22 何がしたいのか
「どうしたのってちょっとお話をしに……ね?」
こちらとしても雪の姉……冬さんに少し話を聞きたいところだった。そういった面では願ったり叶ったりである。
「雪はどうしたんですか?」
「ちょっと待っててもらってるの」
「雪が素直に聞くとは思えませんが?」
「親に風矢くんのことを女の恋心を弄ぶ体目当てのクズって伝えたら、いくら放任主義な親でも心配して雪と風矢くんを引き離そうとするんじゃないかな? って雪に言ったら時少しだけ時間をくれたんだよ」
普通に妹のことを脅すとか、この人なかなか良い性格をしているな。
ただ、曲がりなりにも雪から承諾を得ているというのなら気兼ねなく話すことができる。雪が戻ってきたときにわざわざ隠す必要もなくなるしな。
「あ、雪に言った言葉で気分悪くしたらごめんね」
「いえ、気にしないでください」
「そう? まあ本当に言うかどうかはこれからの話で決めるから安心してよ」
全然安心できない言葉だ。極端な話、俺が何を言ってもそう伝えられる可能性がある以上どう考えても俺が不利である。
とはいえ、雪の話を聞いた限りではわざわざ雪に嫌われるようなことを言うような人でもないだろうし、わざわざこう言ってくるあたり多分大丈夫だろう。
……よく考えると「体目当て」以外は特に間違ってないな。
「それじゃあ早速本題に入ろうか。ねえ風矢くん。ぶっちゃけ雪のことどう思ってる? 下の名前呼び捨てにしているわけだし、並々ならぬ思いはあるよね?」
どう思っているか。どう思っているかと言えば面倒くさい友達だ。しかしながらそんなこと言って扉越しに雪が話聞いていたら、なんか精神を病みそうな気がする。
大事な友達でもあるので、そっちの方でいこう。
「友達じゃないですかね。大事な」
「ありきたりな答えだねぇ。まあ良いや。じゃあその思いってのは今よりももっと進んだ関係になりたいって思いから生まれているのかな?」
なんか面接みたいな雰囲気だな。
「答える前に一つ良いですか?」
「何かな?」
「その質問、俺の返答によって下心が冬さんに伝わりますけど、真面目に答えると思ってるんですか?」
「その返答はそういうことで良いのかな?」
「冬さんの目的がそれで果たせるんだったら良いんじゃないですかね」
面接みたいな雰囲気であっても実際の面接ではない。あくまで個人と個人の会話である。だから理不尽な質問には素直に答える必要もなく、かといってわざわざ取り繕う必要もない。
「風矢くんは手厳しいな。確かに、質問が直球過ぎたね。ごめんごめん」
「こちらも失礼な態度をとってしまってすみません」
「いや、謝ることでもないさ。無理を言って君と話しているのは私だからね。さっきの質問も撤回することにするよ」
「ありがとうございます」
あの質問をまともに答えるわけにはいかなかったので、素直に引き下がってくれて嬉しい。友達の家族とああいう話をするなんて、よほど親密でもない限り恥ずかしいからな。
「そうだ、この質問形式もあまり良くないね。もう少しフランクにいこう。風矢くんからも聞きたいことがあったらじゃんじゃん聞いてね」
この移り身の速さを見るに元からこういうつもりで話すつもりだったっぽいな、これ。
「ここに冬さんが来てから聞きたいことがあったんですけど良いですか?」
「何かな?」
「なんのために俺と話そうと思ったんですか?」
俺を見定めたいという気持ちはわかる。可愛い妹にすり寄ってくる、どこの馬の骨ともわからない男がどんなやつなのか確かに気になるだろう。
しかしそれだけでよくわからない男と話す気になるだろうか?
「直球な質問だね。……でも良いよ。答えてあげる。あの子がなんで君に懐いたのかって思っただけだよ」
「雪が俺に懐くですか?」
「うん。だって雪、人と話そうとしないじゃない? 家では友達の話なんて一切していなかったし、自室に引きこもってゲームや本を読んでいただけ。それなのにここ一ヶ月、急に自分以外の人にお弁当を作り始めたし、家に男を呼ぶのにはどうしたら良いかって聞いてきたし、いつも喋るときには風矢、風矢って君の話ばっかりしてるし。人見知り激しい雪とどうやってそこまで仲良くできたのかなってね」
俺も気になるな、それ。
「要するに、馴れ初めを教えてよ」
多分馴れ初めというか初めてあったときのことを教えてもこの人は納得はしないだろう。それなのにわざわざ本当のことを話す意味などあるのか。
あるな。この人は俺の知らない雪を知っている。なんでここまで俺に執着するのか、それが分かるかもしれない。
と、いうわけで初めて会った日のことから今日までのことをざっと話した。流石にここ数日のちょっと口に出すのが憚れることは除いて。
「なるほどねえ。同じ趣味で共感かぁ。確かに、心を開くかもね」
と、話し終えたところで冬さんは何かに気がついたらしい。
「どういうことですか?」
「雪から聞いているかどうかわからないけど、あの子趣味のことで昔から周りの子達に疎まれてたみたいでね」
確か、三月がそんなようなことを言っていた気がする。というかあいつと話したのはほんの少し前にも関わらず、例の一件が俺の中を大きく占領しているせいで結構前の出来事のように感じる。
あいつと話したあとすぐにアレが起きたと考えるとやっぱり……。
これに関しては相手の出方次第だな
