエン侯爵がその名を上げれば、シェレス公爵も頷く。
「殿下の決闘騒ぎは、いい探りになった」
「王位簒奪には、多くのリスクを伴う。仲間を失う事も考慮せねばならない」
「淘汰されるべき人間を始末するには、いい機会になるだろう」
新しい王の時代に、愚能な人間は必要ない。
それが、シェレス宰相とホルエン司令官の総意だ。
殿下に報告せねばなるまい、とシェレス公爵はホルエン邸を後にする。
人目を避け、離れた場所に止めさせている馬車までの道を歩くと、星空が目に入った。
「いつの世も星空は美しい。これを美しいと思える心でありたいな」
公爵の独り言は、誰にも聞かれることはない。
馬車に乗り込むと、静かに目をつむった。