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右衛門シリーズ全編  作者: FZ
34/43

右衛門11-4

(長州藩山口城)

千葉と草津は、山口城の本陣で、各地の防衛線の拠点で必死に幕府軍の攻撃を食い止めている兵士たちと連絡を取り合っていた。

「薩摩の西田と会談した木場からの知らせはないのか。」

千葉佐平治(長州藩士)の顔には、明らかに焦りの表情があった。質問された草津源九郎 が、落胆した様子で首を横に振る。

「抜け目のない薩摩のことだ。幕府との戦でわれわれが勝利をおさめれば、軍を動かす約束をするのが常套手段だろう。」

草津が千葉にそう言っている間も、幕府の先発隊の攻撃が、各地の長州防衛線を打ち破ろうと激しい戦闘を繰り広げていたのである。

「奴らは、主力の会津軍が動き始めた知らせを聞いて、少しでも立場を良くしようと必死で功名争いをしているのだ。特に、源一郎殿の守る大島口は、彦根藩の攻撃から必死で防衛線を守っているが、いつ破られてもおかしくない状態だと聞いている。」

千葉は、現状に対して悲観的にならざるを得なかった。

「源一郎殿に援軍は出せんのか。もし、義をもってこの戦に参加してくれた武士を見殺しにするようなことになれば、長州武士の面目に関わるぞ。」

草津は、源一郎への恩義に報いることができない自分たちにいら立ちを感じていた。

「どこにそんな兵士がいるのだ。これ以上の援軍に応じれば、本陣はもぬけの殻になって、藩主様を守る者が誰もいなくなるではないか。」

千葉は、現状を分かっていながら無理を言った草津に怒りを覚えて、吐き捨てるようにそう言った。

「小倉・下関の方は、ほぼ壊滅状態らしい。新次郎の育てた奇兵隊が、我らが用意した最新鋭の銃で、城を捨てて市中に散らばり、数十人の単位で、奇襲をかけて幕府軍を撹乱するのがやっとだと連絡があった。(苦笑いをして)情けないことに、城の長州藩士は、とっくに全滅して、城を逃げ出したようだ。」

そこまで聞いた千葉が、観念したかのように薄笑いを浮かべて、

「源九郎。おぬし、切腹の作法は知っておるだろうな。」

そう言って、草津源九郎の顔を見た。

「わしは、あきらめんぞ。こんなところで腹を切ったら、我らのために集まってくれた義のある武士たちに申し訳が立たぬ・・。」

地に胡坐をかいていた草津は、そう言うと、刀を地面にたてて立ち上がり、小走りで戦場に指示を出すために、作戦室に戻って行ったのである。


(忠成と門下生)

「戸田殿、わざわざの出迎え痛み入ります。」

忠成ら小野道場の一行二十数名を乗せた喜一郎の北前船が、源一郎が守る本拠地近くの上ノ関の港に密かに着岸した。

港で忠成が率いる軍団を出迎えた戸田平馬は、一龍齋が兵庫で道場を開いたころの門下生であった。年は、忠成よりかなり年上で、初老の域に達していた。彼は、一龍齋が東北へ道場を移転したのを機に、故郷の山口に帰り、小野一刀流免許皆伝として山口で道場を開いていたのである。忠成は、長州へ向かう決心をした時、最初に頭に浮かんだのが戸田の存在だった。

忠成の期待通り、戸田は忠成と小野門下生を快く受け入れてくれたのである。


「源一郎殿と美桜様の婚儀については、お父上の一龍齋様から便りをもらっておりましたが、その源一郎様が長州の戦に参加したとの噂を聞いたときには驚きました。」

そう言いながら、戸田平馬の表情は明るかった。小野一刀流を担おうとする若者が長州のために立ち上がってくれたことがよほど嬉しいらしい。

「こちらは大前喜一郎殿、大前屋の店主だ。」

忠成と並んで立っていた喜一郎を戸田に紹介した。

「ほう、あの大前屋の・・。」

戸田はそう言うと、喜一郎の顔をまじまじと見た。すると、喜一郎は彼の視線を避けるように、一礼すると、

「私ができるのはここまでです。なにせ商人には人は殺せまへん。戸田様、後はよろしゅう頼みます。」

喜一郎は、そう言うと、忠成にも一礼すると、船の桟橋をゆっくりと戻って行こうとした。

「喜一郎、礼を申す。」

忠成が、夕暮れに消えていく喜一郎の背中に声をかけた。すると、喜一郎は忠成の方を振り向いて丁寧に会釈をして、再び船の方へと向かって行った。

「おぬしらにも礼を申す。」

忠成はそう言うと、率いてきた小野道場の門下生にも深々と頭を下げた。

「我ら二十二名、忠成様にお命お預け申す。」

門下生を代表して師範代内村正英が、忠成にそう言うと、彼の言葉に合わせるように門下生全員頭を下げた。

「小野一刀流門人の勇ましさは、昔から変わらぬわ・・。皆の大島の宿舎はわしの弟子達を使って用意させました。この戸田平馬、できる限りのことはさせてもらいます。」

戸田はそう言うと、忠成と並んで集団の先頭に立つと、宿舎を案内するためにかなり早い足取りで歩き始めた。忠成の門下生の秘めたる意気込みには、戸田の歩調は、ちょうどいい足取りだった。


