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エヴァンジェリンの生死

真っ赤な血が飛び散った時、ああ、死ぬんだな、と思った。


これで嫌なことからサヨナラできる、私の過失なしで逃げれる、と思った。


自分のベッドで目を覚まして、エヴァンジェリンが最初に思ったのは、『死ねなかった』ということだ。


公爵令嬢なのに、格下の伯爵家の婚約者に浮気され、不義の子供を押し付けられそうになるなんて。

お兄様はお怒りだったし、お父様には恥さらしな娘と蔑視されるに違いないわ。

私が何をしたっていうの?

知っていたわよ、おしゃべりな人達がミッシェルの事を教えてくれたわ。

でも、どうすることも出来ないじゃない。

この結婚には、公爵家と伯爵家の共同事業の契約がからんでいるもの。

それに、結婚したら私のところに戻ってきてくれると、信じていたのに。


これから、どれほどの人達の目にさらされるのだろう。

恥ずかしい。

家の期待にも満足に応えられない出来ない娘。婚約を破棄した娘。


死にたい。


死のう。


ツー、涙が頬を流れ、涙を押さえようと手を動かした時だった。

「エヴァンジェリン」

母の声が聞こえた。

「エヴァンジェリン、気が付いたのね」

どうして、ここに?

顔を横に向けるとオフィーリアと目が合った。オフィーリアがエヴァンジェリンのベッドの横に椅子を持って来て座っているのだ。

「あ」

立ち上がろうとしたオフィーリアの身体がふらつく。それは、長い時間そこで座って動かなかったからだと分かる。


「痛いのね、可哀そうに。身体を起こすのはダメよ、安静なんだから。

お薬を飲むのに、何か食べれるといいのだけど、スープは飲めそう?」

オフィーリアはエヴァンジェリンの涙は痛みのせいだと決めつけて、タオルを持ちエヴァンジェリンの涙を拭いてくれる。

「あなた、スープを用意してちょうだい。それからケーリッヒにエヴァンジェリンが起きたと伝えてちょうだい」

エヴァンジェリンの答えを待たずに、オフィーリアは部屋に控えているメイドに指示を出す。


あれ?

なんか違う。

私って大事にされている?

「お母様?」

男性の浮気なんて我慢しなさい、おまえに魅力がないのがいけないのよ、って言わないの?


エヴァンジェリンの頬にタオルをあて、良かったと繰り返しているオフィーリア。


だって、朝も夜も一人で食事だったわ。

お母様は茶会に夜会、孤児院の慰安や教会の奉仕活動。

いつもお忙しそうで、ご一緒した時も作法が上手に出来たと褒めてくれるだけ。

とても綺麗な笑顔だった、まるで孤児院に慰安に来ているような。


一度、教会の庭で迷子になった時、護衛が探しに来てお母様に何か言われた気がするけれど、覚えていない。

それぐらい、子供心にも寂しいと思ったのに、それにも慣れてしまっていた。


どうしよう、何て答えればいいのだろう?

公爵令嬢として、大丈夫ですわ、って言うべき?


「ウェディングドレスの打合せの時に、貴女の顔色が良くないことに気が付いたのだけど、こんなことになっているなんて」

オフィーリアは戸惑うエヴァンジェリンの髪をなでる。

そんなこと初めてで、ビクンと震えたエヴァンジェリンにオフィーリアは眉をひそめる。


まるで怒っているように見える表情は、もしかして怯えている?

エヴァンジェリンがオフィーリアの言葉と表情が合わない事に違和感を覚える。

私が思い込んで見ていた?

貴族令嬢として厳しい作法で育てられた美しい母は、冷たい表情に見えてしまうのかな?

ミッシェルに、私もそう思われていたのかな?


「貴女が私より先に死ぬかもしれないなんて、考えたこともなかった。

ケーリッヒに抱きかかえられて帰って来た貴女を見た時、貴女が死ぬかもしれないと思ったの。

もっと、貴女と一緒にいたいの。

どうして今まで一緒にいなかったのだろうって、貴女の寝顔を見ながら後悔ばかりしてたの」


母親が綺麗な笑顔をむける、まるで作られたような笑顔。

でも、今はわかる。

温かい、髪をなでる母の手の温かさが伝わってくるみたい。

美しい母は笑顔も美しいのだ、それは感情がこもっていないように見えるけど、心からの笑顔なのだ。


私は母から愛されていたんだ。


先の涙とは違う涙が流れる。嬉しい、私はいてもいいのかな?

「痛い」

お腹が痛いと感じて、生きているんだと思う。


「誰か、先生をもう一度お呼びして!」

ああ、どうしよう、とオフィーリアが泣き出した。

「いやよ、死なないで」


「お母様泣かないで」

エヴァンジェリンが手を伸ばして、オフィーリアに触れる。

私も、お母様に触ろうとしなかった、こんなに近くにいたのに。


エヴァンジェリンの中で絶望が変わっていく。

エヴァンジェリンを追い詰めていたのは、ミッシェルだけでなく家族もだった。

公爵令嬢として誇り高くあろうとして、自分を縛り付けていた。


そしてヘルフリートが、初めての出会いを天使と会ったと想い募らせているのに、エヴァンジェリンは微塵も覚えていないという・・・



いつも、誤字報告ありがとうございます。

丁寧に説明を書いてくださることもあり、とても感謝しております。


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