エヴァンジェリンの決意
ヘルフリートが帰った後、エヴァンジェリンは寝室に戻って横になっていた。
驚いた。
鼻血を出すなんて、それほど嫌だったのだろうか?
殿下は女性が苦手という噂があるぐらいだもの、無理して手に口づけされたのかしら?
笑顔だった。
夜会でお見かけする殿下は、笑顔なんて見たことがない。
嫌そうに見えなかった。
政略結婚であっても、歩み寄ろうとされたのではないか?
そう思うと、辻褄が合う。
花束も、早朝の見舞いも、殿下の誠意だ。
ポトリ。
いつの間にか涙が流れ落ちた。
「ふぅぅぁ」
両手で口を押さえても嗚咽が止まらない。
だって、7年も婚約してたのだ。
何度も花束を貰った。
デビュタントもミッシェルのエスコートだった。
子供の頃だけど、好きって言われた。ずっと変わらないと思っていたのに。
いつからズレたのだろう?
他の女性といると何度も忠告を受けた。
でも、私と結婚するのは決まっているのだから、戻ってくると思っていた。
どうして、確証もないのにそんな事思ったのだろう・・・
ミッシェルは、彼女に愛を囁いたのだろうか?
私は何もしなかった。
ただ、ミッシェルが戻ってくるのを待っていた。
それがいけなかったの?
その人と別れて、って言えば戻ってきたの?
私だって愛されたい。
殿下がミッシェルのようになるのは、耐えれない。
突き放され、捨てられる。
愛されるようになりたい。
エヴァンジェリンは涙を手で拭うと、メイドを呼んだ。
「何か食べれる物をお願い」
身体を治すことが最優先だ。
やつれて疲れた肌、こんな姿を殿下に見られたなんて恥ずかしい。
誰よりも綺麗になって、殿下に好かれたい。
殿下が歩み寄ってくれるなら、私も近づきたい。
ダメで元々だ。
今までと同じなら、ミッシェルと同じになるかもしれない。
「でも、何をしたらいいの?」
何を目指せばいいのかも、わからない。
それでも、涙が乾いてくると、変われる気がしてきた。
「そうよ、したことない事すればいいんだわ」
「お嬢様、お食事をお持ちしました」
メイドがタイミングよく食事を載せたワゴンを押して入って来た。
今までなかった空腹を感じる。
「そこのテーブルに並べてちょうだい」
エヴァンジェリンはガウンを纏うと、ベッドを降りた。
殿下、顔が赤かったわ。
照れていたのかしら?
12歳年上だけど、なんか可愛い。
「ふふふ」
「お嬢様?」
倒れた時に頭を打ったかと、メイドが心配している。
「大丈夫よ、お母様のご都合を聞いてきてくれる?」
まずは、身だしなみからよ。
公爵夫人のお母様なら、いろいろご存知だもの。
ミッシェルが連れていた彼女より綺麗になりたい。
殿下が連れていても恥ずかしくないように。
ミッシェルに捨てられた女を連れている、と笑われないように。
「どうしたの?
今朝は殿下が見えられて、疲れたでしょ。
休まなくって大丈夫?」
オフィーリアがメイドの話を聞いて、部屋に来た。
「食事を摂っているのね!
良かった」
エヴァンジェリンの横に座り、安心したとオフィーリアがメイドに指示をする。
「私にはお茶をちょうだい」
「お母様、私、綺麗になりたいのです」
今までだって、ないがしろにしてきた訳ではない。
公爵令嬢として、品位ある装いをしてきた。
「まぁ、私の娘だもの。
誰より綺麗になるわ!
ビスクス伯爵子息に悔しがらせるのよ」
エヴァンジェリンの気持ちと同じことを、オフィーリアも思っていたのだ。
「ドレスの仕立てや、お化粧は今度よ。
まずは肌を整えましょう。
病気の身体では、肌のマッサージからよ」
オフィーリアも落ち込んでいた気持ちが、晴れやかになっていく。
「お腹は痛くない?
痛くなったらすぐに言うのよ?」
「はい、お母様」
ゆっくり食事を終えたエヴァンジェリンが笑顔を浮かべると、オフィーリアも笑顔になるのだった。