リュシアンの誓い
パシッ!
鋭い音が響いてリュシアンの背中は鞭打たれ、服は破れて血が滲む。
「瞳の色の指輪を騙るとはいい度胸だ!
処刑は決定だからな」
兵隊長がさらに鞭を振り上げる。
「隊長、本物だったらどうするんですか!」
門に立っていた兵士が止めようとするが、兵隊長はにやけた顔をするばかりだ。
「本物のはずがなかろうが!
何十年も使われたことがないのだ。
誰も見たことがない指輪だ、偽物で騙せると思っているんだ」
門兵は、リュシアンが指輪の事を言ったので、兵隊長に連絡したのだ。
その兵隊長は、リュシアンの顔を見るなり偽物と決めつけ牢獄に連行し、両手を縄で縛り拘束した。
「たった一人で来るのが王族なものか。
こんな顔は、女に貢がせて遊んでるろくでなしなんだ。
指輪を持って来た用件を言えよ、言えないんだろうが!
指輪を騙れば、王宮で贅沢ができると考えたに違いない。
この顔で、高官を誑し込もうとして来たんだよ!
本物の指輪なんて持ってないんだよ」
リュシアンがこんな男達に、内容を言うはずがない。
自分は密使として来ているという自負がある。
牢獄に連行された時に、逃げようとすれば逃げられた。だが、それをするとヘルフリートの立場が悪くなると考え、されるがままに縄で縛られたのだ。
たとえ死んでも、リュシアンは話すつもりはないが、身に着けている指輪と手紙を隠さねばならない、ただそれだけが懸念材料だ。
ここに来る途中に、胸ポケットだと落とす可能性があると思い、袋を衣服に縫い付けてそこに入れてある。
変態にやり殺されると思ったこともあった。女主人の勘気に触れ、棒で打たれ死にかけたこともあった。
王妃の指示で近づいた夫人に、一緒に死のうと毒を盛られたこともあった。
それに比べれば、これは自分で選んだ道だ。
主人を守って死ぬ俺って、カッコいいかも。
痛いけどさ、騎士みたいじゃん。
でも、もう一度、会いたかったな。
泣いて縋るとでも思っていたのだろうが、泣き言を言わないリュシアンに、兵隊長が増々エスカレートする。
「死ぬ前に男を味あわせてやろう」
兵隊長の真意はそこだったのだろう。
「綺麗な顔しているからな、楽しめるぞ。
お前達も順番にさせてやる」
リュシアンの服を脱がそうと、兵隊長が服に手をかけるのを止める者はいない。
牢には兵隊長の他にも兵士がいるのにだ。
門兵だけが止める言葉を口にするが、兵隊長を恐れて強くは言えない。
ペッ!
「下種が」
リュシアンが兵隊長に唾をかけた。
ごめん、帰ってこい、って言ってくれたのに、我慢できない。
いまさら、いやだ、なんて言える綺麗な身体じゃないのにな。
「その目をえぐり取ってやる!」
激高した兵隊長が腰から剣を抜いた時、牢に走ってくる足音が響いた。
飛び込んできたのは、騎士達と門に立っていたもう一人の兵士だ。
その後ろから数人の男が走って来た。
王城の門には両端に一人ずつ立っていて、一人は兵隊長に連絡に行き、もう一人は司令官執務室に走ったのだった。
司令官執務室に行った兵が連れて来たのは、宰相だ。
「何しているのだ!」
門兵の連絡を受けた司令官は、宰相に報告して一緒に来たのだ。
「その男を捕まえろ!
真意を確かめるのが先だ」
その男と言われた兵隊長が、騎士によって取り押さえられる。
司令官は声を張り上げたが、リュシアンを見て本物だと確信する。
鞭打たれ血塗られていたが、強い意思を持った燃えるような瞳をしていたからだ。
兵隊長を拘束すると、リュシアンの縄を解かせる。
リュシアンの前に、出て来たのは恰幅のいい男である。
「レクーツナ王国宰相、ブルクハルト・リューベックである」
リュシアンは拘束されていたせいでよろけながらも、宰相に礼を取る。
「主に付けられた名は、リュシアンと申します」
それから下着に縫い付けてある袋から、指輪を取り出して渡した。
ブルクハルトは、目を見張った。
現王の瞳の色の緑の石。
リングに刻まれているのは、サラディ・レクーツナ。
指輪の仕掛けを開かなくとも分かる。これは王が王太子時代に、メルデア王国に嫁ぐ姉のサラディ王女に用意した、瞳の色の宝石を冠した指輪。
石を動かして仕掛けを開けば、レクーツナ王家の紋章が出て来るはずだ。
宰相の表情を見て、本物だと悟った兵隊長が逃げようと暴れる。
「使者殿に暴行したその男を逃がすな。
この場にいて、その男を止めなかった全員も拘束しろ」
司令官が連れて来た騎士達に指示をする。
俺、生きて帰れるかはまだ分からないけど、第一関門は突破したかな。
褒めてくれるかな。
リュシアンの膝がガクッと落ちた。
ほとんど不眠で馬を替えながら走り続け、辿り着いたここで拷問を受けたリュシアンの体力は尽きかけている。
騎士が駆け寄ってリュシアンの身体を支える。
「申し訳ありません、主からの書状をお届けしなければなりません」
リュシアンが騎士に礼を言うのを、騎士は頭を振って応える。
国は違っても、命がけで主の命を守る姿は共感するのだ。
それは、宰相も司令官も大きく響いていた。
「使者殿を王の謁見室にご案内しろ。
私は王に報告をしてくる」
宰相はそう言うと、司令官に任せて牢を出て行く。
牢に入った時に聞こえた兵隊長の声。
『その目をえぐり取ってやる』
あの綺麗な顔に傷がつかなくてよかった。身体の傷だけでも申し開きが出来ないほどの事だ。
王の怒りが想像できて、あの顔が傷つけられる前に間に合ってよかった、と宰相は思いながら歩いていた。