エヴァンジェリンの自覚
エヴァンジェリンが王都の公爵邸に着くと、すでに湯の用意がされていて、馬車で移動した一日の疲れを取る。
湯からあがり、寛いでいるとメイドが母からの手紙を持って来た。
『すぐに追いかけたかったのですが、領地の屋敷を留守にする指示をして明日の朝に出立します』
文外に、前もって教えてくれたら一緒に行ったのに、という事を表している。
心配かけて申し訳ない、とエヴァンジェリンは母親の愛情を感じていた。
「あら、貴女は見ない顔ね」
手紙を持って来たメイドが知らない顔だと、エヴァンジェリンが尋ねる。
屋敷に着いた時に、公爵夫人とエヴァンジェリンが領地に行く時に多くの使用人を連れて行ったので、急遽新しい使用人を雇った、と家令から報告を受けていたので、驚いたりはしないが念のために確認する。
「はい、リリと申します。以前はフォークランド子爵家に努めておりました。病気の母の看護で家に帰っていたのですが、その母も亡くなり、こちらで雇っていただきました」
話に怪しいところはない、家令も雇う時に調べているはずだ。
リリは、紅茶を淹れるとエヴァンジェリンに差し出した。
湯上りに身体を冷やさない為だろう。以前子爵家に勤めていたから気がまわるのか、とエヴァンジェリンがカップを手に取る。
それにしても、領地に戻って僅か数日、これほど早く人を雇うのか。
宰相である父なら、もっと慎重にするのではないか、と思うとカップを持つ手が止まった。
家令は信頼できる人間だ。
その家令が、こんなに早く雇い入れるということは書類が揃っていたのだろう。
そう思うと不安が湧き起こる。
兄も殿下も私が危険だから領地に送ったのだ。その私が王都に戻って来ている、用心してもし過ぎることはない。
カチャン、とカップをソーサーに戻す。
「今はお茶はいいわ」
母からの手紙を封筒に戻して、エヴァンジェリンはリリに出て行くように言う。
「はい」
カップをトレーに戻そうとリリは、エヴァンジェリンに近づいた。
ソーサーを取ろうとした手は、エヴァンジェリンに倒れ込んだ。
その時にリリの手はエヴァンジェリンの腹に一撃を入れて、気絶させる予定だった。
「だれか!」
リリに用心していたエヴァンジェリンは、リリが近づいた瞬間に身体をずらしたのだ。
ダンッ!!
エヴァンジェリンの叫び声に、扉を蹴破る勢いで、領地から付いてきた護衛達が飛び込んで来た。
「お嬢様!」
逃げようとしたリリは、すぐに取り押さえられた。
「凶器は持っていないようです」
すぐに確認がされ、リリが縛られる。
「この紅茶も怪しいから、調べてちょうだい」
エヴァンジェリンがポットを指さす。
エヴァンジェリンに危害を加えないなら、誘拐目的だ。
王妃はエヴァンジェリンを殺そうとしていた。
王妃ではない誰か、ということだ。
すぐに王宮の公爵に報告がいき、公爵が帰って来た。
その頃には、紅茶も調べ終わっていた。
犬に与えたところ、眠ってしまったのだ。
エヴァンジェリンは、領地から思い付きで戻ってきたことを迂闊な行動と反省するしかなかった。