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心は躍る

 リーシャが懸命に話している間、ヴィンセントの心は驚愕と戸惑いに満ちていた。

偽りの無い言葉は、こんなにも心が穏やかに凪いでいられるのかと。

アメジストの瞳が誠実と美しさの炎を宿していて眩しい。


「信じなくても、いいわ。けど、今度は嘘じゃない」


「…そのようだ、な」


「え…」


ヴィンセントは短剣をリーシャから離し、パチンと鞘に収めて拘束を解いた。


「貴様…いや、レディ、手荒な真似をしてすまない。精霊の池は我が国では聖域として伝わっている。不可侵の場所は精霊が起こす奇跡で溢れているという。その肩に乗っているのも精霊だろう?」


「え、えぇ。生まれたばかりの精霊獣よ。ヤトと名付けたの」


「絆まで結んでいるのか…驚いたな。まるで神が遣わした聖女のようだ」


「まさか、私はただの平民よ」


慌ててリーシャは訂正する。

今世は確かに聖女ではない。自分で自分を鑑定したのだから間違いない。


「ふ…そうか」


思い切り否定するリーシャの姿に、ヴィンセントは思わず笑みを零す。

その小さな手をパタパタと動かす様が幼子のようで、なんとも愛くるしい。


「…!」


 小さく笑ったヴィンセントに、リーシャの心臓はドクンと跳ねる。

整った容姿の男性が微笑む姿は心臓に悪い。何せリーシャは前世も前前世も男性とお付き合いというものを経験してこなかった。

男性と恋に免疫がないのである。


特にヴィンセントの赤い瞳は、宝石のピジョンブラッドの如く美しく、じっと見ていると吸い込まれそうになる。

けどそれでもいいから見ていたいと、危ない思想が生まれるのだ。

何故こんなにも惹かれるのか。

前世でも赤い瞳の人は見たことがあるし、もっと奇抜な色を持っていた人もいたというのに。

こんなにも惹かれたことはなかった。


心が躍る。

これから始まる‘’何か‘’に高揚しているようだ。


「あの…信じてくれて、ありがとう。私はリーシャと言います」


「私はヴィンセント・ダン。…リーシャ嬢、どうか非礼を許して欲しい」


頭を下げるヴィンセント。

それを見たリーシャは瞠若するが、慌ててヴィンセントに寄り添う。


「えぇと、ダン卿、頭を上げてください。私が卿の立場なら同じ事をしましたし、あなたは自分のやるべき事をやっただけです。卿の言う通り、確かに私の格好で旅をしてきたようには見えないですしね」


「…リーシャ嬢は心が広いな」


「普通ですよ。あと、リーシャと呼んでください。レディとか、嬢とか慣れないし私は平民なので…」


「では、私のこともヴィンセントと」


「えぇ?それは騎士様に対して不敬では…。あの、ではダン様で」


「ならん。ヴィンセントと」


「いやダンさ」


「ヴィンセント」


「ダん」


「ヴィンセント」


「………ヴィンセント、様」


「…まぁ、今はいいだろう。ではリーシャ、今度こそギルドまで案内しよう。手を」


「いえ私は平民なのでエスコートは…」


「この路地は確かにギルドまで近道だが、不埒な輩も偶に出る。さぁ、リーシャ」


 有無を言わさないヴィンセントの雰囲気にリーシャは戸惑ったが、じっと見つめてくるヴィンセントにやがて根負けし、息を吐いてヴィンセントの手を取った。

しっかりした布地のグローブ越しでもヴィンセントの手のひらは、皮が厚く固いことが分かる。

例え今恐ろしい魔物が襲ってきても、彼なら倒してしまうんだろうなとリーシャは思う。


「では行こう」


いつの間にか落ちた魔草を拾い集めたヴィンセントに促され、二人はギルドへと向かった。


心は躍る。

それは楽しそうに、嬉しそうに。

暖かい空気に包まれながら、いつまでも。

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