(大屋隼人)

一方、美桜や又五郎のもとに、思いがけない男が訪ねてきた。大屋隼人である。

隼人は、陽明とともに、蘭学医西先生の所で西洋知識を学び、陽明と共に、生まれ故郷の長崎平戸に帰郷した。その後、長崎通詞として親の後を継ごうとしたが、時勢が変わり、再び蘭学医の道を歩み始めたのである。今、彼は西先生に医学を教わるために、何度となく本島を訪れて医学の知識を先生から教授してもらっていた。

「佐那河内のみんなが長州の戦に関わっているのだが、彼らの誰かが負傷したとき、助けるために大島口に行ってくれないか。丹波や三郎にも会えると思うのだが・・。」

西先生は、大坂と島の患者の治療ために、長州に行けなかったことが気にかかっていたのである。隼人は、丹波と三郎の名前を聞いて、何の懸念もなく二つ返事で引き受けた。西先生に頼まれれば、断るわけにはいかなかった。しかし、正直、彼には長州戦争がどのような状況になっているのか、何の知識もなかったのである。


美桜らのいる甚五郎の家を訪ねてきた隼人は、甚五郎に案内されて、又五郎がいる部屋に案内された。

「隼人さんと言われる方が、訪ねて来ました。」

障子を開けた甚五郎が、突然やってきた隼人の来訪を又五郎に知らせた。

隼人のことは余り面識のない又五郎は、少し困ったような顔をして甚五郎の後ろに立っている隼人の顔を見た。

すると、たまたま又五郎の部屋にいた三郎が、

「隼人か・・。」

隼人の顔をじっと見て、懐かしそうにそう言った。

隼人は又五郎と三郎に笑顔を見せたが、それでも、又五郎は黙って隼人を見つめているだけだった。

「又五郎さん、西先生の所にいた蘭学医です。今は長崎の平戸で通詞をしていると聞いていたのですが・・。」

又五郎が、面識のない隼人に、余りに当惑しているようなので、そう言って紹介した。

「いや、通詞はやめました。このご時世では、食っていけませんから。また、西先生を頼って蘭学医の道を目指しているのです。」

隼人は、そう言うと、にやりと笑って、又五郎に頭を下げた。

「エゲレス語はできるのか。」

又五郎が、いきなり隼人に聞いた。

「私は、オランダ語が専門です。少しなら話せますが、陽明のようには喋れません。」

又五郎のいかつい顔が表情を崩したのを見て、やっとほっとした隼人が、そう答えた。

「ああ、おぬしか、陽明の親友とは・・。右衛門からおぬしのことは聞いたことがある。

そうか、隼人という名だったか・・。まあ、入れ。」

又五郎は、隼人の素性がわかると、急に親しみを込めてそう言った。

元来、隼人はどこかのんびりした性格で、それが顔に出ていた。そんなこともあって、又五郎は、すっかり隼人に親近感を覚えて、一転、にこにこ笑いながら隼人を向かい入れたのであった。

「三郎、サムとマイケル、それに赤松を呼んで来い。与助や辰雄には内緒でな・・。丹波の知らせを待つ間、四人で隼人君の歓迎会をしようではないか。」

又五郎は、ここへきて源一郎の情報の把握と、今後の計画ばかり議論していたので、気晴らしのつもりで、酒のとびっきり強い三人を呼んで、内緒で酒盛りを企んだのであった。

当然、酒盛りは、どんちゃん騒ぎとなって、美桜の部屋にも聞こえてきた。


「何事です!又五郎さん。」

又五郎の部屋の障子を開けた美桜は、厳しい顔で、酒に酔った連中を睨みつけた。

驚いたのは、隼人を含む六人であった。美桜の厳しい叱責に、いきなり正座をした五人は、顔を俯けたまま、何も言わず亀のように首をひっこめてじっと黙っていた。

すると、

「その方は・・。」

美桜が、目ざとく隼人を見つけた。

「隼人と申して、西先生の弟子で、蘭学医です。万が一、誰かが負傷した時のために、西先生がよこしてくれたのです。」

三郎の言葉を聞いた美桜は、自分たちのために応援に来てくれた隼人に感謝を込めて、表情を緩めて笑いかけ、軽く会釈をした。

「これが、源一郎殿の嫁さんか・・。どうして、佐那河内の連中はこんなきれいな嫁さんがもらえるのかなあ・・。」

顔を上げて、美桜の顔を見た隼人が、ぽつりと呟いたのである。

その言葉を聞いた美桜の態度が一変した。

「隼人さんのことは、父上から聞いています。長崎の通詞だと・・。」

美桜の声は、可憐な少女のように優しい音色になっていた。

「美桜様、隼人君が来たからには、百人力ですぞ。戦場で誰か負傷しても、この男に任せられるのですから・・。」

又五郎が、美桜の機嫌が直ったのを見て、自分たちのどんちゃん騒ぎの不始末を帳消しにしようと、隼人を過剰に持ち上げたのであった。

しかし、又五郎の最後の言葉は、丹波からまもなく届く知らせを聞いたなら、必ずしも間違っていないことが証明されるかもしれないのである。



(京の右衛門が動く)

