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王弟ヘルフリート

陛下が臨席の会議は、予定より延びたが夕方には終えた。

扉の外には、出席者の侍従や秘書官達が待機していたが、シェレス公爵は屋敷の使いがいることに気がついた。

屋敷からの使いなど、よほどのことがない限り王宮に来ることはない。

シェレス公爵は、控えていた事務官より先に屋敷の使いの手紙を手に取った。


『エヴァンジェリンお嬢様が街で吐血されて、ケーリッヒ様が抱きかかえて戻られました。

医者を手配中です。

クロノス』


グシャと手紙を握りつぶすと、公爵は足早に歩き出した。

驚いたのは事務官だ。

「閣下、こちらに書類がございます」

その言葉で、冷静になったシェレス公爵は、事務官から書類を受け取るとパラパラと中を確認して、事務官に戻した。

「これは、明日にしても大丈夫だ。

私は屋敷に戻る」

会議が長引いた為に、執務室には仕事が溜まっている。

宰相であるシェレス公爵の採決が必要なものも多いのだ。

「閣下、お待ち下さい」

事務官も必死で止めようとするので、(まわり)の視線を集めてしまっている。


「娘が危篤なのだ」

シェレス公爵が事務官に止めるなと言うと、その場が静寂に包まれた。

それも一瞬で、すぐに元の騒々しさに戻ったが、公爵の腕を掴む者がいた。

「公爵、どういう事ですか!」

「王弟殿下」

シェレス公爵の腕を掴んでいるのは、会議に参加していた王弟ヘルフリートである。


ああ、とヘルフリートは公爵の腕を離す。

「エヴァンジェリン嬢が危篤と聞こえたが?」

公爵とヘルフリートは馬車寄せに向かいながら話している。

「殿下、私にも詳細がわからないので屋敷に急ぎたいのです」

動転している公爵は、ヘルフリートが娘の名を知っていることに気が回らない。

ヘルフリートも形振(なりふ)り構っていられない。


ヘルフリートは表には出さなかったが、エヴァンジェリンを想っていたのだ。

だが、エヴァンジェリンには婚約者がいたし、政治的にも問題があった。

ところが、最近エヴァンジェリンの婚約者が他の女を連れ歩いている噂を聞いて、心を痛めていた。

そして、エヴァンジェリンが危篤と聞くと、もう黙ってはいられない。


「公爵、落ち着いたら連絡をくれ」

聞きたいことはたくさんあるが、今は公爵を屋敷に帰すのが先決と決断する。

「私で代行出来る事はしておく、こちらのことは気にしないでいい」

王の補佐という立場であるヘルフリートは、宰相の代理も出来る。

だが、エヴァンジェリンを助けるためには、父親の公爵が必要なのだ。なんとしてもエヴァンジェリンを助けて欲しい、自分の出来る事はなんでもする。


「殿下、ありがとうございます」

公爵がヘルフリートに礼を言うと、振り返ることもなく部屋を出て行った。


「君、宰相の決裁でなければダメなもの以外で急ぎのものは、私が決裁しよう。内容を確認するから、私の執務室に運んでくれ」

ヘルフリートは宰相の事務官に指示をして、自身の事務官を引き連れ部屋を出た。



表情は変わらないが、頭の中はエヴァンジェリンでいっぱいである。

危篤。

重い言葉に嘘であって欲しいと願う。




ヘルフリートとエヴァンジェリンが最初に会ったのは、14年も前のことだ。

王の第2王子として、ヘルフリートは成人の儀を終えたばかりの頃だ。

儀式の為に教会に出向いたヘルフリートは、教会の庭で幼いエヴァンジェリンと出会った。

成人の儀の一つに閨の儀式があり、成人男性として、ヘルフリートも済ませたばかりだった。

豊満な年上女性のきつい香水が残っているようで、自分の身体に嫌悪感が無くならなかった。



花の影から現れたエヴァンジェリンを天使かと思った。

「お兄様、何しているの?」

恐がりもせずに、ヘルフリートに近づくと手を取った。

柔らかく、温かい小さな手に、ヘルフリートの心も温かくなる。

「儀式のために司祭様を待っているんだよ」

ヘルフリートがその小さな手を掴むと、きゅっと握り返してくる弱々しい力。

無垢な幼い子供、純真な瞳の輝きに自分が浄化されている感覚があった。

汚れてしまった自分に、天から舞い降りた天使。


その子がシェレス公爵の令嬢というのはすぐに分かった。


他国の王女である正妃との間に子供が出来ず、王は伯爵家から側室を迎えた。

そして生まれたのが兄の王太子だ。

だが、5年して王妃が懐妊した。そして生まれたのがヘルフリートである。

正妃の子供のヘルフリートを次期王にと押す声は絶たない。

ヘルフリートが王位を望んでないなら、公爵家と親密になることは避けなければならない。

公爵家が後ろ盾になれば、ヘルフリートが王位を継ぐのに優位になってしまうからだ。



次に見かけたのは、エヴァンジェリンのデビュタントの時だ。

婚約者にエスコートされて、嬉しそうに踊っていた。


綺麗になったな。


何年も経っているのに、一目で分かった。

眩しい笑顔を見ていたくない、ずっと見ていたい、自分の中の気持ちに気が付いた。

婚約者がいる限りどうすることも出来ない。

時々、夜会で見かけるのを目で追う事しかできなかった。



兄は王になっていたが、王太子時代に婚約者の姫の国が王妃の国と戦争になり破談となった。兄の寵愛を受けた子爵令嬢が懐妊したので、妃にあげた時は反発が大きかったが、男児が生まれて表面上は落ち着いた。

だが、兄の母親が伯爵家出身、妃が子爵家出身とあって高位貴族の不満は募るばかりだ。

ましてや、子爵家出身の王妃が公務に(うと)く、浪費が激しいのでなおさらだ。

そして、ヘルフリートが有力貴族と結婚したら、兄の子供でなくヘルフリートが次の王になる可能性もある。

それを避けているうちに、ヘルフリートは29歳になっていた。


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