第95話 『万夫不当』
製図室に置いてあった四角いテーブルの上の厚紙に向かい、付けペンを持ったアズランが15階層の階段から階段までの図面を描いていく。
自分で覚えていると言っていたが、驚くほど正確な図面ができ上っていく。俺たちは適当にアズランの後を追って進んでいただけなので、ほとんど分岐や横穴など気にも留めていなかったのだが、図面にはそういったものが書き加えられている。
15階層を描き終わったアズランが、でき上がったその一枚を俺に渡してきたのだが、置き場所が分からないので部屋の横に立てかけておいた。
「今地図を描きながら考えていたんですが『万夫不当』の連中って、10階層でオークと戦っていた連中かもしれませんね。われわれが出会った最後の冒険者たちですから」
『確かにその可能性はあるな』
「ダークンさん、どうします? やっぱりあの連中みな殺しですよね!」とトルシェがトルシェらしいことを言い始めた。
『そうだな。14階層のあの階段の前にいたオーガがいなくなったのを見て、15階層に下りたのは仕方ないが、それで「新階層チェック球」が15にセットできたにせよ、それを冒険者ギルドに持って来て報奨金をせしめるとは許せんな。だが、まあ、話し合って相手が詫びて、せしめた報奨金を俺たちに返すというんなら、許してやらんでもないな』
「そういった連中は、口では許してくれというかもしれませんが、絶対にお金は返しませんよ。ウヘヘ、楽しみだなー」
アズランが16階層を描き進めていく中、トルシェと物騒な話をしていたら、製図室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
中に入って来たのは、この部屋に案内してくれた受付嬢だ。
「今回の偉業によって、みなさんのランクがBからAに昇進しましたので、カードをお受け取り下さい」
受付嬢から金色のカードを受け取った俺たちは、今までしていた銀色カードから革紐を抜き取り、さっそく新しい金色カードに通して首からかけた。そういえば、シルバーなんとかをダンジョン出口の買い取り所買い取ってもらった時、そこでもらった支払証明書をここの窓口に持ってきたらAランクになれるって言ってたのすっかり忘れてた。結果オーライ。
受付嬢は壁に立てかけていたアズランの描き終えた図面を持ち上げ、
「でき上がった図面はこちらの図面箱に入れておいてください。しかしこれは、素晴らしい図面です。うちの測量チームでもここまでのものは作れないんじゃないでしょうか」
アズランが褒められてうれしそうな顔をしている。誰でも人に褒められればうれしいよな。
受付嬢が部屋を出て行ってしばらくして、
「アズランの作業を見ていても時間がもったいないので、わたしはその間に商業ギルドに行って口座を作って、受付で振り込みの手続きを済ませてきます」
『すまんな、頼む』
トルシェが部屋を出て行き、アズランも褒められて調子が出て来たようで、どんどん図面ができ上っていった。
俺はちょとしたお手伝いで、でき上った図面をいちど部屋の壁に立てかけて、インクの乾くのを待って図面箱に入れて行こうとしたのだが、いつ人が部屋に入って来るかもわからなかったためガントレットをしたままで作業したのだが、それだとちょっとしたことでもかなり大変で、結局アズランに手伝ってもらうことになった。
最後の19階層の地図をアズランが描き終え、壁に立て掛けかけているところでトルシェが戻って来た。
「手続きは全部終わりました」
『トルシェ、ご苦労さん。こっちの方もこの図面が乾いたら終了だ』
「アズラン、ご苦労さま。しかし、ギルドの人が言ってたように本職以上のできだね」
「えへへ、それほどでも」
それまで、アズランの肩の上でおとなしくしていたフェアが嬉しそうにアズランの周りを飛び回り始めた。
『図面も乾いたみたいだから、そろそろ帰ろうか』
「わたしが図面箱に仕舞っておきます」
『頼む。俺のこの手だとムズイわ』
「ダークンさん。夕方までには時間があるけど、どうします?」
『そうだな。受付に戻って作業が終わったことを知らせたら、「万夫不当」についてちょっと聞いてみるか』
「そうですね。今日の朝ここに来てお金をもらったって話でしたから、今日はダンジョンに入らず街にいると思いますよ」
『だろうな。飲み屋なんかにいる可能性もあるな』
「楽しみー」
トルシェならそうだろうよ。
俺たちはカウンターまで戻り、冒険者に対応中の受付嬢の後ろから作業の終わりを告げて、カウンターの外に出た。
トルシェがそこらに立っていた冒険者に、俺たちから離れて一人で『万夫不当』について聞いて回ってくれた。
いきなりすごい美少女に話しかけられて下卑た顔でニヤニヤしていた冒険者たちも、彼女の首から下がった金色のカードを一目見るなりかしこまって、
「『万夫不当』ですか。自分は新参者でして全く心当たりはありませんです」
「『万夫不当』なら、おそらく仲通りの居酒屋で飲んでいると思います」
『です』、『ます』の返答は聞いてて気持ちがいい。
コロの入った鉄箱を持った俺と、頭の周りに妖精が飛び回っているアズランがトルシェと合流したことで、またホールの中がざわめきだした。こいつら何か勘違いしてるんじゃないか? 俺たちはな、『三人団』なんだぞ!