「家老の折田には、京に妾がいましてな。」

いつもの茶屋で、右衛門と会話を交わす双栄が冷笑した。

「ほう。」

右衛門が何か言うのではないかと黙っていた双栄だが、沈黙が続いた。仕方なく、

「それが原因ではないでしょうが、京に入った会津軍は、一日京で停泊して、次の日に長州に進軍するそうです。」

珍しく団子を頼んだ双栄が、串をつまんで口に運んだ。

「案外うまいだろう。」

この茶屋で双栄たちに会うたびに団子を頼んでいた右衛門が、笑いながらそう言った。しかし、双栄は、右衛門の言葉を無視して話を続けた。

「恐らく、会津軍が京に到着すれば、御家老は陣屋を抜け出し、その妾の家に行くはずです。ただし、あのお方には、いつもは十名ほどの護衛が付きますが、中でも蛯名と久慈は、一刀流溝口派では敵なしと言われる剣豪で、片時も御家老からは離れないと思われます。」

双栄から報告を聞いた右衛門は、しばらく沈黙を保って、何か考え事をしているようだった。この寺の門前通りは、いつも行きかう人の流れが途絶えたことがなかった。目の前を、艶やかな振袖を着た若い女性二人が楽しそうに会話を交わし、時折、笑っているのを隠すように、右手でを口を覆って、周りを気にする仕草をした。なぜか、右衛門はそんな女性を見ながら、源一郎を追って長州に行った美桜のことを考えていた。


話は、数日前にさかのぼる。

薩摩藩邸に密かに二人の浪人風の男が入っていく。土佐脱藩浪人 崎田弥次郎と長州藩士 木場半四郎であった。

薩摩藩士 西田義厚と大久保万蔵が、彼らを藩邸座敷で待ち受けていた。

通された弥次郎と木場は、西田と大久保に対峙して座ったまま、何も言わずに、腕を組んだまま目を閉じている。一方、西田と大久保も二人に意地を張るように、口を開こうとはしなかった。

じれたのは弥次郎だった。

「薩長同盟と言っても、薩摩が幕府長州征伐に対抗して、長州に援軍を送ってくれぬとなると、長州を見殺しにしてから、手を結んでも何にもならんですろう。」

そう言って、西田と大久保の顔を代わる代わるに見た。

それでも、二人は踏み込んだ話はしなかった。また、しばらく沈黙が続き、今度は木場が沈黙を破った。

「もういい。わしらはわしらで何とかする。薩摩は、じっくり旗色を見て、勝った方と交渉すれば安泰だからな・・。」

そう言って、座を立とうとした。木場は、自分の激しい言葉ほど、前で座る二人に怒りを感じてはいなかった。会談する前から、予想がついた結末だったのである。ただ一点、薩摩が前の戦のように、幕府側に味方しなければ、会談は一定の成果だと思っていたのである。

さすがに、このまま黙っていられなくなった西田が、二人に話しかけた。

「わしらにはどうにもならんのです。先の戦で長州と戦って死んだ仲間も沢山いましてな・・。そんなことを言えば、長州の兵士も同じだが・・。これは理屈では解決できんのです。わしらは、いや、わしと大久保は、何とか、薩摩軍の援軍以外で、おぬしに薩摩の誠意を見せたいのだが・・。今となっては、こうやって謝るしか仕方ない。」

そう言うと、西田は木場と弥次郎に向かって深々と頭を下げた。木場は、西田の方を一瞥いちべつしたが、何も言わずやり過ごそうとした。一方、大久保は、相変わらず腕を組んだで口をつぐんだまま、西田の横で座っていた。

「まあ、そんなところだろう。」

大久保の態度を揶揄するように、木場は西田の平伏を無視して、最後の捨て台詞を吐き捨て、立ち去る合図を目で弥次郎に送った。

弥次郎は、木場の視線に頷くと、彼に追随しようとしたが、ふと何かを思い出したかのように立ち止まり、

「まあ、薩摩が長州戦争で幕府に加担すれば、長州壊滅は火を見るよりも明らかだからな。木場さん、この辺で手を打とうかい・・。(木場の方を見て高笑いをする)そうじゃ、忘れとった。ここへ来る前、右衛門殿から西田さんに頼んでくれと言われとったことがあった。」

