確信する想い
「いえ、すぐに馬車に乗ります」
今の状態のエヴァンジェリンが馬車に揺られれば良くないことは分かっているが、部屋に入るのはもっと良くない。
「ご令嬢、王妃陛下のご指示です。
ご心配されているのです」
あくまでも体調を心配した王妃の指示と言い切る。
モーガンの陰を帯びた表情が、本気で心配しているように見えてくる。
だが、ミッシェルに裏切られて、人間不信になっているエヴァンジェリンには、違うようにも見えてくる。
『エヴァンジェリンに苦労させたくないから、そこで見ていればいい』
はい、ミッシェル。
『エヴァンジェリン、日に焼けてしまうから僕が一人で行って来るよ』
はい、ミッシェル。
『次の誕生日には、周りの人間が驚くほど豪華な宝飾剣がいいな』
はい、ミッシェル。
『赤ちゃんは、結婚相手に育てさせるんでしょ?
公爵令嬢なら、世間体もあって無下にはしないわよ。
ミッシェルの跡継ぎが必要だもの』
絶対にイヤよ!
そうだった、あの日は注文してあったミッシェルの誕生日プレゼントを受け取りに行ったのだった。
もっと私を見て欲しかった。
一緒に行きたい、とイヤだと言えばよかった・・・
お腹が痛い。
殿下がお茶会に行くな、と言ったのに来たから天罰なんだわ。
チ・ガ・ウ。
自分でお茶会に出席すると決めたんだ。
だから、自分でイヤだと言わなくっちゃ。
「その部屋の扉を開けたら大声を出すわ。
男性と二人で部屋に入るなど、醜聞にされるからイヤよ」
声が震えないように、エヴァンジェリンは自分を奮い立たせる。
「へぇ、気弱そうだったのに。
さすがは公爵令嬢、高慢でいらっしゃる」
麗しい顔に凄みを出して、モーガンが逃げようとしたエヴァンジェリンの手を掴む。
「世の中、権力だ。低位貴族の三男なんて、貴族とは名ばかりの生活しか出来ないんだよ。
王妃のペットより、公爵令嬢の夫の方がいいに決まっている。
ずっとずっと大事にしてやるよ、俺優しいんだよ。あんたみたいな綺麗な子初めて見た」
引寄せようとするモーガンに抵抗しても、エヴァンジェリンの体力はないに等しい。
掴まれていない手を振り回しても、モーガンが可愛いと呟いている。
「イヤよ!」
エヴァンジェリンが抵抗しようとも、モーガンは平気だ。
「ほら、人が集まって来て俺と一緒の所、見られて困るのご令嬢だよ」
抵抗したせいで髪が乱れているよ、と指摘する。
「情事の後だと、俺言っちゃおうかな」
侍女も護衛も一緒に来たが、王妃の庭園に入れず、外で待機しているはずだ。
もう少し外に行けば、きっと声は届くはず。
余裕のあるモーガンが憎らしい。
「こんなことして、ただじゃ済まないんだから!」
「俺には、無くすものなんてないんだよ」
だから、とモーガンはエヴァンジェリンを掴む手に力を入れる。
「あんたが、俺の大事なもの、一番になって」
うわぁ、この顔で言われたら、はい、って言いそうになる。
「それは出来ないわ。
私には婚約者がいるから、ちゃんと、向き合っていきたいの」
もう後悔なんてしたくない。
庭とは反対に、建物の奥からヘルフリートとケーリッヒが現われた。
走ってきたようで、肩で息をしている。
「エヴァンジェリン」
ケーリッヒがヘルフリートよりも早く前に出て、エヴァンジェリンの腕を掴んでいるモーガンの手を払う。
「つぅ」
ケーリッヒの手刀で手を払われ、手を押さえているモーガンをケーリッヒが身体を押さえる。
「その奇麗な顔を潰されたくなかったら、全部吐くんだ」
ケーリッヒは、モーガンがエヴァンジェリンを連れ込もうとした部屋にモーガンを引きずり込む。
その後ろを、ヘルフリートに支えられたエヴァンジェリンが着いて来る。
「エヴァンジェリン嬢、冷たい水を持って来させるので、少し休んだ方がいい」
ヘルフリートがエヴァンジェリンをソファに座らせ、状態を見ている。
「殿下はどうしてここに?」
「王妃の茶会に手の者を紛れ込ませていた」
茶会の男性はバトラー達だけだ。
そのうちの誰かか、招待された令嬢のだれかだろうか。
見張られていたのか、とエヴァンジェリンは思う。
だからこそ、その者から連絡が入って駆け付けて来てくれたんだ。
「気を悪くしたなら、すまない」
ヘルフリートが心配してくれたのは分かっている。実際に危険な目に合いかけたわけだし。
「いえ、そんなことありません。殿下、ありがとうございます」
助けに来てくれて嬉しい。
そんな二人のやり取りを、ケーリッヒとモーガンが居心地悪そうに見ていた。