26 一般的なやり方
そういえばこの作品も書き始めてからかれこれ一年経ちましたねぇ(一ヶ月前)
「一段落ついたように見えたけど、結局何も解決してない」
雪を家まで送るために乗った電車。わざわざここから雪の家がある方面に行く人が少ないせいか、電車内はがら空きである。
そんな周囲には誰もいない状況で雪は俺に言葉の針をチクチク刺してきた。
「そう言わないでくれよ。それに理たちの仲も深まったことだし結果としてはプラスだろ?」
「それは私のおかげ」
「そういえば何の話をしていたんだ?」
だいたいどんな話をしていたのかは想像つくが、それでもあの変わり様は普通じゃない。何かこう、洗脳に近いようなものを感じる。
「ガールズトークで何を話してたかを聞くのは無粋」
「洗脳をガールズトークとは言わないんだよなぁ」
「人聞きが悪い。背中を押してあげただけ」
背中を押してあげただけで一歩を踏み出せるのなら、殆どの人の悩みがなくなるんだよな。やらなきゃいけないこととか、やれば成功することですらやれないんだから、もしかしたら失敗してしまうことなんて人に言われた程度じゃできない。
それに昔からの友人に言われたならまだしもあったばかりの人に言われてそう簡単に行動できるものなのか?
白井さんとやらが初めから重い感情を理に抱いていた事は見て取れるが、人間関係を築いてきたことがない彼女にとっては難しいことだろう。
逆か。人間関係を築いたことがないから変なことを気にせずに臆せず、図太く話しかけにいけるのか。雪も似たようなもんだしな。
「そんなことより本気で言ってる?」
「何をだ?」
「嫌がらせがひどくならないって話」
「普通に考えたらならない……って話を聞きたいわけじゃないよな。ひどくなるかならないかで言ったら、ならない可能性が高いのは事実だけどな。ただひどくなる確率をそれっぽい感じで言い表すなら4割弱ぐらいだな」
「数字の根拠は?」
「根拠は勘ぐらいしかないな。だって人間関係で起こることを確率で表すことなんて不可能だろ? まぁ、そもそも人間全てが論理的に考えて行動するわけではないし、何を軸として動いているかによって論理的な行動でも予想できないことを起こすときもあるからな。確率がごく僅かってことはありえないと思う」
まぁ確率云々と話してはいるが、数学が好きな人から見れば特に根拠がない確率なんて意味がないから何言ってるんだこいつとはなるだろう。全体の嫌がらせに対する不登校になった事例の割合みたいなものを出すことはできるが、あくまでそれは割合であり確率ではない。個別の事例によって判断は大きく変わるものがある。
今回の事例を判断するとしても理のクラスメイトの人となりが分からなければ適切な判断なんてできるわけがない。
だから楽観論で安心させることしかできない。
見えない敵と戦うには全方位に攻撃を仕掛けるほかないのだから、それだったら何もしないでいたほうがまだ敵を増やさないだけマシだろう。
「それを言えばよかった」
「不安を煽っても解決策は出てこない以上、言っても冷静さを欠くだけで良いことはないと思うんだよ。俺が言ったことのせいで理達の行動の幅を狭くしたら元も子もないしな」
「……どこか他人事」
「そりゃ他人事だからな。それに男に対するものならまだしも女の子に対する嫌がらせとかいじめなんて俺は詳しくないからな。対処したことも無ければ対処の仕方も知らない。どんな事が起きやすいのかの典型例も知らない。そんなものを自分事のように考えるのはやっぱり難しい」
雪は相変わらず無表情でこちらを見つめてくる。しかしその雰囲気は少々不機嫌さがにじみ出ているものであった。
雪と白井さんはガールズトークを通じて随分と仲が良くなったようにみえる。つまり雪にとって白井さんは初めての友達だ。
そんな彼女の問題の解決に俺が消極的だからか、はたまた俺の考え方に納得ができないからか分からないが、どちらにせよどうやら俺の返答がお気に召さなかったらしい。
「風矢は他人事だと思ってるかも知れないけど、私はどうにかしたいと思ってる。双葉は優しい。私みたいな人でも拒絶しない。馬鹿にしない。自分のせいで理がクラスで浮きそうになって居ることを凄く心配してる。だからこそ何事もなく理と楽しく過ごせるようになって欲しい」
双葉って……白井さんの下の名前か。そういえば理も帰る間際そう呼んでいたような気がする。
それにしても少し妬けるな。会ったばかりの白井さんのことをそこまで想うとは。白井さんと雪が仲良くしていて病みかけた理のことを笑えない。
とはいえ過去に同性の人に散々馬鹿にされたり無視されたりしたのに、初対面から白井さんと友好的なコミュニケーションを取ろうとして実際仲良くなれたのは喜ばしいことだ。
現在敵対してそうな前川との違いは何だろう。優しさがあるかどうかの違いか。前川は良い性格をしているからな、良い意味でも悪い意味でも。
それはさておき、俺とて彼らには楽しい学校生活を送って欲しいと思っている。ある意味現在、彼らが置かれている状況も楽しいと言えば楽しいのだがそういうことではない。
平時の楽しさというものを理達には味わって欲しいのだ。
「俺だってそうだよ。理達は早くラブコメの世界に帰って貰わなきゃいけない。でも、この問題を解決するための情報をまだ俺は持っていない。なら、必要な情報を集めれば良いだけだ」
「何か考えがあるの?」
「幸い俺たちには幾つか選択肢がある。一つは雪が嫌がるかも知れないけどな」
「私が嫌がるって?」
「前川に話を聞く」
「何か考えがあるの?」と雪が言った時に明るくなった雰囲気が一気に暗くなった。
しかし、白井さんのこれからと自分の一時の感情を天秤にかけているようだ。
「双葉が楽しく過ごせるようになるなら、良い。その代わり絶対双葉を絶対助けて」
天秤は白井さんの方に傾いたようだ。雪が自分の感情よりも他人の感情を優先するのは珍しいが、それ程までに白井さんに入れ込んでいるということか。
出会ったばかりの人によくそこまでとは思うが、よくよく考えてみれば俺が雪と初めて会ったときもこんなような感じだったし、多分本能的ななにかでその人が信ずるに値するかどうかを出会ったときに決めているのだろう。
そう考えると俺なんて信じちゃいけないタイプの人間なはずだが、何故懐かれているのだろう。何か別の判断軸でもあるのか?
