1 期待に満ちた学園生活
「次、風谷」
担任に言われ席を立ち、簡単な自己紹介を行う。
今日は俺の高校の初登校の日。今はクラスで顔合わせのための自己紹介をしている。自己紹介は嫌いではない。
新しい出会いのための架け橋になるこの機会は楽しい部類だ。
声の大小によってその人がどういう人なのかを予想することが出来るし、関わり方の指標になる。それがまるっきり当てはまるということは滅多に無いが、それでもこちらが話しかけるときの重要な武器になることには変わらない。
どんどん順番が進んでいく。皆一様に無難な自己紹介だった。若干一名非常に声の小さい奴が俺の隣にいたが。
何はともあれスムーズに自己紹介は終わり、担任は交流の時間だと言ってクラスから出て行った。
俺も出遅れてはいられない。こういう時は初動が大事なのだ。
そう思い未知なる将来の友達に話しかけようと席を立ったその時だった。
「お、お腹が痛い」
急遽予定変更を強いられ、トイレへと向かう。流石に人と話している途中に漏らしたら友達作りとかの話では無くなる。
ちくせう初動が台無しだぜ。
◇
案の定と言うべきか大の方は非常に緩い感じで止まることが無かったため、長い間トイレに籠もることになった。
臭いが付いていないか心配だが、きっと大丈夫と思ってクラスの扉を開ける。
クラスではすでにグループが作られており、会話に入り辛い状況になっていた。
どうしようかと思案していると一人、自分の席で孤独に読書をしている少女を発見した。先ほど言った席が隣の声が小さい奴だ。
小柄な体型で、一見小学生に見間違える……ことは無いが影が薄く誰からも話しかけられていなかった。もしかしたら話しかけられることもあったのかもしれないが、現在こいつは孤独。いわばぼっちである。反応しなかったのか、孤高に酔いしれ話しかけられても断ったのか分からないが、ぼっちである。
普段なら女の子に話しかけるなんてことはしないが、話す相手もいなかったのも相まって話しかけてみることにした。
「はろはろー。ええと、木下さんだっけ? 俺はぼっちなんだけど、君もぼっちかい?」
若干テンション高く話しかける。普段のテンションはこんなに高くはないが、こうでもしないと女の子になんて話しかけることは出来ない。
しかし奴からの反応は無い。キャラがお気に召さなかったようだ。だが俺も諦める訳にはいかない。話しかける友達がいないのだ。元々俺は人見知りであるが故にすでに出来ているグループに入るのは苦手である。だからこそ中学時代は自らグループを作ったりしていた訳だが。
まあそれは置いておいて、次はどう行こうか。テンション高いスタイルが良くないんだったらもう少しテンションを低くして……。
「ひ、木下さんだよね。俺、あっいや違う。ええと僕と、と、友達になって、く、くれないかな? い、嫌なら良いんだよ? あっご、ごめんね僕なんかが君に話しかけちゃって」
駄目だこれは完全に不審な奴だ。テンション低いとかそういう類いの奴じゃ無くてコミュ障が勇気を出して声をかけたタイプの奴だ。もしこれがクラスの優しい中心人物とかだったら仲良くなってくれるんだろうけど、こういう奴には逆効果だ。
……反応無しか。まあ分かっていたことだが、少し悲しい。次はどう行くとするか。まあ普通に話しかけよう。
「あの、木下。隣のよしみで話し相手になって欲しいんだけど、どうかな」
今はクラスの窓際と廊下側に人が固まっている。俺たちのことを気にしている人は居ない。だからこうやって女の子に話しかけられる訳だが、こんなことをずっとしていては本当に孤立しかねない。そろそろ反応が欲しい頃合いだ。
「あいつ、入学早々女の子に話しかけてナンパしてるぜ」
「あんな奴いたっけ? なんで男に話しかけずにいきなり女子に話しかけてんだろ」
「知らね。というか話しかけられてる方一切反応してないんだけど。女の子にナンパしたあげく無視されるとか面白過ぎるだろ」
何だとこの野郎。一層話しかけづらくなってしまった。まあ確かにクラスのど真ん中で反応が無い女の子とずっと話しかけてたら少し目立つ。よりこいつに執着しなければいけない理由が増えてしまった。
ふと、木下が読んでいる本の内容が目に入った。
「あれ、それってリユニオン・フェイタルじゃん」
