2 ノリと馬鹿と二人
土日を挟んで二回目の登校。今日から授業が始まる。いつもより一時間ぐらい早く目が覚めたので折角だから朝早くから学校へ行ってみることにした。
「おはよう」
「……風矢?」
「そうだけど?」
教室に入るとすでに雪は席に着いていた。というか雪以外に人は居なかった。まだ始業時間まで結構時間があるのにご苦労なことだ。
「結構来るの早いのな」
「家から結構遠いから。早めに家を出たら早く着いた」
なるほど。この学校はまあなんというか良い意味で知名度がある高校だ。だから遠くからでも来たいっていう人も結構いる。
「風矢も早い」
「俺は暇だったからな。ゲームして時間を潰しても良かったんだけど、最近なんか楽しくなくて」
「なんと。ゲームが楽しくないのは可哀想」
可哀想か。まあ受験の燃え尽き症候群みたいなものだろう。何か大きな出来事が終わったらそれが成功したかどうかに関わらず全てがつまらなくなるアレだ。
「人と話すのは楽しいんだけどね」
「そう……。私は人と話すのは苦手。というかあんまり話さない」
「家族とかと話さないのか?」
「ずっと部屋でゲームやってるかラノベ読んでる」
まあそんな感じはするけども。徹夜でゲームやってそうなイメージがある。
「まぁ俺もそんな感じかなー。弟が居るんだけど今年受験生で夜遅くまで塾に行ってるし話し相手が居ないんだよ」
「楽しくないのにやってるの?」
「やることないしな。友達とSNSでやり取りとかはしてるけど」
「友達……いるの?」
「居るよ。少ないけどね」
本屋の倅しかり、俺の落ちた高校に受かって俺の事を煽り散らかした奴しかり。どれも悪い奴ではないが、一癖も二癖もある奴らだ。
「私、一人もいない」
「そんなことは無いだろ。俺が居る」
「そうだった。でも何その顔」
格好つけてるんだよ。分かってくれよ。そんな台詞素面の俺には言えないよ。酒飲んだこと無いけど。
「友達って何か分かる?」
「分からん。でも良く関わってる奴は大概友達じゃないか?」
「そうなの?」
「お前にも分からないのか……」
また難しい質問をしてくるなと思ったけど本当に疑問を問いかけられただけだった。
「別に友達が欲しい訳じゃないから」
「まあ友達が欲しかったらそんな感じでは無いわな」
「趣味が合う人がいれば良いけどなかなかいない」
「そりゃ、趣味がまるっきり合う人の方が少ないだろ。俺の友達だって趣味が合う奴ではないぞ。波長が合っていただけだし」
本屋の倅なんて作家志望だったからな。常にライトノベルを書いてる奴で、ことあるごとに新作を書いたぞって言って煽りマンと俺に読ませてきた。
煽りマンだってゲーム作りが趣味だった。作っては本屋の倅と俺にプレイさせていた。
全員違う高校に行ったし全然方向性は違う奴らだってけど、何故がいつも学校で一緒に居た。
「でも、風矢と趣味合う」
「まあそれは否めない」
本屋の倅も煽りマンも創作活動の方が実際にするよりも好きだった。その点俺は創るよりも作品を読んだりプレイしたりする方が好きだし、何かを創るというのはあまり得意ではない。
ましてや知名度の無い様なライトノベルを読んでるのは俺ぐらいしかいなかった。
最近はそれもあんまり楽しくないんだけどな。
「まあ趣味が合うって言っても読んでるものとかが同じなだけかもしれないし感性が同じって訳ではないからあまり趣味が合うからってのも良くない気はするな」
「でも、ただ話してるだけでも楽しいから波長があってるはず」
「楽しいのか?」
「ゲームしてたり読書してるときと同じぐらい。こんなことってあんまりない」
まあ俺としても楽しいというか話していて気持ちが良い相手ではある。ぐいぐい来るタイプじゃないから気兼ねなく話せるというのはでかい。元々人と話すのが好きと言うことを差し引いても。
「そりゃ良かったよ」
「風矢は楽しくない?」
「そんなことはない。楽しいよ」
「良かった」
