別れゆく兄と弟
今まで王の補佐として、常に王の側にいた。
これからは、そうはいくまい。
宰相であるシェレス公爵の嫡男が護衛に付いたことで、誰の目から見ても状況は変わった。
「大丈夫だ、想定していたことだ」
ヘルフリートがケーリッヒに言う。
ただ、兄が当然のように受け止めていたのが、そうか、という虚無感になった。
兄の王位を狙うべきではない、と思っていた。
決まっている王太子を替えるのは、大きな混乱を招く。
エヴァンジェリンのデビュタントを見た時も、エヴァンジェリンに婚約者がいたこともあり諦めた。
王である兄を支えようと、思っていたのは本心だ。
エヴァンジェリンが危篤と聞いた時には、抑えられなかった。
兄は、分かっていたのかもしれない。
こうなっては、どうしようもないな。
「殿下、僕は妹を任せられる人間として殿下を認めました。
あんなヤツを婚約者とした為に妹は傷ついて、僕は許すことはないでしょう」
ヘルフリートの執務室は殺風景だ。
潔癖症のヘルフリートが不要な物を排除した結果、壁飾りの絵さえない。
ケーリッヒが部屋の点検をしながら、言葉を続ける。
「殿下の進む道は、妹には負担が大きいと分かってます。
だから、妹を幸せにする殿下も幸せになってください」
兄王との決別を決めたヘルフリートに、ケーリッヒなりのエールである。
「エヴァンジェリン・・」
呟くヘルフリートが窓の外を見つめる。
「シェレス公子、私は逃げていた。
エヴァンジェリンを得られるなら、国を戦火に包むだろう。
そんな私がエヴァンジェリンを幸せに出来ると思うのか?」
「ケーリッヒとお呼びください、殿下。
僕は殿下の護衛です。
殿下がエヴァンジェリンを幸せに出来るかは、僕にも分かりません。
ですが、殿下が1番エヴァンジェリンを幸せにしたいと思っているのでしょう?」
ヘルフリートの後ろに立つケーリッヒ、まるでそこが定位置だと言わんばかりである。
「戦火になるのは一時期だけだ。
私が、エヴァンジェリンが安心して暮らせる国にする」
ヘルフリートは、書類を広げて仕事を始める。
「戦火にしない、とは言わないのですね」
「王か私が死ぬまで終わらない。それを内戦と呼ぶか、クーデターと呼ぶか、争いには違いあるまい。
王としての権力を持っている兄は、簡単に倒れてくれないだろう」
書類をめくる手を休めず、淡々とヘルフリートが語る。
「今夜も私の警備に付くのか?」
ケーリッヒはヘルフリートの警備になってから、昼夜護衛している。
「当然です」
いつ暗殺者が来るかもしれないのだ。
「信頼出来る者を早急に選んでます。
そうすれば、ローテーションになりますので」
ケーリッヒは、昨日も公爵家には帰らなかった。
エヴァンジェリンの事が心配だが、容態は安定し回復に向かっていると連絡を聞いている。
「明日は少し時間が取れる、公爵家に行こうと思っている」
エヴァンジェリンに会うだけでなく、ケーリッヒを休ませようとしている。
「殿下、僕は軍で不眠の訓練を受けております。2,3日寝ないでも問題ありません」
そうか、とヘルフリートは言ったきり黙った。
命をかけているのは、ヘルフリートだけではない。