名付け。そして街へ
後悔しても仕方ない。
過ぎた事をいつまでも考えるのは時間の無駄だと、リーシャはこの短い時間で理解した。
目の前の白い精霊獣。期待に満ちた目でリーシャを見つめる。
「名前…うぅん、ちょっと待ってね。今考えてるから」
『ウン!』
今世は勿論、二回もある前世でも名前を考えた事が無いリーシャ。
日本人だった時もペットは犬と猫のアレルギーで飼えなかったし、聖女の時も人々を救うので精一杯だった為そんな余裕は無く、どうしたものかと頭を捻る。
白いからシロは安易だし、ポチとかミケともなんか違う。
世の中の人はどうやって名前を考えるのか。
名前辞典とかあれば便利なのにな、とリーシャは独り言ちる。
かと言って変な名前は付けたく無い。
せっかく出会えたのも縁だし、期待もされている。
精霊獣との絆の契約は、一度結んだらそうそう破棄出来ない強固な契約だ。
契約者が死ぬか、どちらかが破棄を申し出てお互い了承するか、どちらも同じタイミングで死ぬか。
飽きたから破棄しようぜ、とはいかないのだ。
しかし悪いものでは無い。寧ろ精霊や精霊獣と絆が出来るのは好ましい。
先程精霊獣も言っていたが、精霊と絆が出来たら自身が持っている能力が上がる。
リーシャは物事が鑑定できる【心眼】と他者の傷や病を治せる【癒しの力】がある。
今の時点でも文句無しの力だが、更に力が上がるのはありがたい。
神から賜ったとは言え、限界まで力を上げておけばいざと言う時に困らない。
例えば癒しの力で傷ついた者を治そうとして、能力不足で治せなかったらそれはもう元々力が無かったのと同じ。
持っている力を最大限使えないのなら、最初から無い方がいいと、リーシャは思うのだ。
だから、素晴らしいチャンスをくれた目の前の精霊獣に、素敵な名前を贈りたいと思う。
「ヤト…あなたの名は、ヤト」
『ヤト?』
「そう。…どうかしら?」
『ヤト、ヤト、…ウン!キニイッタ!ボクノナマエハ、ヤト!リーシャ!アリガトウ!』
精霊獣、ヤトは嬉しそうにリーシャの周りのグルグルと回る。
どうやら気に入ってくれたらしい。明るい声が辺りに響く。
「あら?私あなたに名前を教えたかしら?」
確か名乗ってはいない筈だけど、とリーシャは首を傾げる。
『キズナガデキタカラ、リーシャノナマエツタワッテキタ!』
どうやら絆が出来ると意思が繋がるらしい。
ヤトはリーシャの右肩に乗り、その身体をすりすりと寄せる。
「そうなのね。ヤト、改めて…私はリーシャ。これからよろしくね」
『ウン!リーシャ!ヨロシク!』
ーパァッ!
「っ!?」
頬を寄せ、ヤトと笑い合ったその時、ヤトの身体が白い光に包まれる。
それは眩く、優しい光。
眩しさにリーシャが目を窄めると、やがてその光は消えて行き、ヤトが小さな翼をはためかせた。
その姿は、長い白い毛に覆われた姿では無く、両手程の大きさの鳥の姿に変わっていた。
「え…ヤト?」
急に姿形が変わってしまったヤト。
リーシャは大きな瞳を何度か瞬き、ポカンと口を開ける。
『ヤト、チョットセイチョウシタ!リーシャガナマエクレタカラ!』
右肩に乗ったヤトが、もふもふの胸を張りながら得意げに言う。
どうやらリーシャが名前を贈った事で、精霊としての格が上がったらしい。
思わず心眼のスキルでヤトを見れば、ヤトの足らない説明を捕捉してくれる。
【ヤト】
契約者リーシャ。
名を贈られた事で一段階成長した精霊獣。
リーシャと意思疎通が出来、リーシャの能力を上げる。
「一段階、と言うことはまだ上があるってことよね…ふむ」
まだ分からない事が多いが、とりあえず今言える事は。
「とっても可愛いわヤト。その姿なら、私の肩に乗っててもおかしくはないわね」
両手に乗る、小鳥サイズのヤト。
これなら他者から見られても、精霊だとは気付かれないだろう。
ゴロツキや邪な考えを持つ者は何処にでも居る。
不安な芽は摘んでおくに限る。
『ヤト、カワイイ?リーシャ、ウレシイ?』
「えぇ、とっても可愛いし嬉しいわ。けど、他の人がいる時は喋っちゃダメよ。ヤトが精霊獣だって知られたら、狙われるかもしれないわ」
パタタ、と飛んだヤトはリーシャの人差し指にとまる。
黄金色の目が、ぱちぱちと瞬く。
『ヤトノコエ、リーシャイガイキコエナイ。ダカラ、ダイジョウブ』
またヤトはもふもふの胸を得意げに張った。
絆を結んだ相手以外、精霊の声は聞こえないそうだ。
「良かった!なら人前でも安心ね。じゃあ、そろそろ街へ行きましょう。生活の拠点を整えなきゃね」
『ウン!ドンナトコダロウ?ヤト、タノシミ!』
パタタ、とヤトは飛び再びリーシャの右肩に乗る。
どうやら定位置にするらしい。スリ…と身体を寄せ、翼を畳んで落ち着いている。
「私も楽しみだわ」
リーシャもヤトに頬を寄せ、街へと歩みを進めた。
精霊の森を抜け、モモの森を歩いて数時間。
漸くお目当ての街、大国ミーヤにあるトンラッドにリーシャ達は到着したのだった。