29 甘いものは幾らでも食べられる
お久しぶりです。
「いやー良い時間を過ごしましたねぇ」
カラオケから出ると前川は体を伸ばしながらそう言う。
結局、特に良い案も出ずに理たちの件の話は一旦打ち切りになった。その後は前川と佐藤が時間ギリギリまで歌って、カラオケを満喫していた。
「でも、風谷さんが歌うのも見たかったですね」
「タイミングが合わなかったからしょうがないな。そういう日もある。いやー歌いたかったんだけどなー」
ちなみに俺は歌っていない。女の子たちが歌っているところに挟まるのも良くないだろうという俺の個人的な判断のもと番が回るたびに飲み物を取りに行ったり、トイレに行ったりしていた。
「それにしては自分が歌う前に何故かすっごい辛そうなお菓子を食べて、わざわざ自分から歌えない状況に陥っていたよね? というかなんでそんな持ってるのかも気になるけど」
「俺も持ってきた覚えが無いから弟がいたずらで仕込んだものだと思う」
実はトイレに行くふりをするついでにコンビニで買ってきたものだ。流石に何度もトイレに行くわけには行かないので、別の手段を用意した。
「ふーん。カバンも持ってないのに、どうやって弟君が風谷君にバレないように持ってこさせたのかわからないけど、まぁそういうことにしておいてあげる」
そういえば今日手ぶらで来てたんだった。これは流石に無理があったな。
「それで、この後どうします? まだお昼ですけど、ご飯でも食べに行きますか?」
「そろそろお腹空いてきたし良いんじゃない?」
まだ昼なのか。カラオケみたいに体力を使うところに行くと時間感覚がバグるな。
まぁ一切歌ってないから疲れてないけども。
「風谷さんはどうします?」
しかし、何もしていなくてもお腹は減る。
そのためお昼ごはんを一緒に食べることに何も異論はない。ないのだが……なにか少し嫌な予感がする。
前みたいに雪と出くわすそんな予感が。
「ちなみにどこに行くつもりなんだ?」
「そーですねー。駅前に新しくできたカフェとかどうです? ケーキが美味しいらしいんですよね」
「あ、それ私も友達から聞いた。良いね。行こう!」
流石にカフェで雪に会うこともないか。そういうイメージもないし、よく考えたらこのあたりに住んでいる訳でもないから会うわけなんてないよな。
「じゃあ、そこにしよう」
「お、風谷さんも乗り気ですねぇ。ケーキ好きなんですか?」
「まぁ、そうだな」
にしても前川は甘党だな。前もクソデカパフェを一人で食べてたし、今だって甘いものを食べるとなった途端いきなりテンション上がるし。
昼食をケーキだけで済ませるんじゃないか? こいつ。
「それじゃ行きましょ行きましょ」
◇
「うーん甘くて美味しいですね。紬ちゃんのも食べていいですか?」
「一口だけだよ?」
「えへへ、良いんですか? じゃ、遠慮なく……」
前川は佐藤のチョコレートケーキを到底一口で食べることができないようなサイズで切り取り、頬張る。
おかしいな、物理的に口に入らないはずなのになんで一口でなくなってるんだろう?
「んー! これも美味しいですねぇ」
「ちょ、ちょっと都! 食べすぎ!」
「一口じゃないですかー。というか、風谷さんもケーキ食べましょうよー。なんでカツサンドなんて食べてるんですか!」
「いや、昼食だろ? ケーキはなぁ……」
というわけでお店にやってきた。窓際の席に案内されたから少し眩しいが、お店の雰囲気は良さげだ。あまりこういうところには来ないからよくわからないけども。
前川と佐藤は予想通りケーキで昼食を済ませるつもりのようだ。
俺もそうしても良かったのだが、なんかメニューにカツサンドの写真があって美味しそうだったからそっちを頼んだ。
「何を軟弱なことを言ってるんですか!」
「俺には食べたいものを食べずに我慢する屈強な心は無いよ」
「最近の若者は……」
何が最近の若者やねん。お前も若者やんけ。
「えい!」
「むぐっ!?」
「都!?」
こ、こいつ口にケーキをねじ込んできやがった。
今まで口の中がしょっぱかったのにいきなり甘さに満ち溢れる。
「どうです? やっぱり美味しいですよねぇ……」
「いや、美味しいよ? 美味しいけどさ、味が百八十度違うものを食べさせられた俺の気持ちを考えてほしいな」
「女々しいですね」
「というか、都そのフォーク……」
フォーク?