弥次郎の独特の計算ずくの最後の言葉は、最初から仕組まれた言い回しであった。  

「ほう、何でしょうかな。」

頭を上げた西田が、弥次郎の言葉に笑顔で応じた。

「右衛門殿は、京に進軍してくる司令官の折田周明殿と密かに会いたいそうなんだが・・。

もちろん、そんなことは、右衛門殿がまともに申し入れてもかなう訳がない。そこで、西田さんが折田殿に密会を申し入れることで、面会をかなえたいと言うとるのだが・・。なに、西田さんは、申し入れてくれるだけでいいんじゃ。密会場所には、右衛門殿が薩摩の人間になりすまして折田殿に近寄るつもりじゃ。(西田の方をじっと見て)右衛門殿には、どう伝えましょうかのう・・。」

弥次郎はそう言うと、西田の返事を促すかのように、にやりと笑った。この言葉に、驚いたのは大久保だった。今まで、じっと閉じていた目を大きく見開くと、

「それは、穏やかではないですな。右衛門殿と言えば、井伊祐直様を暗殺した天下の剣豪。

西田が会津藩に使いを出して、右衛門殿の折田殿への接近をおぜんだてするとなると、薩摩が、右衛門殿の陰謀に加担したことになる・・。」

この場の人間で、弥次郎の言葉の意味を分からなかった者はいなかったのである。

この大久保の言葉に一番腹を立てたのは、木場だった。

「おぬしら、ついさっき、わしらに何と言った・・。誠意を見せたいと言ったのは、西田殿だぞ!人を馬鹿にするのもいい加減にせい!」

木場の刀を持つ手が、小刻みに震えていた。

「大久保どん。少し黙らんか。(大久保を睨みつけて)右衛門殿のご依頼、喜んでお受けしもんそう。ついでに、私自身が、右衛門殿と一緒に折田殿の所へ参りましょう。私がそう言っておったと、右衛門殿にお伝えくだされ。」

西田は、そう言うと、再び二人に頭を下げた。

「西田さん。右衛門殿が折田殿に会うということが、何を意味しているか分かって、おっしゃられたのでしょうな・・。」

弥次郎が、西田の真意を確かめるようにそう聞いた。

すると、西田は弥次郎の言葉に深く頷き、

「これなら、木場殿もわしらの誠意を分かってくれましょうな。」

そう言って、西田は、木場の顔を笑顔で見た。

木場は、やっと西田の誠意を疑うことなく受け止めることができて、思わず涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえて、何も言わずに、感謝の気持ちを込めて、立ったまま一礼すると、後を振り向くことなく部屋を出た。


「西田殿の誠意は分かったが、薩摩の援軍がなければ、長州もこれで終わりかなあ。」

夕暮れの小道を並んで歩きながら、木場が弥次郎にぽつりと言った。

「そうとも限らんよ。右衛門殿が折田を斬れば、戦況は大いに変わる気がするんじゃがな。少なくとも会津藩は指揮官がいなくなれば、予定通りには長州戦争に参戦できんからな・・。」

弥次郎はそう言うと、木場の方を向いてにこりと笑った。木場は弥次郎の言っていることが理解できずに、不審そうな顔をして彼の顔を見た。陽明と新次郎が、会津軍と時を争って長州に向かっていることは、新次郎の厳禁により、長州藩士の誰にも打ち明けられてはいなかったのである。



茶屋での双栄と右衛門の会話に戻る。

「お前を信用することにした。頼りにしてもいいのだな・・。」

沈黙の後に、いきなり右衛門が吹っ切れたようにそう言った。

その言葉を聞いた双栄は、「今さら、この人は何を言っているんだ。」と思って、少し腹が立った。

「右衛門様は、わしを信用してなかったようで・・。」

思わず、口から言葉がついて出た。

「そういう訳でもないが、これからわしが言うことは、余りにも荷が重い。お前が聞かなかったことにしたら、この計略は中断する。」

その言葉を聞いて、双栄は、初めて右衛門の考えていることに察しがついた。つまり、右衛門は、独特の言い回しで、自分を逃げられない立場に追い込んでいるのだと、やっと気づいたのだ。

深くかぶった編み笠からは、右衛門の顔は見えなかったが、明らかに、双栄の様子をうかがっているように感じられた。

「やはり折田様を斬りますか。」

この言葉は、双栄が右衛門との駆引きから引き出した先手だった。「それならば、こちらから右衛門の本心を言ってやれ。」と思ったのである。

右衛門は、ただ「うん」と短く答えただけだった。  

「わしは、あなた様が、京成とその兄弟の必殺剣を打ち破ったことを忍びの仲間から聞いたとき、あなた様より、一緒に京成たちの暗殺に加担した権蔵が妬ましかった・・。奴は、今では忍び仲間では、知らないものはいない。あの京成一派を打ち破った忍びとなれば、一目置かれても仕方がない。(ふっとため息をついて)ところがどうじゃ。今度は、わしにも忍び仲間をうならせる絶好の機会が巡ってきたんじゃ・・。それも、再び右衛門様の暗殺の加担に、今度はわしが選ばれた。断るわけがない。」