「絶対は約束できないけど最大限努力はすることは約束する」
「……風矢らしい。わかった。お願い」
何が俺らしいのかは分からないが、お願いされたことはやり遂げよう。
その方がきっと楽しいはずだ。
◇
雪を家まで送り届けた後家に着いたのは十時を過ぎた頃だった。思えばまだ晩ご飯を食べておらず、しかも事前に夕食は要らないと連絡を家に入れていた為、現在何も食べるものがなく非常に空腹である。
理にたかろうと思って連絡していたのは失敗だった。コンビニに行って何か食べるものを買ってくるのも良いのだが、財布事情が心許ない。
一食ぐらい我慢することにして、ベットの上に寝転がる。
体が重い。別に体調が悪いとかそういうことではなく、一日中外出していた疲れが出ているのだろう。それに今抱えている課題が多いというのも気を重くし、精神的な疲れを助長させているのもある。
正直に言うとこんなことやっている暇なんてない。二週間後にあるテストに向けて勉強しなければならないからだ。勿論高校生活において勉強だけが全てではないし、部活に励んだり趣味に走るのも悪いことではない。そう言った欲求が俺にない訳でもない。
だが、それとは別に俺にも一応野心というものはある。それなりに勉強してきたのだから良い大学に行きたいというのは普通のことだろう。
どうしたものかな。
「ま、なんやかんやで上手くいくだろ」
そう呟いて思い込むことにする。どうしようもないことをいつまでも考えていても仕方が無いからな。出来ることを一つ一つ解決していくしかない。
それじゃ、まずは前川にメッセージを送るとするか。
風谷・女の子のいじめってどうやって解決すれば良いんだ?
送ったのは良いがよく考えなくても今は十時である。返信が来るのはどうしても明日になってしまうだろう。
ピロンとスマホから音が鳴る。
前川・急になんですか? 何面白そうなことに巻き込まれてるんですか?
一分も経たずに返信が来た。暇なのかスマホをずっと開いていたのか分からないが、それならば都合が良い。
ポチポチと現代人特有の文字入力の速さを発揮しつつ返信を送る。
風谷・友達の彼女的な人がいじめられててな。どうにか出来ないか頼まれたんだ。
前川・どんな状況です? というかチャットじゃアレですし、もし良ければ電話にしません?
風谷・分かった
そう返信をするや否やスマホから着信音が鳴る。
「あ、風谷さんですか? 何があったんです?」
電話に出るとスピーカーから興味津々といったような感じの声が聞こえてくる。他人のネガティブな話にとるような態度ではないと思うが、俺も若干面白いと思っているので何も言えない。
「実はな……」
概要をかいつまんで前川に何があったかを伝える。なるべく解像度が高くなるように理たちに言われたことを再解釈することなくそのまま伝わるように気をつけながら。
一通り話し終えると前川は喋りだした。
「そうですねー。やる側の心理にはちょっと詳しいんで話しますけど、誰がやったかわからないようにやるのってやっぱり難しいんですよ。学校内の行動って誰かに絶対に見られてますからね。グループで行われてるって話ですけど、まぁ間違いないと思いますね。ただ、それでもやっぱり難しいんですよ」
「というと?」
「グループで行動指針が決まったとしてみんながそれに従うわけないじゃないですか。それにそんな行動指針どうやって決めるんです? それぞれの価値観が違いますから、絶対に決まりません。ですから、リーダー格の人が扇動しているのは間違いないですね」
やはり俺たちの推測は的はずれなものではなかったようだ。もちろん前川の考えが全て正しいわけではないが、やはり俺たちとは違う視点から見ている人の考えと一致するというのは心強い。
「これから嫌がらせはひどくなっていくと思うか?」
「そのクラスの実際の雰囲気とか知らないので確かなことは言えませんけど、ひどくはなります。なりますけど極端にひどくなることはないと思いますね」
「理由を聞いても?」
「言ってもいいですけど、長くなりますよ? 明日会うことにしてその時に話すことにしません? もう夜も遅いですし」
デートのお誘いか。
実を言えば行きたくない。別に前川が嫌いだとかデートが恥ずかしいとかそういうわけではなく、単純に疲れているからだ。
しかし行かないという選択肢が俺に存在しないというのもまた事実である。
「待ち合わせはどこにするんだ?」
「そうですね、駅前で待ち合わせしましょう」
「最寄り駅の所か?」
「そうです。そこです」
「分かった。それじゃ明日よろしくな」
「はい、楽しみにしてます」
通話が切れまた一人の時間へと帰ってくる。部屋はびっくりするほど静かだ。目覚まし時計はデジタルであるため秒針の音すらも聞こえない。
だが、その孤独と静寂に心も体も癒やされる。騒がしい日常によってボロボロになった感情が、感性が修復されていく。
ちょっと前まではこんなことでダメージなんて入らなかったのに最近はかなり脆い。
……そろそろ色々と変わらなきゃいけないな。
星五つよろ。ブクマよろ。感想よろ。誤字報告よろ。




