国境地帯
翌朝、調理を担当し拘束されていた兵士は遺体となっていた。
喉に異物を詰まらせた窒息死、それが死因だ。
王弟殿下に毒キノコと知らずに提供しようとした後悔で自殺か、誰かが殺したかは分からない。
このまま国境まで進むか、王都に戻るか、ヘルフリートは判断を迫られていた。
ケーリッヒは何も言わずに、ヘルフリートを見つめている。
相変わらずヘルフリートは白い手袋をしている。
潔癖症のヘルフリートが、国境への派遣を受けたのは大きな進歩なのだ。
野営のテントで寝るなど、今までなら考えられなかった。
王補佐から降りたヘルフリートを、王は試したのだろう。
そして、ヘルフリートが変わったと判断した。
ヘルフリートは、何としてもエヴァンジェリンを手に入れたいのだ。
兄弟の争いを避けて、兄の後ろに控えていてはシェレス公爵家から婚約の許可はおりない。
何よりも、逃げてばかりの自分では、エヴァンジェリンを守れない。
手袋をしたままでは、エヴァンジェリンの手の温かさは分からない。
ヘルフリートは、手袋を外して机に置いた。
「このまま進もう。国境の砦の様子を知るのは、私にとっても重要だ」
「殿下、さらに危険が増すと考えられます。それでもですか?」
ケーリッヒが確認してくる。
リュシアンは、面白そうに様子を見ている。
「それでもだ。
毒キノコは、警告だと考えた方がいい。
国境に行くより、王宮に戻る方が至難になるかもしれない」
普段から、限られた料理人の作る料理しか食べないヘルフリートが、野営の食事を警戒するのは分かっていたのだ。
そこに、毒キノコを入れるのは王からの警告だ。
「僕から見ても、殿下、いい顔つきになりました」
ヘルフリートが変わった、とケーリッヒは思う。
机の上に置いた手袋を、ヘルフリートは着けてテントを出る。
その後ろには、ケーリッヒ、リュシアンと続く。
「テントを片付けて、すぐに出発だ。
それと手が空いている者は、遺体を埋葬してくれ。
遺品は家族に届くように手配しろ」
30分ほどで、全ての処理を終え、国境に向かって出発した。
2日目は警戒していたが、何事もなく夜が明けた。
そして3日目、国境の砦に到着した。
国境を守る部隊長が、ヘルフリートを出迎え、国境沿いの巡回警備に同行することになった。
山岳地帯が国境の為、山の斜面に沿うような形で砦は作られていた。
3日目夜は、砦の1室で迎えた。
ヘルフリートは個室だが、警護の為にと、ケーリッヒとリュシアンが居座った。
食料や衣類、武器、と派遣の業務内容は、砦の中の管理状況を把握することだった。
砦の外を歩いている時だった。
国境とは反対の方から、何かが飛び出して来た。
身体の大きさは2メートル以上ある、大きな熊だ。
ケーリッヒがヘルフリートの前に立ち、熊を斬るが興奮しているらしく、簡単には倒れてくれない。
リュシアンがヘルフリートの後方を守り、他にいないかと神経をとがらせる。
「殿下!」
兵士達が騒ぎに気が付き、駆け寄って来た。
熊は直ぐに打倒され、大きな体が地面に横たわった。
「こんな時期に熊が山から下りて来るとは」
倒れた熊を見ていた兵士から、呟きが漏れる。
エヴァンジェリンの乗った馬車も、興奮作用のある毒矢で馬が狂ったように走ったのだ。
ケーリッヒは、熊を見ながら思っていた。