気持ちが高揚した双栄が、忍びとは思えぬぐらい多弁に喋った。 



(源一郎と美桜の再会)

丹波に導かれて、密かに源一郎の籠城する本拠地に美桜と隼人が入った。 

二人が源一郎に会ったとき、彼はすでに意識を失って、顔一面に脂汗をかいていた。

源一郎の横たわる本拠地の寺の小部屋には、将太と哲太が、戦況の見張りの合間をぬって、代わる代わる彼に付き添っていた。

「昨日から、返事もしなくなりました。こちらが声をかけても、時折、薄笑いを浮かべる時もあったのですが・・。今では何の反応もないのです。」

将太は、丹波の横に座って、源一郎の状態を報告すると、押し殺したようにすすり泣き始めた。

美桜は、夫の顔をじっと見つめていたが、たまらず二人に遠慮することなく源一郎の手をきつく握りしめると、

「源一郎・・。」

と、ぽつりと言って、じっと彼の顔を見つめた。

「何とかなりませんか。」

将太が、訴えるような目で隼人を見る。 

さっきから、源一郎の服をめくって、傷の様子を見ていた隼人が、

「すでに化膿し始めている・・。その部分を切除したいのだが、わたしには、どの血管を避けたら血が噴出さないのか判断するほどの自信がない。それに、仮に切除に成功しても、彼の体は余りにも衰弱しきっている。源一郎殿を生かせる自信はありません・・。」

隼人の言葉は、悲観的だった。

「隼人さん、やってください。源一郎を苦しめている化膿した血肉をできるだけ取り除いてください。仮に、それで死んだとしても、妻の私が頼んだのです。誰にも文句は言わせません。」

美桜の顔は、凛として、隼人の顔から視線を外さなかった。

美桜の余りにも凄まじい気迫を感じた隼人は、彼女の言葉にただ素直に応じるしか仕方がなかった。

「分かりました。」

隼人は、そう言うと、傍らに置いていた医療箱からメスや薬を取り出した。

「アルコールの酒と熱い湯、それにできるだけ多くの晒を用意してください。ここは戦場です。なるべくみんなに知られず、将太さんと美桜さん、それに哲太さんだけが、私の施す手術を助けてください。でないと、兵士が大将の苦痛であげるうめき声に、戦意をなくしてしまうかもしれません。」

隼人の外見では想像もつかない最後の言葉に、二人は身動きができないほどに体が凍りついてしまった。

「なるべく、他のものはこの部屋から遠ざけます。」

将太は、隼人の忠告に、そう応じるのがやっとだった。


意識を失っていたはずの源一郎の叫び声は、哲太の布で口を押さえた隙間からこぼれ出た。

日はすっかり暮れて、廊下を熱い湯の入った桶を持った美桜が、何度となく往復する姿が見られた。

「何なんだ、あの叫び声は・・。まるで誰かに刺されて殺されようとする兵士の最後の悲鳴ではないか。」

塀の向こうの敵の動きを見張っていた長州兵が、かすかに聞こえてくる源一郎の苦痛で叫ぶ不気味な声に身震いした。

「あれは、体を切りきざまれた大将が、痛みに耐えかねて思わず叫んでいる断末魔の叫び声じゃ・・。わしらとて、いつ、あのような声を出す時が来るか、分かったもんじゃない。敵の攻撃はすぐそこまで迫っているからな・・。」