「だからこそ、何年間も自分の理解者がいなかったからこそ、嬉しかったんじゃないかな。初対面なのに自分と同じ目線で同じ話題を話してくれる人が」
「そうなんですか?」
「そういう子だよあの子は。昔から良い友達というか趣味を分かってくれる友達に恵まれなくてね。まあ雪自身の性格もあるんだろうけど、それでも珍しいことだから私も対処できなかったんだよ」
対処とは言うけど妹の交友関係にあまり口出しすることでもない気がするけどな。こうして実際に話してみると、あながち雪の言っていたことも間違いじゃないように思える。
「ま、今話せるのはこのぐらいかな」
と、ここで一旦話が終わったようで冬さんが口を閉じる。
「少し気になったんですけど、口調がさっきと全然違いませんか?」
というわけで少し気になってたことを聞いてみよう。
「口調? ああ、会ったときのやつね? あれはほら、恋人同士でイチャイチャしているところに割り込むんだったらああいうテンションじゃないと変な人に見られるでしょ?」
なるほどな。ああいう時にこのテンションというか、この喋り方をしたら雰囲気に合わないか。
あそこで話しかけられる人というものを考えた時に、変な人にならないと逆に変な人に思われるというか、こういう人ならしょうがないと思わせられるようなテンションじゃないとうまく会話に割り込めないと。
いや理屈は通っているし、俺としてはありがたいけど、行動としてはナシだろう。
第一にそんなことをしたら普通に相手側に引かれて、破局する可能性もある。それ以外にもさっきも言ったとおり妹というか家族の交友関係に口出しするべきではない。触れられたくない人に触れられたくない情報について触れられたときの嫌悪感というものは計り知れないものがあるからな。
「ありがとうございます。少し気になっていたもので」
「こんなことならいくらでも聞いていいよ。それにしても随分とかしこまった話し方をするね。凄く他人行儀に見えるよ」
この状態だとどうも年上の人と距離を掴み辛い。ちょっと警戒心を強めすぎたようだ。
「すみません。年上の人と話すときはどうも」
「ま、別に良いけどね。それじゃ、私はそろそろ戻ろかな。あんまり長くいても良いことないし、それに雪が怒っちゃうから」
意外とあっさり帰るのか。てっきり俺のことをもっと警戒して、色々と踏み込んだところまで聞いてくるのかと思っていたんだけどな。
実際聞かれても素直に答えていたかというと別にそんなわけでもないが、少し拍子抜けだ。
「あ、帰る前に一つ言っておくけど、そのままだといつか破綻するよ」
冬さんは部屋から出る直前にふと立ち止まり、そう告げてから部屋を出た。
そんなこと言われなくても分かってるんだけどな。
意外ではないが、鋭いと思いつつそんな言葉は頭の片隅へと追いやった。
◇
冬さんがいなくなってから、途端に手持ち無沙汰になってしまった。未だに雪は戻ってこない。
スマホを開いて時間を潰しても良いが、それだとあまり面白くない。この部屋でなにか面白いものがおいていないか、もう一度探してみるとしよう。
とはいえ、一般論で考えれば人の部屋を物色したり、勝手にものを触ったりという行為はあまり褒められたものではない。ましてやそれが異性の部屋であるのなら、より一層気をつけなければならないというのが知らない間に身につく常識である。
しかして、リスクを犯さなければリターンが返ってこないのもまた事実。好奇心は猫を殺すとは言うが、逆に言えば好奇心を満たすには命をかけないといけないということを表している。
つまるところ退屈を紛らわせるにはリスク、つまり異性の部屋を漁ること、ひいてはそれがバレてその異性に不快感を与え気色悪がらせ、自らが社会的に死ぬという可能性を支払わなければ、退屈を紛らわせるというリターンは返ってこないということだ。
そういえば前川の家に行ったときはどうだったか。確か今のように色々理屈をこねてやらない方が良いという結論を出した気がする。
やめよう。今回ばかりは先例に従ったほうが良い。あまり人の信頼を裏切るものではない。別に部屋をざっと見渡すぐらいは問題ないと思うが、いちいち歩き回って人の隠しているものをわざわざ見つけようとするものでは……。ないと言おうと思ったけど、過去と未来の自分にブーメランが刺さりそうな気がしたのでやめておこう。
有言不実行だからこんなこと言ったところで守るつもりもなければ、そもそも言ったことすら覚えていないだろうけども、わざわざ自分を傷つけるようなことをするほど俺はMではない。
まあとにかく、人の部屋を物色するなんて気色の悪いことはやめて素直に待つことにしよう。ただお茶を持ってくるだけでそこまで時間はかからないだろうしな。
……それにしてもこの部屋、何か違和感を感じるんだよな。何か既視感を感じさせるものがあるというか、なんというか。
物色は良くないとは言ったものの、別にざっと見渡すぐらいは良いだろう。というわけで既視感の正体を探ることにする。
「待たせた。……何を見てるの? あ、それは……」
既視感の正体は意外と早く見つかった。
俺の視線の先にあったのは、フォローを入れようと考えたときに思いついたくだらない洒落っ気。 実際にお弁当箱に入れた雪に対するフォローの品物。
「手紙……」
雪に対して書いた感謝の手紙だった。
フォローを入れる(物理)
とりあえず星五つよろ。ブクマよろ。感想よろ。誤字報告よろ。




