密書の使者
リュシアンは、レクーツナ王国の王都にいた。しかも、王城の門の前にたたずんでいる。
やっとここまで来た。
リュシアンは、はやる気持ちを落ち着かせて、馬の手綱を握った。
ヘルフリート、ケーリッヒと共に国境の砦にやって来たリュシアンは、そこから別行動になったのだ。
国境まで来てしまえば、レクーツナ王国はすぐそこだ。王都はまだ遠いが、レクーツナ王国はすぐそこである。
部隊長を処理した夜、ヘルフリートは兄王との決別、レクーツナとの戦争回避、王位簒奪、話し合う事はたくさんあった。
その中でも、レクーツナ王への戦争回避の嘆願は最重要課題であった。
国境越えた先にいるレクーツナ軍に接触すれば、それは兄王の罠にかかるのと同じだ。
レクーツナ王国との内通者として、ヘルフリートを処罰してくるだろう。
「俺が行く。
俺なら、密かに砦を出て、レクーツナ軍に合流することが出来る」
リュシアンが名乗りをあげたが、ケーリッヒに止められる。
「レクーツナ軍がリュシアンを受け入れるとは、考えられない。
国境を越えた時点で、不法侵入として討ち取られる」
そのための国境を守る軍なのだ。
友好条約が破棄されてから、商人以外の通行は厳しい監視がついている。
「リュシアン、お前に頼もう」
ヘルフリートがケーリッヒの言葉を否定する。
「殿下! 無駄死をさせるおつもりか!」
ケーリッヒがリュシアンを庇って、ヘルフリートに反論するのが、リュシアンは嬉しいと思ってしまう。
「無駄死になどさせない。
これを」
そう言ってヘルフリートは指輪を差し出した。
「レクーツナ王女であった母上の遺品だ。
行くのは、国境のレクーツナ軍ではなく、レクーツナの王城だ」
ヘルフリートは手紙を書くと、指輪と一緒にリュシアンに渡した。
「レクーツナ王家では、他国に嫁ぐ王族に指輪を用意する。
非常時に身分を証明するために。
これは、母の弟、現レクーツナ王が母に用意した。
嫁ぎ先で異変があった王女が逃げ帰る為のものだ。
門の兵士に指輪を見せて『瞳の色の指輪だ』と言えば誰にでもわかるようになっている。
王に近い人間に、すぐに連絡がいく。
ただし、指輪を騙る者は処刑と決まっている」
「俺が、これを持って逃げると思わないのですか?」
手紙と指輪を受け取って、リュシアンが苦笑いを浮かべる。
「お前が裏切ったら、私はそれまでの男ということだ」
ヘルフリートも苦笑いだ。
兄王と対峙するために蜂起したら、国は乱れる。その時に大国レクーツナに攻め入られたら、勝ち目はない。
この手紙をレクーツナ王に渡せたとしても、レクーツナが味方につくとも限らない。
「あーあ、この間まで女の子に優しくして情報集めるのが
仕事だったのに、命がけになっちゃったよ」
リュシアンがおどけたように言いながら、王妃の元でしてきたことを話す。
「リュシアン」
ケーリッヒが、リュシアンの肩に手を置く。
「どんな事をしても、僕が許す。
だから、生きて帰ってくれ」
ケーリッヒの瞳が僅かに揺れているのが、リュシアンは嬉しい。
「じゃ、急ぐから、俺もう行くよ」
リュシアンが胸の隠しに指輪と手紙をしまいながら歩き出すと、ケーリッヒの手が離れた。
「あ」
声が漏れたのはリュシアンだ。振り返って、ケーリッヒとヘルフリートを見たリュシアンだったが、直ぐに部屋を出て行ったのだった。
さあ、始めようか。
リュシアンは、気持ちを奮い立たせて、王城の門を守る兵士の前に立った。
「瞳の色の指輪をお持ちしました」
リュシアンは、王城の門に立つ兵士に言った。