最初に話しかけた男の言葉に答えた同僚は、そう言うと、悲し気な視線を星空に向けて、

「明日は、晴天じゃ。万が一でも大将が助かればいいのだが・・。」

悲壮感で沈んだ心に少しでも光明を見出そうと、誰に言うでもなく呟いた。

「まず、あるまい。」

最初に話した男が、星が輝く薄暗闇の中で、やりきれない気持ちを吐露するように、薄笑いを浮かべてそう言った。


明け方近く、源一郎の叫び声が聞こえなくなり、手術は終わった。

源一郎の横で、あおむけに横たわる隼人。

「致命的な血は噴出しなかったな。」

その言葉を聞いた将太が、真っ赤な血で染まる桶の中を覗き込んで、不思議そうに隼人の方を見た。

「それは、手術で出血した源一郎殿の耐え忍んだ結果の血です。決して、致死量に達する血液量ではないと思います。」

上半身起き上がった隼人が、自分の手を源一郎の鼻に近づけて、

「まだ息がある。私なら苦痛で死んだかもしれんが・・。」

そう言って、隼人らしくない不気味な笑みを浮かべた。

「よう言うわ・・。しかし、隼人には礼の言いようもない。」

夜、報告に甚五郎の家に帰って、夜明け前、再び源一郎の様子を見に来た丹波が、隼人に感謝の言葉をかけた。

すると、一晩中立ち働いていて、畳の上に座り込んでいた美桜が改めて座りなおすと、隼人に向かって、深々と手をついて頭を下げた。

「美桜さん、礼は源一郎殿が、意識を戻した時にしてください。このまま帰らぬ人になったら、あなたの私への感謝が無駄になる。」

そう言うと、隼人は手を後ろに回して頭を掻いた。

「この御恩、一生忘れません。」

美桜は、一旦顔を上げてそう言うと、改めて頭を下げた。

その時、外の方で銃声の音がした。敵との小競り合いが始まったのである。

「後は、源一郎の世話は私がします。皆さんは、戦に備えてください。」

美桜の申し出に、異論を唱えられる状況ではなかった。もし、敵兵がこの砦になだれ込みでもしたら、源一郎だけでなく、全員戦死することになるのである。彼らは、美桜だけを部屋に残すと、急き立てられるように部外に出た。

しばらくの間、美桜は、横たわって眠っている源一郎の穏やかな寝顔をじっと見つめて、時折、朝日が差し込む薄暗がりの中の光で、彼がまだ生きていることを確認しては、ほっとしているようだった。

すると突然、美桜は自分の衣服を脱ぎ始め、上半身肌着だけになると、うつ伏せの状態で、源一郎の体に覆いかぶさりようにして、そのまま源一郎の胸のあたりに自分の乳房を押し当て、自分の心臓の鼓動に源一郎の心臓の鼓動を共鳴させようとしたのである。こうすることで、美桜は、源一郎の心臓の鼓動を直接自分の体で感じ、源一郎と一体になろうとしたのである。

「源一郎・・。もし、あなたの鼓動が止まったら、私の胸の鼓動もとめるからね・・。」

美桜は、自分の息が届きそうな所で眠る源一郎の顔を愛おしそうに見ながら、返事のないのを分かっていながら、かすれるような声で語りかけるのであった。そして、彼女の言葉を裏図けるように、右手には自分の短刀がしっかりと握られていた。


源一郎は、ふらふらとあてもなく蓮の池のほとりにやってきた。周りを全て把握するには、余りにもぼやけていたが、自分の歩む足元だけが、何かに誘導されるようにはっきりと目で認識できたのである。ふと、目の前を見ると、白い装束を着た女の人が、膝を折って、池の水面を眺めている。彼は、その女性に関心を示して、自分の視界で判別できる横顔をそっと覗き込んだ。

「母上ではありませんか!」

源一郎が、押さえきれない驚きを、そのまま大声で表現した。

すると、その声に気づいた源一郎の母 佐和が、息子の驚いた声に動揺もせず、穏やかな顔で微笑みかけた。

「私は、もう一度母上に会いたかったのです。その母上が、ここにいる・・。」

源一郎は、涙で佐和の顔さえかすんで見えた。

「源一郎、おいで・・。」

母は、そう言うと、右手を源一郎に差し伸べた。

源一郎は、その手を取ると、嬉しそうにその場で小躍りした。

「わしの母が、ここにいた。ここで私を待っていてくれたのだ。」

彼の喜びは言葉となって、池の奥まで達すると、こだまとなって返ってきた。

「さあ、行きましょう。」

母の優しい声が、彼を促した。

すると、二人は池の水面を沈むことなく歩いているのである。

やがて、池の中央にさしかかった時、一人の男が、蓮を見ながらうずくまっていた。

「源一郎、父上に挨拶なさい。」

母佐和の優しい声が、彼の耳元に聞こえてくる。

すると、その声に誘発されたように、父恒明が源一郎の顔を見た。

「源一郎か・・。おおきくなったな・・。親はなくとも子は育つとは、よう言うたものじゃ。」

父 恒明は、そう言うと、源一郎の方を向いて笑い始めた。なぜか、源一郎は、父 恒明が池の水面に立って、笑っていることに不思議な気持ちにならなかった。

「父上、私も嫁をもらいました。美桜と言って・・。」

そう言ったとき、

「あの娘か。」

恒明がそう言って、蓮の池のほとりに視線をやると、源一郎に手を振っている、光で輝いている女の姿が見えた。背後の光のまぶしさで、はっきり判別できない女の姿を、源一郎は目を細めて見直した。

