目覚め
ーふわふわする。
とっても素敵な心地良さ。
柔らかい微睡み。あぁ、ずっとこのままでいられたなら。
「………ぅ、ん」
風が頬を撫でて行く。
何だかお母さんに優しく起こされているみたい。
あぁあと五分だけ…なんて。
「ふぁ…」
ゆっくり瞼を押し上げて、綺麗な青が視界いっぱいに広がる。
何度か瞬いて、ゆっくり深呼吸。
「何処かな…ここ」
グッと両腕を伸ばせば、白い肌が目に映る。
見覚えが無い服と、見慣れない長い髪を一房摘んでみる。薄紫色の髪だった。
上体を起こして、手のひらを太陽に透かす。
白い肌が太陽の光に反射して、より白く輝いて見えた。
周りを見渡せば、ここは沢山の魔草がある群生地のようだった。
目の前には大きな池があり、遠目からでもその水が澄んでいる事が分かる。
「もしかして精霊の池?」
確か精霊の池は人には見つけ難い場所に存在する。
精霊の池は、精霊の森の中にあり、精霊に好かれないと池にはおろか森にも入れない神聖な場所だ。
あまり人が入れないだけあって、貴重な魔草や薬草が所狭しと生えている。
「あ、ちゃんとあるか試してみよう」
神からのギフト、鑑定のスキル。
これさえあれば、大体のものを認識判別出来る。
近くにあった白い花を一輪摘み、じっと見つめてスキルを発動させる。
【シラユリ草】
精霊の池近くに生える魔草。綺麗な空気と水が無いと育たない。
花弁は食用になり、食べれば魔力が少し回復する。
「ん、ちゃんと使える」
口だけじゃなかったんだ、神よ。
私は内心、ギリギリまで彼を疑っていたけど、約束は守られたようだ。
「さて、まずは自分がどんな姿か確認しないとね」
私は立ち上がり、澄んだ水の池に近付いて覗き込んだ。
「……おぉ」
池の水に反射して私の目に飛び込んできたのは、自分で言うのもなんだが美少女が映っていた。
薄紫色の長い髪は腰まであり、薄紫色の長い睫毛に縁取られたぱっちりとした二重。
瞳の色は髪よりも濃い紫で、肌は透き通るような白い肌。
小さな鼻に、薄紅を引いたかのような唇。
ちょっと、いやかなり神からのご褒美が多すぎやしないだろうか。
また何か面倒な事に巻き込まれそうだなと、嫌な予感がする。
まぁ不細工じゃなくて良かったけども。
うん、そうね。ここは素直に感謝しておこう。ありがとう神。
けど服が白いワンピースなのはちょっとアレかな。
目立つし汚れやすいし、何よりこの顔の良さが一層引き立てられて要らぬ面倒事に巻き込まれそうだ。
「先ずは近くの街に行って、ギルドで冒険者登録かな。お金も稼がないと」
この世界では、ギルドで身分証を発行出来る。
行商人や冒険者、ハンターや傭兵など、多岐に職業を決められる。
「ここの魔草と薬草、少し摘ませてもらおうかな」
大きさといい備わる魔素といい、かなり上質だ。
魔素は、この世界では所謂エネルギーの源で、体内に取り込む事で魔法を使う為の魔力に還元される。
そしてその魔力を使う事で世界に還り、また魔素を含んだ植物などが誕生するという仕組みだ。
シイラの時に聖女教育で嫌って程叩き込まれたからね、ウィシェリアでの常識やルールはお茶の子さいさいよ。
「……そういえば私を鑑定する事は出来るのかしら?」
水面に映る自身と目を合わせ、鑑定スキルを発動させた。
「……。 えぇ……」
【リーシャ】
ウィシェリアに召喚された前世を持つもの。
十八歳。神の愛娘。
スキル:心眼、癒しの力
見えたスキルやその他諸々、色々ツッコミたい。
まず名前と心眼は分かる。心眼は鑑定スキルの事だろうし、自分で望んだものだ。
神の愛娘って何ぞ。癒しの力って何ぞ。
また聖女をやれって事ですかい神よ。もう聖女は嫌なんですが。
全力で拒否したいのですが、聖女なんて熨斗つけて返したいのですが、ねぇ神様!
「何故また面倒な…いや、聖女って書いてないから聖女では無い?ただ癒しの力があるってだけ?」
考えてみれば癒しの力なんて人前で力を使わなければバレる事はない。
ギルドで定められてる役職の中にヒーラーなんて稀だし、居たとしても教会や神殿にすぐバレて神官コースまっしぐらだ。
まぁレアなスキルだし、神官は人々から尊敬と羨望を受けるから断る人は居ないのだけれど。
「大体聖女って、態のいい回復ポーションよね。魔力は神官より有るし、お金もかからず傷や病気は治るし」
聖女だった前世の私。
求められる事が嬉しくて、上級神官や教皇が言うままに力を使っていたけれど、今思えば上手く利用されていただけだ。
給金は少なかったし、聖女宛の捧げ物も全部取られてたし、激務だったし。
…あれ?聖女って実は中身真っ黒な仕事?
「今になって気付くなんて…私の前世はかなりお人好しだったのね」
過去を悔やんでも仕方がないけど、もうちょっと上手く立ち回れたのではと落ち込んでしまう。
「……ダメ、もう考えるのよそう。碌な思い出が無い。うん、不毛よ不毛。過去よ去れ!」
水面を覗き込んでた体勢を直し、ググーっと背伸びした。
「今はリーシャとして、新しい人生を謳歌するのよ!仕事をして、素敵な人と恋をするの。結婚は出来なくてもいいし!」
私には輝かしい未来が待っている。そう信じて進むしかない。
神の愛娘の意味は…分からないから保留で!