疑念
広い背中を追いかける。
突然現れ、救いの手を差し伸べてくれた彼。
まるで物語に出てくる王子様みたい。濃い紺色の髪が、何だか眩しく感じるわ。
「少し歩くぞ」
「はい」
声は低いけど聞き取りやすくて、きっと耳元で囁かれたら腰が砕けそう。
もし私が声フェチだったら秒でヤられてたわね。
彼から離れないように距離を取りつつ、街の様子を見てみる。
露店が多く、どこも元気な掛け声がする。
行き交う人の格好はそれぞれだが、着ている服の布の生地は然程高くはなさそうだ。
ミーヤは大国だし、このトンラッドの街は平民中心なのかしら。
「…門の近くは平民街だ。今から行くギルドは身分関係無く利用する事が出来る」
「ー!そうなんですね」
やだ…何で考えてる事が分かったのかしら!思わず肩が跳ねちゃったわ。ごめんねヤト。
喋れない代わりに指でヤトの頭を撫でれば、スリスリと頭を押し付けてきた。あぁ、可愛い。
「失礼…仕事柄、他人の表情を読むのが癖なんだ。驚かせたか?」
少し困ったように言う彼。
確か特務支部…とか言ってたわ。きっと言葉通り、普通の騎士の仕事じゃないのね。まぁ普通の騎士の仕事も知らないけど。
「少しびっくりしたけど、気にしないでください。私がキョロキョロしていたのも事実ですから」
この世界の仕組みとかはシイラ時代に勉強したけど、平民や貴族の一般常識やその土地の暮らしとかは分からない。
だからつい物珍しさに視線を沢山動かしてしまったのだけれど、この人何だか怖いわ。
赤い瞳の奥に、捕食者のような鋭さが見える。
隠すのも出来そうな人だけど、わざと私に見えるようにしてる…みたい。
「そうか。…あぁ、こっちから行こう。近道なんだ」
「あ、はい」
前を歩いていた彼が、細い路地に入って行く。
急に早足になったように感じたけど、私はそれを疑問に思う事なく追いかける。
刹那。
私の視界はグルンと周り、次いで背中に鈍い痛みが走った。
「っ、う…」
「動くな」