救出、そして覚悟
側には、馬の下敷きになった護衛と御者が、血だらけで倒れているが、意識はあるようだった。
ヘルフリートとケーリッヒが横倒しになった馬車の扉に手をかけると、扉は軋んだ音を立てて開く。
「エヴァンジェリン!」
「アネット、アネット」
侍女の身体を抱いて泣いているエヴァンジェリンが、ヘルフリートとケーリッヒに気が付いた。
「助けて、アネットが私を庇ってケガをしているの、血が止まらない」
エヴァンジェリンはハンカチでアネットの額を押さえているが、血で真っ赤になっている。
ヘルフリートがエヴァンジェリンを、ケーリッヒがアネットを抱き上げて馬車を出る。
アネットは額から血を流し、頭を打っている為に気を失っていた。
外では、ヘルフリートの護衛達がエヴァンジェリンの護衛と御者を助け出していた。
馬の暴走を止めようとして、護衛は大ケガを負っているようだった。
エヴァンジェリンはその様子を見ていた。
侍女はエヴァンジェリンを庇って、護衛はエヴァンジェリンを守ってケガを負った。
「私が狙われたのですね?」
「その話は、公爵邸に戻ってからだ」
ヘルフリートは、これでエヴァンジェリンが恐がって、婚約を解消するのではないかと思っている。
「ええ、なによりアネット達を医者に診せなければ」
恐い、それを感じる。
けれど、それよりも怒りが沸き上がってくる。
もう逃げない。
「エヴァンジェリン!」
屋敷に着くと、オフィーリアが飛び出して来た。
すでに医者も手配されており、アネット、護衛のコスナー、御者、エヴァンジェリンが診察を受ける。
別室では、ヘルフリート、ケーリッヒ、王宮から戻って来たシェレス公爵がコスナーから事情を聞いていた。
「王宮を出た所で、弓矢による襲撃を受けました。
最初から馬を狙っていて、興奮する薬が塗られていたようです。
矢を受けた馬の暴走で、馬車は恐ろしい速さで街を駆けたのです。
馬の興奮を抑えるのは無理だと判断し、馬を斬って馬車を止めようとしたのですが、馬車が横転してしまい申し訳ありません」
コスナーが包帯の巻かれた身体で、謝る。
「いや、よくやった。
あのままだと馬車は横転どころか、どこかに激突し大破していただろう。
そうなれば、ケガでは済まない。命の危険があった」
ケーリッヒは軍人らしく、事件を分析する。
ヘルフリートと公爵は無言で聞いている。
「証拠はないが、王妃の仕業であることは分かり切っている。
シェレス公爵家に敵対するとはどういうことか、思い知らさねばならない」
ケーリッヒはモーガンを使おうと提案する。
王位を簒奪したあかつきには、王妃は断罪されることになる。
コンコン、とノックをしてエヴァンジェリンが入って来た。
「私もそこに入れてください」
「エヴァンジェリン?」
エヴァンジェリンには安全な所にいて欲しいのだ、それはヘルフリートもケーリッヒも公爵も同じ思いである。
「凄く怖いし、お腹も痛いし、逃げたいです。
でも、もう逃げたくないんです。
きっと守ってもらわないと何も出来ないと思う。
でも、何も知らないのはイヤなんです」
何も知ろうとしなかった私のままでは、ダメだと思うから。
天使ではなく、生身の人間がそこに居た。