疑念 2
分かったのはほんの僅かな事。
突然腕を引っ張られて、背中に走る衝撃。
ばさりと、手に持っていた魔草が地面に落ちる軽い音。
一拍息が詰まって、ハ、と短く息を吐けば見えるのは整った顔。
赤い双眼が私を睨んでいる。
足の間に膝を挟まれ、首にはヒヤリと冷たい‘’何か‘’が突き付けられている。
「……っ」
息が上手く吸えない。
思考が追いつかない。
今。
私は。
どういう状況なのか。
「偽り無く話すと誓え」
低くて殺気を孕んだ声が近い。
「な、にを…っ」
怖くて声が震える。
彼が何を求めてるのか分からない。
「惚けても無駄だ。何処の国の者だ」
この場を威圧する空気。
肩にいるヤトも震えているのが分かる。
あぁ辞めて。ヤトはまだ生まれたばかりなのに。恐怖で世界を染めないで。
「く、に?何を…言ってる、の…」
「まだ惚けるか。貴様は小さな村から来たと言ったが、この街から一番近い村でも馬で三日はかかる。ここに来るまで獣や魔物も出る。なのに貴様の身形はあまりにも軽装だ。汚れてもいない。持っている物もこの辺では見かけない魔草だ。これをどう説明する?」
…つまり、旅人や冒険者に見えない軽装で汚れを一つもつけずに此処に来れるのは有り得ない、と言うこと。
誰かや何かに連れてこられ、はたまた珍しい魔草を持って何をするつもりなのかと。
何処かの国の間諜なのではと、疑われているのだ、私は。
神のせいで。
「…やっぱ…一発殴っておけば良かったかしら…」
この格好なのは、神が用意してくれた物。
持ち物が無いのは神と対話した場所から直ぐに飛ばされたから。
獣や魔物に遭わずに済んだのは幸運だったから。もしかしたらこれも【神の愛娘】なんて力の恩恵なのかも。
…本当に恩恵なのか疑わしいけれど。
「何だ?はっきり言え」
この男の人が言ってる事はすごく真っ当だ。
疑念を抱くのも当然。私がこの人の立場なら同じ事を思うだろう。
「偽りなく、話すわ。あなたが信じるかは、分からない…けど」
声が震える。今すぐ逃げ出してしまいたい。
けど、私は今独りじゃない。ヤトが居る。
生まれたばかりのこの子を、まだ何も知らないこの子を、死なせたくはない。
「話せ」
赤い双眼がより一層厳しくなる。
心が竦む、けど。伝えなくちゃ。
私は、私たちは、無害だって。
「私は、精霊の池から来ました。何処か居住出来る場所を探して、この子、ヤトと一緒に」
落ち着いて。全部話す必要はないわ。話す事が真実なら、彼も納得してくれる筈。
「この魔草は、精霊の池に生えていたもの。この国に居住出来るなら換金して生活費にしようと思ってて、悪用なんて考えてないわ」
相手の目を真っ直ぐ見て、真摯に伝えるのよ。
「隔絶された所に居たから通行証を持ってないの。この国は亜人などの差別が無い穏やかな国柄だと聞いて、私でも自由に生きていけるって思ったから、来たの。けどダメならすぐにこの国を出て行くわ。本当よ。危害を加える気なんて、これっぽっちも無いもの」