「そうです。美桜が手を振っています。母上、父上、私の嫁の所まで行って声をかけてくだされ。」

源一郎は、満面の笑顔になって、二人が美桜に会ってくれるようにと懇願した。

「ほんに、可愛いお嫁さんだこと・・。」

美桜の方を振り向いて、じっと見ていた佐和が、にこにこ笑いながらそう言った。

そして、源一郎の方を向いて、

「母や父上は、会えませぬ。でもね、こんな幸せそうなお前の顔を見て、母も幸せですよ。

おそらく、父上も喜んでおられます。」

佐和は、そう言うと、恒明の方を見た。

父もその言葉を認めるかのように、何度も「うん、うん。」と言って頷きながら、源一郎の顔を優しそうな笑顔で見つめていた。

次の瞬間、

「さらばだ。」

父のその言葉と共に、二人の姿は消えてしまった。

二人がいなくなった悲しさで、おろおろしている源一郎の近くに、池の水面を渡って美桜がやってくる。

「美桜!母上と父上がいなくなった・・。」

源一郎は、美桜に助けを求めるようにそう叫ぶと、おいおい泣きながら美桜の方へ駆け寄って行った。


「美桜・・。」

目覚めた源一郎は、目の前にいる美桜の鼻を自分の鼻で触れながら、そっとささやいた。

昨夜の手術で一睡もしていなかった美桜は、源一郎の胸に乳房を押し付けたまま、決して離れることなく、昏睡していたのである。

源一郎のささやきに、美桜が眠そうに目を開ける。

自分の目の前で、目をしっかり開けている源一郎が、微笑んでいるのに気が付いて、

「源一郎・・。生きているのね。」

いまだ夢現ゆめうつつの中で、美桜はしっかりと源一郎の息が自分の顔にかかるのを感じていた。

「私は、母上、父上、それにお前の夢を見ていたようだ。(しばらく沈黙が続き)お前の胸は柔らかくて、気持ちがいい・・。」

そう言うと、いたずらっぽい目で美桜を見て、にやりと笑った。

美桜は、源一郎の言葉にはっとしたように、密着していた上半身を彼の体から引き離した。彼女の肌着の胸のあたりは、源一郎の鮮血で真っ赤に染まていた。

同じように、美桜の顔も源一郎のからかいに、顔を真っ赤に染めていた。

「源一郎の馬鹿!」

美桜はそう言うと、隣の部屋で死人になったように寝ている隼人に、源一郎が意識を戻して目覚めたことを知らせるために、勢いよく廊下を出た。

「ありがとな、美桜・・。」

源一郎は、美桜の背中に聞こえないような小さな声で、ささやくように呟いた。彼の目にたまった涙でかすんで、美桜の後姿がしぐれて見えた。

外では、大将の負傷を知った彦根軍が何度も奇襲を仕掛けているのか、銃声が絶え間なく上空に鳴り響いていた。



(佐那河内の連中と忠成の合流)

美桜と隼人が源一郎負傷の知らせを聞いて、長州藩防衛線の大島口砦に向かったころ、甚五郎の家にいた又五郎は、忠成が長州小野道場いるとの連絡を戸田平馬(小野派の門下生)から受けたのである。すでに、戦いの準備をしていた佐那河内の連中にとっては、思いがけない援軍であった。


(忠成、又五郎らの新連合)

又五郎や与助たち佐那河内の連中は、源一郎のもとに向かう美桜と丹波を見送ると、忠成らの軍団が小野道場に集結しているとの知らせを聞いて、彼らと合流することになったのである。


「どうする忠成・・。」

又五郎の顔は、闘志で少し赤らんでいた。まさに、赤鬼のように凄まじいい気迫をみなぎらせていたのである。それとは対照的に、忠成は普段と変わらず冷静だった。

忠成の門下生は、すでに戸田の指導で、近くの長州藩士源口正英の屋敷に武器弾薬、兵糧を蓄える準備をしていた。

「源口殿の家は、普段から長州藩の西の守りの要として、敵が攻めてきたときの要塞の役目を担って建てられた屋敷らしいのだ。裏は山で、高台に位置しているし、彦根軍の本陣が手に取るように眺望できる。我々が籠城するには最適の屋敷だ。源口正英殿の息子たちは、長州兵として山口城で戦っているらしい。屋敷は好きに使っていいとの許しも得た。」

忠成は、すでに源一郎の命に係わる負傷について連絡を受けていて、大将の負傷で勢いに乗る彦根軍の攻勢を削ぐために、計画を練っていたのである。

「夜に彦根軍の本陣を奇襲する。その後、源口殿の屋敷で籠城だ。奴らは、源一郎の砦と我らの軍との挟み撃ちを嫌って、必ず屋敷を攻めてくる。そこが勝負だ・・。又五郎、与助。彦根軍本陣急襲に手を貸してくれぬか・・。すでに、忍びの三郎に頼んで、本陣の近くには爆薬を仕掛けている。爆薬の爆発で、慌てて出てきた彦根藩士を数十人斬れば、それでよい。後は、撤退して屋敷で応戦する。彦根軍の本陣が乱れれば、源一郎のいる本拠地への襲撃も今のようにはいかぬはずだ。」