独特な会話のテンポだが悪くない。ゆったりしていて気楽に話すことが出来る。ゆったりは良いぞ。普段の慌ただしい時間を浄化してくれるからな。
慌ただしいのも楽しいっちゃ楽しいけど。
「そういえば兄弟っているのか?」
「お姉ちゃんがいる。けど仕事に行ってるから夜遅くまで帰ってこない」
姉か。煽りマンにも姉が居たが、話を聞く限りやばい奴だった。それを聞いたっきり現実世界で姉が欲しいと思ったことはない。
「優しいのか?」
「たまに早く帰ってくることあるけど、色々服を着せてくる。やめて欲しい」
こいつ……雪の顔は整っている。雰囲気こそ根暗そうな感じだが、髪型とか服とかを整えれば幾らでも可愛くなる、気がする。
おしゃれなんて知らないから断言はしておかないでおく。
「姉妹だとそんなことがあるんだな」
「兄弟だとないの?」
「無いな」
「ふーん。お姉ちゃんの友達だとよくある話らしいから男でもあるかと思った」
「そりゃ姉妹と兄弟じゃ全然違うからな」
兄弟って仲悪いことあるけど姉妹って仲良いことが多いイメージ無い? うちは口論になることはあれど基本は仲良しだから分からんけど。
ああでも少女漫画とかだと、妹に全て奪われた~とか姉に全てをとられた~みたいなものあるから実際にはそんなに変わらないのかな?
「あと、良く抱きついてくる。凄く鬱陶しい」
「流石に兄弟だとそんなことしないな」
「やっぱりないの? お姉ちゃんの部屋からそういう本がいっぱいあったけど」
おい、雪の姉。お前の妹に腐女子だってことばらされてるぞ。
「そりゃないない」
「やっぱり。お姉ちゃんの本は私には理解できない境地の本ばっかりだったからびっくりした」
「理解できないものもあるものさ」
こいつ腐女子ではないのか。というか、なんでBL関係の知識をこいつは持ってないんだろう? 姉とかに布教されていてもおかしくはない気がするけど。
優しいというか妹の価値観にあんまり踏み込まない姉なのだろうか?
「後は……」
まだまだ始業までは時間がある。それまで話しているとしよう。
◇
始業の鐘が鳴るまで後五分。それまでずっと話し続けていたが、一度もクラスの仲に人が入ってくることは無かった。
「なあ、なんでこんなに人が居ないんだ?」
「わかんない。でも、邪魔されずに話せるから良い。人が居るとちょっと緊張するから」
「いや、良くはないんだけど」
流石に登校する時間を間違えたかと心配になってくる。しかし、他のクラスからは賑やかな声が聞こえてくる為そんなことは無いはずだ。
「うわ!? 何だお前ら!? なんで教室の中に入らないんだ」
廊下で担任の教師の声がする。
「ちょっと先生。今良いところ何だから邪魔しないで下さいよ」
「そうだぜ先生。学校で生徒の恋愛模様なんてなかなか見られないんだから気を遣って下さいよ」
「は? え? あ、そういうこと……」
廊下から生徒の声と担任の何か納得したような声が聞こえてくる。
お前ら……。
「どこ行くの?」
「ちょっとトイレ」
まだ雪は気付いていないようだった。
クラスの扉を開ける。そこにはクラスの中を覗くクラスメイト達の塊があった。
「あ、ええと風谷君だっけ? 私たちのことは気にしなくて良いから。どうぞどうぞ席に戻って」
「そうだぞ風谷。ホームルームはもう少し時間が経ったらやるからな」
担任お前……。
「みんな、おはよう。席に座ろうよ。もう少しでチャイムが鳴るよ」
挨拶は大切だ。言いたいことを行って席に戻る。
「トイレは?」
「大丈夫」
「そうなの?」
よし、今日からはちゃんとこいつ以外の知り合いを作るぞ。昨日できなかった反省を生かして頑張るぞい。
予鈴が鳴るとクラスメイト達がぞろぞろと部屋に入ってきた。
「みんな急に来た。どうして?」
「俺にもわかんない」
先生が教卓の前に立ち咳払いをする。さぞ、居心地が悪いことだろう。
「そ、それじゃあホームルームを始める」
全く困ったクラスメイト達だぜ。……覚えとけよ。