「違いますよ? こっちは使ってないやつです。でも、その指摘は風谷さんにして欲しかったですね」
「都……こじらせてるね」
「う、うるさいですね! そ、そうですよ。なんで間接キスの驚きよりも不満のほうが先に出るんですか!」
それを口に出してしまったらもう終わりだろ。
というか、フォークってそういうことか。急にねじ込まれたのが衝撃的過ぎて気にも留めてなかった。
「そりゃ、いきなり食べさせられたらびっくりして気が回らないだろ。それに……」
「それに?」
「そこに前川が使ってたフォーク隠してるの知ってるからな」
前川のそばにおいてあるコーヒーカップの裏側を指差す。
「よ、よく見てますね。気持ち悪いです」
「ひどいな」
「おかしいな……どうして気づかれたんだろ?」
「ん? 都なんか言った?」
「ああいえ、なんでもないです」
何故気がついたのか。別に前川が視線をコーヒーカップの方に向けていたわけでもない。というかそんなので素人が気づくわけがない。ましてや本当に前川のおいている瞬間を見たわけでもない。
窓ガラスに映っているのだ。うん。こればっかりは前川の運が悪かった。もう少しコーヒーカップを内側においておけば見えなかったと思う。
ところで、窓を見ているともちろん外の様子を伺うことができる。逆に外から中は大抵の場合光の強さの関係で見えにくい。
しかし、明らかに窓は室内の様子を反射して映している。ということは外から内を見やすいということで……
「どうしたんですか風谷さん? ってなんかこっち見てる人いますね。というかなんか顔が誰かに似ているような……」
「どうしたの二人共? 知り合い?」
「私は知りませんね。風谷さんは?」
「あ、いやなんというか」
「怪しいですねぇ。まさか年上のおねーさんがタイプだったりしますか?」
カランコロン。
喫茶店らしいドアベルの音が聞こえる。
「やっほー速水くん。来たよ! というかちょっと店の中明るすぎない?」
「え、ちょ、木下。今、お店にお客さんいるから後にしてくれ」
「えー。ま、良いや。知り合いが来てるからねー」
「いやお前、お客さんに迷惑絶対かけんなよ? 絶対だからな?」
「大丈夫大丈夫。ね? 風矢くん」
冬さんだ。この人、外でもこんなテンションでいるのか。疲れないのかな?
というかこの場を見られるのなんか不味そうな気がするな。知らないふりしとこ。
「他人のふりをしてもだめだよー。今の状況を写真に撮られて、雪に送られたく無いでしょ?」
この人、自然に脅してくるな。今までどんな人生を送ってきたんだろう。
「ちょ、何お客さんを脅してるの。警察呼ぶよ?」
「まぁまぁ速水くん。単なる知り合いとのじゃれ合いだから」
「いや、じゃれ合いにしては声が冷たすぎない?」
「そんなことないよー。ね? 風矢くん」
ここで無視したら流石にまずいよな。別に悪いことはしてないはずだが、いらぬ誤解を生みそうだ。
いや、無視することは悪いことだな。
「そうですね」
「ほらー風矢くんもこう言ってるしー」
「どう考えても仲良い人に対する声の調子ではなかったよね」
「じゃ、風矢くんの隣に座らせてもらおうっと」
「いや、無視するなよ」
冬さんはその言葉通り、四人席で一つ余っていた俺の隣の椅子に座ってきた。
前川と佐藤はそのあまりの横暴さに唖然としている。
そりゃ知らない人がいきなり自分たちのコミュニケーションの輪に入ってきたらこうもなるだろう。
しかも年上ともあればその異常さが増すだろう。
「あれーおっかしいなー。みんな無言になっちゃった」
「そりゃそうですよ。みんな冬さんのこと知りませんし」
「えっと、風谷さんのお知り合いですか?」
「この人は雪の姉だ」
「うーん簡素な説明だね」
いや、俺も冬さんが雪の姉ということしか知らないし。そもそも昨日会ったばかりでこの人の人柄すらよくわかっていない。「妹思いなのかな?」ぐらいしかわからない。