リユニオン・フェイタル。題名の通り主人公達に致命的な出来事が起きてはそれをどうにか乗り越え、また主人公に困難な出来事が起こるといったダークファンタジーだ。滅茶苦茶ストーリーを端折ったから内容は一切分からないと思うが、流れ的にはそんな感じの話。
ぶっちゃけなんで出版されているのか分からないレベルの知名度だが、作者の後書きから察するに一部の熱烈なファンが大量に買っているらしい。それこそ石油が湧いているのかと思うぐらいな量を。
「知ってるの?」
急に木下が反応を返してきた。こいつそう言うタイプの奴か。
「知ってるもなにも俺も読んでるし。今も持ってきてるよ、四巻だけど」
因みに四巻は主人公の上半身の右半分が吹っ飛ぶ。そんな状況になりながらも主人公は気合いで敵を意地と気合いだけで倒して解決する。というか、あの主人公は常に死にかけている気がする。
「四巻……フレスが死にかけてる奴?」
「フレスが死にかけてるのはいつものことだろ。あいつ主人公だから生きてるだけだからな」
「そうだった。というか、ここでも死にかけてる」
こいつが、読んでいる本を見せつけてくる。今度は主人公の下半身が結晶化していた。
「結晶化って……三巻の内容か」
「よく覚えてる。詳しい」
「印象に残ってたシーンだから覚えてただけだよ。他に読んでるやつあるの?」
「リコールクエストとかミリタリーメサイアとかある日泣いたときルールが壊れたとか他にも沢山ある」
「全部マイナーな奴じゃないか……」
こいつが出した名前はどれもこの学校で知ってる奴が数人いるかどうかレベルの、知名度のライトノベルだった。
なんでそんなものばっかり。
「みんな名前聞いたこと無いって言う。なんで知ってるの?」
「そりゃ、全部読んだからだよ。まあ後は友達の影響か」
俺には親が本屋をやっている友達がいる。一時期そいつに在庫処理だとかなんだとか言われて格安で沢山本を買わされた。もちろん売れ残っている奴だから知名度なんて皆無だ。それらの中にここに挙がった名前の本が入っていたのだ。
「私と趣味、合う?」
「まあそうかもな。どれも好きなタイトルではあるし」
どれも隠れた名作というか、知名度的な問題で売れてはいないが内容はどれも面白いものだった。宣伝の大切さを思い知ったよ。
「じゃあ友達になる。いっぱい話をしよう」
「マジで? ありがとう、木下」
「木下って呼ばれるのむず痒い。雪って呼んで」
「ありがとう。ゆ、雪」
ちょっと恥ずかしいな。俺も小学校の頃は下の名前で女の子を呼んでいたことはあるが、中学校に入ってからは無い。
ましてや会ったばかりの女の子を呼ぶのは抵抗がある。
「それで良い、風矢」
「お前も下の名前で呼ぶのね……」
「当たり前。私が名前で呼ばれてるのに風矢って呼ばないのはおかしい」
「そ、そうか」
独特の価値判断基準があるのな。
「おい、あいつ親しげに女の子と話してるぞ」
「実在するんだ、女の子と話せる男子って。俺初めて見たよ」
「一般男子高校生君さぁ。女の子と話したこと無いとか恥ずかしくないの? 俺も無いけど」
「まあとりあえず羨ましいからハブるか」
「「「異議無し」」」
ぶっ殺すぞ。というかなんでそんな一体感が生まれてるんだよ。
「何か周り、騒がしい。何があったの?」
「いや、多分俺が雪と話しているからだと……」
「まあ良い。それよりも話の続き」
別に良くは無いんだよなぁ。冗談だろうけど俺ハブられかけてるし。
……冗談だよね?
まあ楽観的に行こう、楽観的に。
「そう言えばなんで私にあんな変な言葉で話しかけてたの? 今の方が話しやすい」
「いや、何というかああしないと話しかけ辛かったというか、俺の心を守る為というか。それよりもなんで一人で本を読んでたんだ?」
「……みんながみんな風矢みたいな人じゃないから」
「え、それってどういう……」
しかしその問いに雪は答えない。
「この話はおしまい」
雪は少し陰りのある顔をしていた。
分からないな。人の心というものは分からない。何があったのかも分からない。だが今全てを知る必要は無いだろう。今日が初対面だしな。
「よし、みんなの仲も深まってるようだな。それじゃあ今日はこれで解散だ」
気がつくと担任が戻っていた。随分と自由というか放任主義な教師だな。自主性を育てると言えば聞こえは良いが……。
「解散……。それじゃあ風矢ばいばい」
「あ、うん」
結局、こいつとしか今日話してないな。友達作りは……まあ明日から頑張れば良いか。