王都に潜伏
ヘルフリートとケーリッヒは密かに王都に入った。
三日後、ヘルフリートとケーリッヒを装った派閥の若者が、王都から同行した軍隊と共に戻って来る事になっている。
それを王に悟られぬよう、二人は街道を通らず山道や森の中を駆けて来たのである。
王宮には戻らずに、シェレス公爵邸に入る。
ここで、王弟派の貴族達と会合を開くのである。
二日後の夜、公爵夫人オフィーリア主催のパーティならば、人が集まっても王や王妃の目をごまかせるからだ。
それまで、公爵邸に潜んで、少人数の会見や準備をする予定だ。
王都に戻って来るのに、ヘルフリート達と偽装の者の間には三日間の差がある。その間にすべての準備をするのだ。
新しく雇った使用人達はオフィーリアのパーティの準備をさせ、ヘルフリート達の存在は気づかれないようにする。
リリたちの他にも、回し者がいる可能性がある。
反対を言えば、その人間からの報告がなければ、ヘルフリートが王都にいるとは、悟られない。
ヘルフリートは王都の館で、領地にいるはずのエヴァンジェリンに会うとは思ってもいなかった。
「なんだって、エヴァンジェリン嬢がここにいるって?」
ヘルフリートは、ケーリッヒの言葉に驚いた。
「僕もさっき家令に聞いて驚いた。僕達が移動中で連絡が来なかったらしい。
母も今日戻ってきたようだ。
母の名でパーティを開く名目が、本当になった」
それから、とケーリッヒはエヴァンジェリンが襲われた事も話した。
「厩番の男の尋問が続いている、僕達も行こう。
だが、その前に僕は少し席を外すよ」
ケーリッヒが部屋から出ると、交代にエヴァンジェリンが入ってきた。
「エヴァンジェリン嬢」
ヘルフリートは立ち上がって、エヴァンジェリンを迎え入れる。
「殿下、お帰りなさいませ。
ご無事で何よりです」
国境でイロイロあったが、エヴァンジェリンは知らない。
それを伝えて心配させる必要もない、とヘルフリートは思っている。
エヴァンジェリンが、自分と一緒の部屋にいる。
少し前までなら、夢でしかなかった事が現実の今を堪能したい。
胸のポケットから手帳を取り出した。
「珍しい花が咲いていたから。
こんなに早く会えると思ってなかった」
生花でも、持って帰れたかもしれないが、エヴァンジェリンが王都に戻っているのが想定外なのだ。
「ここは危険になります」
実際に危険な目に遭ったのだ。
「はい、覚悟ができました」
エヴァンジェリンが笑みを浮かべるのを、ヘルフリートが眩しそうに見る。
ヘルフリートが、押し花をエヴァンジェリンに渡す時に、指先が触れる。
ピク、とエヴァンジェリンが一瞬震えて、押し花からヘルフリートへと視線が動く。
ヘルフリートと視線が合うと、エヴァンジェリンが頬を染めた。
嬉しい。
この花が珍しいかは分からないが、ヘルフリートの気持ちが嬉しい。
好かれている、大事にされているって、こんなにも気持ちが伝わって温かい。
「ありがとうございます」
手に乗せられた押し花に視線を戻せば、ヘルフリートがその手に手を添えてくる。
「これから、エヴァンジェリン嬢の負担が大きくなるだろう。
だが、私が守る。
どうか、ずっと共に居て欲しい」
手袋をしていないヘルフリートから体温が伝わってくる。
「はい、殿下。どうかエヴァンジェリンとお呼びください」
エヴァンジェリンがもう一度視線をヘルフリートに戻せば、視線が絡まる。
その視線は絡まったまま近づき、エヴァンジェリンが耐えきれずに目を閉じると、唇に温かいものが重なった。