エヴァンジェリンは行動する
ヘルフリートから届いた手紙を何度も読み返してみる。
短い近況だけの手紙。
それだけ、この手紙を書くのが大変だったと想像できる。
『国境の砦は、緊張に満ちている。
改善すべき点も多いが、国を守るという自負を持っている兵士が多い。
エヴァンジェリン嬢が心穏やかに過ごせることを願う。
ヘルフリート・フォン・メルデア』
返事を書くにも、いつまで国境の砦にいるかも知らないので、行き違いになってしまう可能性がある。
それに気になることがある。
ミッシェルの件である。
ビスクス伯爵には相応の慰謝料を請求して、ミッシェルもそれどころではないはずなのに公爵領に侵入してきた。
そして、あの男爵令嬢はどうなったのだろう?
状況を知りたい。
公爵領にいれば、厳重な警戒で安全が確保されるだろう。
それでいいのか?
前と同じではないか。
エヴァンジェリンを従えるのが、ミッシェルからヘルフリートになっただけではないか?
自分の目で確かめたい。
クローゼットの中から1番質素なドレスを引きずり出す。
それでも生地が高級であることはごまかせない。庭から土を持ってきて、こすりつけると薄っすら汚れて高級感がなくなった。
オフィーリアに見つかると止められるし、アネットに気づかれると傷が開いても付いてくると言いそうだ。
エヴァンジェリンは手紙を書いてテーブルに置くと、護衛を呼んだ。
「王都に行きます。
目立たないように付いて来て欲しいの。
これをお母様に届けてちょうだい」
護衛の一人にテーブルから手紙をとって渡す。
「アネットの看護をお願いね」
メイドにアネットを頼んで、エヴァンジェリンは小さなバッグを持った。
今から出れば、夕方には王都に着く。
ビスクス伯爵邸を見るのと、街の様子も見たい。
貴族御用達の店しか行ったことがない。
もっと広く王都を見よう。
怖いけど、今まで見ようとしなかった事がたくさんあるはずだ。
エヴァンジェリンが馬車に乗り込むと、すぐに王都に向かう。
馬車の両サイドに5騎の護衛が乗る馬が並走する。
王都に着くと、まずビスクス伯爵邸に向かう。
外から見る限りは、以前と変わらないように見える。
「お嬢様、王都の公爵邸に戻られますか?」
護衛が暗くなる前に移動しようと、確認してくる。
街の宿に泊まってみたいが、どんな噂が立つかもしれない。王族が婚約者なのだから、軽はずみなことをしてはいけない、とエヴァンジェリンも我慢しようとする。
「屋敷に戻ります。
その前に、庶民が行くお店で、夕飯を食べたいわ」
「分かりました。 2名が一緒に食堂に入ります。残りの者は外で待機します。
街で人気の食堂に案内します」
目立たないように護衛も、平民の服装である。
連れて行かれた食堂は、活気あふれていた。
「ビールだよ!」
ふくよかな身体で真っ赤なドレスのウエイトレスがテーブルをまわって男達にビールの入ったジョッキを配る。
大声で話すテーブル席。
案内された席に座って、出てきた料理を食べれば、熱くって美味しい。
殿下にも、食べさせてあげたい。
砦の食事は質素だろうから。
「また具が少ないぞ」
スープを注文した客が文句を言っている。
「豆が値上がりしたんだよ、値段はそのままだから、そう思うだけだ。」
「ああ、商人が言ってたよ。
近隣国が税金上げたって」
エヴァンジェリンは、初めて知る街の人々の生活に驚くばかりだ。
それにしても、関税?
貴族よりも、街の人々の方が反応が早い、と知った。