それは、王か王妃か
早朝のシェレス公爵邸は馬車に荷物が積み込まれていた。
病気療養の為に、エヴァンジェリンが領地へ行くのだ。
公爵夫人と医師、侍女達、ものものしい警備が同行する。
シェレス公爵領は王都から近く、馬車で1日で着く。
ケーリッヒがヘルフリートに同行し、領地の方が安全と判断したのだ。
なにより、王妃からの招待が来なくなる。
馬車には、母と向かい合わせに乗り、会話もなく窓の外を見る。
領地に行くのは、何年ぶりだろう。
ましてや、母と一緒に行くとなると子供の頃以来かも。
会話がなくとも、居心地が悪いと思わない。
ヘルフリート達は、騎乗で国境に向かっていた。
一個小隊はヘルフリートの警護という名目だ。
レクーツナを刺激すると言って、同行する軍を減らした。
軍人のケーリッヒはともかく、優男のリュシアンが、遅れを取らずにヘルフリートの横を伴走している。
護衛になれていないリュシアンが、神経質にピリピリしている。
「今夜はここで野営だ」
国境までは、馬で3日だ。
テントを建てる者、食事を準備する者、それぞれが持ち場に散らばる。
ヘルフリートはケーリッヒを引き連れて、周囲の確認に行く。
リュシアンは、別行動で森に焚き木を拾いに入った。
長距離の騎乗に慣れていないリュシアンは、人目のないところで休みたかったのだ。
田舎の貧乏貴族のリュシアンにとって、森は遊び場だった。
食べられる木の実や、毒のあるキノコ、危険な動物の足跡、自然に覚えた。
倒木に腰掛けて、周りを見る。
夜目でも、慣れてくると見えてくる。
あれは斑点が特徴的な毒キノコ、グミの実がなっている木、と見て取れた。大型の動物はいないようだ。獣道もない。
枯れ枝を拾って束になると、リュシアンはテントに戻った。
スープのいい香りが漂い、空腹だと思いだした。
枯れ枝を焚き木にくべようと、火に近寄って鍋を覗き込んだ。
「食べるな!」
リュシアンの声が響く。
ちょうど、食事を配っていた兵士の手が止まる。
「毒キノコだ」
リュシアンは料理を作ったであろう調理人を拘束する。
「キノコを鍋に入れたのはお前か!?」
「違う、俺じゃない。
最初から材料として用意されていたんだ。
毒キノコと知らなかった」
ヘルフリートとケーリッヒも、駆けつけて鍋を覗く。
「殿下、まだ食べられてませんよね?」
リュシアンが鍋から、斑点模様のキノコをすくい上げる。
「呼吸困難を引き起こします、大量に摂れば命にかかわります」
これは、故意か、偶然か。
どちらにしても、食べていれば小隊もろとも大変な事になっていた。
その夜の食事は、リュシアンが作り直した。
その手際の良さに、ケーリッヒが驚いていた。
「貧乏貴族の三男ですから、何でも出来ますよ。
調味料まで調べられませんでしたので、今夜は塩味のみです」
リュシアンから、お椀を受け取るとケーリッヒとヘルフリートは口をつける。
スープの温かさが身に染みる。
焼いた肉の味付けも塩のみである。
リュシアンがコーヒーを持ってテントに行くと、ヘルフリートとケーリッヒが密談中だった。
「キノコとは、お粗末な毒だったな。
直ぐにバレる」
ヘルフリートが言えば、ケーリッヒが反論する。
「知らなかった、と事故に出来ますよ。
リュシアン、助かりましたよ。
犯人は誰でしょうね」
王か王妃か、それとも事故か。
リュシアンからコーヒーの入ったカップを受け取り、一時の静寂が訪れる。
明日も強行軍で、馬を走らすのだ。
少しでも疲れを取らねばならないが、毒キノコの件もあり直ぐには寝付けそうにない。