「あ、雪ちゃんのお姉さんなんですか。いつもお世話になっています」
「えっと、雪ちゃんとやらはよく知らないけどこんにちは」
そういえば、佐藤に雪のことは詳しく話してなかったな。
「どうも、ご紹介にあずかりました、雪の姉の冬です。よろしくね。というか、そっちの礼儀正しい子ちゃんは都ちゃんであってるかな? 雪から話は聞いてるよー」
「あ、本当ですか? えーちょっと恥ずかしいですねぇ」
「うん。風矢くんを誑かす泥棒猫ってね」
「え」
その瞬間この場は凍りついた。
「なーんて冗談だよ。まぁ、雪とは仲良くしてあげてほしいな。あの子、不器用だから」
この人冗談が苦手すぎないか? 雪とはまた別方向でコミュ障というか。わざとやっているんだとしても、質が悪すぎる。
「そ、そうですね……。雪ちゃんとは仲良くしたいです。はい」
あの前川も初対面の人に色々食らわされてなんか押され気味になってるし。
「そういえばなんですけど、ここのマスターさんとお知り合いなんですか?」
この微妙な空気を変えようと佐藤が冬さんに問いかける。
妙に仲良さそうだったし、知らない間柄ではないだろう。完全に迷惑なキャラとして扱われていたし。
「お、君は知らない子ちゃんだね。お名前は?」
「あ、言ってませんでしたね。佐藤です」
「佐藤ちゃんか、よろしくー。じゃまぁ質問に答えると速水くんとは、大学のときからの友人かなー」
「友人でもなんでもないけどな」
いつの間にか席の近くに来ていた速水くんと呼ばれる少しくたびれた様子の二十代ぐらいの男は、コーヒーが入ったカップを冬さんの前に置くと不満そうにつぶやく。
「えー。友人でよくなーい? サークルでも一緒に遊んでたでしょ?」
「お前らに無理やり連れられてただろ。……あいつらは元気か?」
「ほらーなんだかんだ言って気にかけてるじゃん。まぁ元気にやってるよ。給料も良いし」
「少し気になっただけだ。あいつらが元気なら良い」
「もー素直じゃないなー。男のツンデレは需要ないよ?」
「ツンデレなわけじゃない」
なんというか、滅茶苦茶仲良いなこの人達。速水さんとやらはあまりそう思われたくないようだが。
しかし、冬さんの大学時代か。きっと今目の前で行われているようなやり取りが、昔も行われていたのだろうが、それ以外は想像がつかないな。
「サークルって何をしてたんですか?」
目の前で行われる漫才にそろそろ飽きてきた佐藤が、丁度俺も気になっていたことを問いかける。
「サークルで何をしてたかー。うーん」
冬さんの悩んでいる姿を見ながら、彼女の趣味について雪から聞いていたことを思い出した。
「そういえば冬さんってB……」
いきなり冬さんに手で口を塞がれる。冬さんが本当に腐女子なのか聞きたかっただけなのに。
「ストップ! サークル活動で書いていたわけじゃないから。というか、なんで知ってるのそれ」
「雪が教えてくれたので」
「あの子……余計なことを喋ってくれて……。サークルの話に戻すね」
強引に話を変えたな。別に腐女子なこととか全然問題ないと思うのだが、まぁ触れられたくないならしょうがない。
あそこらへんはなんか掟とか厳しいらしいから、それに関係することがあるのかもしれないし。
「今の仕事に関係することで企業秘密的なことも多いからふわっとしたことしか話せないけど、AIに関する研究みたいなのをしてたんだよね。まぁ遊び感覚だけど」
「AIって言うと、あれですかね。チャット型の会話できるタイプの」
「うーんと、ああいうのとはちょっと違うやつを研究してたんだよね。まぁズバリ言っちゃうと、人間そっくりの自我を持つAIを作ろうとしてたわけさ」
自我を持つAIか。ロマンはあるが、そもそも自我があるかどうかすら疑わしくなってきたこの世界で本当に実現できるのだろうか?
