第62話 冒険者ギルド。またかよ
俺が二人の前に立ち、冒険者ギルドの中に入っていったのだが、俺が入ったとたんギルド一階のホールが一瞬静かになった。
ホールの中にいた冒険者たちが一斉に俺に視線を向け一様にぎょっとした顔をしたのだが、俺の首から下がった木の札を見て一安心したようだ。
どうも、ランク至上主義が目に付くな。そういうことだと、どこかで足をすくわれるぞ。それか、じぶんで墓穴を掘るか。
俺たちが、アズランをギルドに登録させるため、窓口の列に並んでいたところ、またも自分の墓堀人が湧いて出た。
こんども結構ガタイのいい男だった。
男が着ているのはやはり革を硬くして強度を上げた革鎧だ。こげ茶色のその鎧にはところどころ傷や変色したところがあったが、ちゃんと手入れはされているようで、汚れなどは付いていなかった。見た目だけはベテラン冒険者。
首から下げているギルド証は銅製のようだ。銅のギルド証が何ランクを示すものなのかは知らないが、Aランクとは思えない。上から金、銀、ときて銅。良くてもCランクじゃないか? きのうの『暁の刃』の連中がBランクだったことを考えると、笑っちゃうぐらいにこの男は弱っちいのかもしれない。
そう考えてしまう俺もランク至上主義に毒されているのか?
「へー、Gランクのくせに結構いい鎧を着てるじゃないか」
俺のナイト・ストーカーに手を伸ばしてペタペタ触り始めた。普通に不快だ。
こいつは俺のような全身鎧に劣等感でも持っているのか? 返事をしたくても俺は返事ができないので黙っていたら。横合いからトルシェが、
「スライムと一緒でこういう粋がったバカが良く湧いてきますねー」
と大声でのたまった。
「なにを!」
最近のトルシェは何をするか分からんからな。このおっさんも軽い気持ちで俺に絡んできたのだろうが、おっさんの今後の人生のためにも俺がおっさんの相手をしてやるとしよう。
『トルシェ、こいつの相手は俺がするから、アズランと列に並んでいてくれ』
『はーい』
一歩前に出て来たおっさんとトルシェの間になるように割って入り、おっさんの鎧ののど元に左手をかけて、がっちりと掴んでやった。
簡単にのど元に手が届くのを許すあたり、まるでなっていないダメダメな男だ。必死になって俺の手を振り払おうとするが、どうにも逃げれないようだ。両拳で俺の腕を殴りつけるのだがかえって拳を傷めたようで拳から血が流れ出てきた。
おっさんが何度目か体を引いて俺から逃れようとしたタイミングで、鎧を掴んでいた手を放してやったら、後ろに倒れ込んで尻餅をついた。
俺の後ろでは、トルシェがキャハキャハと大笑いをしている声が静まり返ったホールの中でやたらと響いている。
これくらいでおっさんを許してやろうと思ったのだが、トルシェの笑い声を聞いて、もう少しおっさんと遊んでやろうと思い、しゃがんでおっさんの頬を、ガントレットをはめた右手で軽く右左とペシペシはたいてやった。
おっさんは手足を器用に使ってあわてて、後ずさっていった。けっこう素早く動けるじゃないか。
おっさんのことはこれくらいにして立ち上がり、ホールで俺を見ていた連中をぐるりと見まわしたら、みんな目をそむけた。勝った!
そんなことをして、時間を潰していたら、やっとアズランの順番になった。前回は手続きをすべてトルシェに任せていたので、全く内容を知らぬまま冒険者になった俺だが、今回はちゃんと聞く、読むできるので、アズランが記入している受付の女性から渡された紙を見せてもらったら、
『名前:アズラン・レイ
出身:不明
特技:暗殺』
記入項目はたったの三つしかなかったが、見せてもらってよかった。アズランは『暗殺』が特技なのだろうが、さすがにそれをここで書いちゃまずいだろう。
『アズラン、おまえの特技だけどな、「暗殺」って書かない方がいいんじゃないか?』
『そうでした。聞かれれば、すぐ本当のことを言ってしまうのは私の欠点でした』
『アズランは短剣を持ってるから、無難に「短剣」と書いておけばいいと思うぞ』
『そうします』
『ギルドでは名前以外見てませんから、嘘だろうと何を書いても大丈夫ですよ』と、トルシェ。
『そうなのか。それじゃあ、俺を登録したときの俺の特技は何にしてくれたんだ?』
『ダークンさんの時ですか? えーと、あの時は、……思い出しました。ダークンさんは出身:不明で、特技は「体が硬いこと」としておきました』
『確かに俺の体は硬いがそれが特技かと言われれば、ちょっと違うような気がするぞ』
『だから、何を書いてもいいんですよ』
トルシェが適当なことを言うものだから、アズランが迷っている。
『体が柔らかいことを強調しても仕方ないからな』と言ったら、アズランは素直に特技を短剣に改めていた。
書類を提出して、列から離れ木札が出来るのを待っている間、俺一人ぶらぶらとホールの中を見て回ったのだが、俺が近づくだけで、人が避けていく。露骨に避けられるのが面白くなって、用もないのに一階のギルドホールの中を行ったり来たり練り歩いてやった。
これぞ、まさに、イワシの群れの中のマグロの心境か?
俺がどうでもいいようなことをしてギルドのホールでそこらにいた冒険者たちと遊んでいる間、トルシェはアズランを連れて、依頼票が張り付けてある壁際の掲示板を見ていたようだ。
俺とトルシェの時と同じように20分ほど待たされて、木札が出来上がった。受け取ったアズランが、トルシェが余分に持っていた革紐を木札に結んで、首からかけた。
三人が三人とも木札を首から下げているとやはり滑稽だ。確かにこれでは弱っちく見える。絡みたくなるのもうなずける。
そういえばさっき俺たちに絡んできたおっさんが見えないな。逃げちゃったか。それはそうだよな。
『冒険者を辞めたら墓堀り人夫になり給え。君に似合いの職業だ』
おっさんに、俺からの貴重なアドバイスを与えることができなくて残念だ。
SF短編『敵は弱いに越したことは無い』
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