レクーツナ王の謁見室
王の謁見室はすでに全員が揃っていた。王は宰相から聞いていたものの、騎士に支えられながら歩くリュシアンの姿に頭を抱えそうになった。
鞭打たれた背中の裂傷が痛々しい。破れた服に血が滲み、歩く後ろに血が滴り落ちていく。
司令官が休むことを勧めたが、一刻を争うとリュシアンが拒否したのだ。
リュシアンが持って来たのは、王が若かりし頃、嫁ぐ姉に持たせた指輪である。
姉は亡くなるまで手紙をくれていた。
優しい姉だった。
この指輪は、姉の息子がこの使者に託したのだろう。
自分を頼ってきた事を嬉しく思い、待ち侘びたという思いもある。
だが、王として聞けない願いもある。
王は指輪を手に取り、思いを馳せていた。
リュシアンが恭しく礼をとり、ヘルフリートからの手紙を差し出した。
王はリュシアンに歩み寄り、直接に受け取る。
その場で封を切り、目を通すと、後ろに控えている王太子サムエルに手渡した。
リュシアンも詳しくは知らないが、ヘルフリートは王位を取るにあたりレクーツナからの侵略なきよう嘆願を書いたと言っていた。
サムエルは王に手紙を戻し、王に頷いてリュシアンに近寄った。
「使者殿、しばらく時間をいただきたい。
医者を手配するゆえ、その間休まれよ」
指輪を持参したからといっても、全ての要求が通る訳ではない。これから会議をするのであろう。
リュシアンが王太子に答えようと顔をあげた時に、髪がひらりと頬をすべった。
サムエルの手がリュシアンの髪をすくいあげ、耳にかける。
リュシアンが戸惑って言葉に詰まると、サムエルが謝ってきた。
「すまない、つい」
敵国とは言わないが、友好国ではない国の王太子に耳を触られて、リュシアンの頬が染まる。
「はい、お言葉に甘えさせていただきます」
それだけ言うのがやっとだ。
男爵家の3男に生まれ顔が良かったので、売られるように子爵家に奉仕に出された。性奴隷のような少年期を過ごして、伯爵夫人に譲られ男娼のような生活だった。それから王妃に献上され、情報収集の為に多くの夫人達を楽しませるのが仕事だった。
その為にマナーを覚え、身を守る為に剣技と外国語を訓練した。
王妃に伴って参加する夜会で見かけるエヴァンジェリンの姿に、淡い憧れを抱いていた。だからこそ助けたかった。
リュシアンにとって、ヘルフリートもケーリッヒも雲の上の人だった。
それが、今はレクーツナの王と王太子に謁見をしている。
たとえここで手討ちになっても、身に過ぎた事だと思う。
王は宰相と手紙を検分しているが、王太子はリュシアンを見ていて、騎士に指示を出す。
「丁重に扱うように。
早急に医師の手配と、食事、衣服を準備するように」
食事と聞いて、空腹を思い出したリュシアンに笑みがこぼれる。
「ありがとうございます、殿下」
元々の美貌に、背中を痛みながらの笑みはさらに影を増して、見る者を惹きつける。
リュシアンを支えていた騎士が、唾を飲み込むのを、サムエルが睨んだ。
「リュシアンというのか?」
「はい、殿下」
「申し訳ない事をした、後で傷の確認に行く」
リュシアンが大丈夫です、という前に、サムエルは背中を向けて王の元に向かう。
リュシアンは騎士に支えられながら、謁見室を後にして治療に向かった。