今の仕事に関係しているってことはある程度成功を収めたということになるが、それなのであればネットニュースとかで見てもおかしくないはずだ。
「そういうのってサークル活動じゃなくて、大学の方でちゃんと研究したりするんじゃないんですかね?」
前川が根本的な疑問を投げかける。確かに、ビジネスに活かせるぐらいの研究なのであれば、より設備が整ったところでするべきだ。
「まぁーそうしたいのもやまやまだったんだけどね。学部生だったし、何より……」
「自我を持つAIなんて受け入れられるわけが無い。現状のAIとはあまりにも方向性が違いすぎるからな」
幾分か口調が柔らかくなった速水さんが冬さんに続いて話す。
別にAIについて詳しいわけではないが、現状広まっているものは自我とか意識とかそういったものとは程遠いものだとは聞いている。
そういった方面を研究している教授もいないことは無いだろうが、どこの大学にいるわけでもないのだろう。
受け皿が無いのであれば、趣味でやるのもわからなくはない。研究費はどうしたのかとか設備はどうしたのかとか疑問はたくさん湧いてくるが。
「ちょっと店長、いつまで話し込んでるんですか。そろそろオーダーが滞りますよ」
先程俺たちを席まで案内してくれた店員さんが、速水さんを呼びに来た。
まぁ確かに仕事をほっぽりだしてここで話していたら、そりゃ仕事に問題が生じてしまうよな。
「ああ、悪い。……まぁなんだ木下、あいつらにもよろしく言っといてくれ」
「ツンデレだなぁ。あ、そうだ行く前にこれ、お土産ね」
冬さんはカバンから少し大きめの袋を取り出して清水さんに渡した。
「……ありがたく受け取っておく」
速水さんは席を離れる。話を聞いていた感じ、苦労が絶えない大学生活を送っていたようだ。
……大学か。高校生にとっての最大の課題は自分の進路選択だ。まだ気が早いとはいえ、俺は理や九十九のように文理選択すらしていない。
多くの受験生が二年生までに決めるのだろうが、友人たちがすでに決まっているというのに自分だけ決まっていないというのは少々心苦しい。
「何やら難しそうな顔をしていますねぇ、風谷さん。やっぱり例のことが気になるんですか?」
「いや、あいつらのことじゃない。進路をどうしようかと思っただけだよ」
「えー早くない? まだまだ高校生活を楽しむことを考えなよ」
「」
「冬さんはいつ進路を決めたんですか?」
「私はねー……」
そう言うと冬さんは考え込んだかと思えば、ちょっと笑いながら話を続けた。
「いやーそういえば私、特に進路のことなんて考えたことなかったね。大学にも行けたから行っただけだし。まぁそんな感じで適当にやってても大学には行けるからいまからそんな気負わなくても良いと思うけどね」
「そんなものなんですかね?」
「そうだよ。やりたいことなんて今を楽しんでいるうちに見つかるからさ。って私らしくない老婆心が出ちゃったな」
やっぱりこの人適当そうに見えて意外と面倒見が良いな。友人のお祝いに来るのはわかるが、どこの馬の骨かもわからない男子高校生の悩みを聞いてくれるとは。
てっきり俺を妹に纏わり付く悪い虫かなにかだと思っているものだと考えていたが違うみたいだ。
「さて、私もそろそろ帰ろうかな」
冬さんは机の上にどこからともなく出したお札を一枚置いた。
「これ、お詫びだから受け取っといてね。じゃまたね」
そう言うや否や呼び止める間もなく冬さんは席を離れた。
これ、一万円札だよなぁ。
「貰って良いんですかね、これ?」
「たぶん……」
「じゃあもう少し頼んでも良いですよね」
ケーキの数が二倍になった。
とりあえず星五つよろ。ブクマよろ。感想よろ。誤字報告よろ。