忠成の言葉を聞いて、与助と又五郎、赤松が、勢いよく立ち上がり、今にも彦根軍本陣に斬り込む勢いだった。

「少し待った方がいいのではありませんか。」

マイケルが、日本語で又五郎に声をかけた。

「マイケルの言う通りだ。おぬしは、少し冷静にならねば・・。」

忠成が、又五郎の方を向いて、笑みを漏らした。

「とりあえず、みんなの役割を確認せねば・・。」

マイケルは、又五郎たちを落ち着かせようと、笑顔でそう言った。

「それもそうだのう。」

又五郎は、初めて、自分が冷静にならねばならないことを自覚して、恥ずかしそうに座りなおした。それを見た与助と赤松も、又五郎と同じように元の座に戻った。ただ、二人には自分の行動に反省はないようだった。

「佐那河内の銃は、何丁あるのだ。」

忠成の関心は、最新鋭の銃にあった。銃の数が、最強の戦力になることを自覚していたのである。いかに腕の立つ侍でも、集団の戦となれば、火薬の威力にはかなわないのが常識である。

「二十・・。友達の忍者が銃を使えます。もちろん、私とサムも含めて・・。僕は大きな戦争で戦ったことがある。」

マイケルは、スコットランドでイングランドとの戦争の経験があったのである。

指揮官のいない戦争を不安に思っていた忠成にとって、マイケルの最後の言葉は有難かった。

「わしには戦の経験がないのだ・・。(マイケルに笑顔を見せて)どうだろう、マイケルに指揮をまかせては・・。」

忠成は、いきなりそう言うと、その場にいるみんなの顔を見た。

戦争の指揮官は、誰にでも務まる任務ではなかった。戦場の経験者が指揮を執るのが常道であるのは、誰の目からも明らかだった。

ただ、与助だけは「志摩がいたらなあ・・。」と自分の妻がいないことを残念がった。


初戦の又五郎と与助を先頭とする接近戦は、彦根軍に恐怖を与えた。爆薬の爆発と同時に慌てふためいて本陣から飛び出てきた兵士たちの集団に、突進していった十数名の又五郎以下小野門下生の襲撃に、稲穂がかまで刈られるように、彦根兵たちは次々となぎ倒されていったのである。

元々、彦根兵の剣の技量は、小野派一刀流の門弟とは比べ物にはならなかった。それにもまして、佐那河内の四強である与助と又五郎が加わったのである。彦根藩士にとって、彼らと刀を交えて、まともな勝負で、自分たちを守るすべなどあるはずがなかった。しかし、本陣に陣取る兵は、二千人を超える大人数である。次第に、又五郎たち軍団は、数で圧倒し始めた彦根の兵士に押され始めたのである。すると、マイケルの指示通り、源口屋敷に昇ったのろしを合図に、又五郎たちは退却し始めた。戦において、撤退は至難の業である。マイケルとサムを先頭とする二十名の鉄砲隊が、又五郎と与助の襲撃隊の後を追って、彦根藩本陣の近くの丘に潜んでいたのである。彼らは、又五郎らの襲撃隊が退却するのを待って、一斉に追跡してくる彦根兵士に発砲した。彦根の鉄砲隊では、マイケルらが撃つ最新鋭の銃に対抗できるはずもなかった。彦根兵たちは、ほうほうのていで、本陣に駆け戻ったのである。とりあえず、マイケルを中心とする忠成と佐那河内の集団は、源口屋敷で籠城し、源一郎の本拠地への彦根藩の猛攻を中断させることに成功したように見えた。



(会津藩家老 折田周明暗殺)

「右衛門殿は、なぜ、折田殿が京の別邸を私との密会の場所にすると知っておられたのですか。」

西田は、後ろからついてくる編み笠をかぶり、薩摩の紋付き袴を着た右衛門に質問した。 

「どうもこの様な着物は、久しく身に着けたことのないので、私にとって窮屈ですなあ。」

右衛門は、西田の問いをはぐらかすようにそう言うと、声を出して笑った。

「見能林藩主時代には、余りおめしになりませんでしたか。」

西田は、自分の疑問に答えなかった右衛門に皮肉を込めてそう言った。

「もう昔の話です。今のように浪人暮らしが長くなると、このような正装は窮屈で仕方がない。」

西田の言葉をまともにとった右衛門が、自分の着ている着物にこだわりを見せた。

「しかし、私の護衛として、わが藩の上原武兵衛の代役としてついてくるのですから、少々の窮屈は御容赦願いましょう。それとも、ことに及んでたすきでも掛けますか。」

西田はそう言うと、辺りに気をとめることなく大きな声で笑い出した。

その笑い声が余りにも大きかったのか、通行人の何人かが、西田の方をちらりと見た。 

「この男、今から暗殺に加担しようというのに、何の緊張も、心配もしてないようだ。」 

右衛門は、改めて西田の豪胆ぶりを認識した。

西田の方も、右衛門の周到な準備と冷静さに、得体のしれない不気味さを感じていたのである。そして、「もし自分が、右衛門にねらわれたら・・。」と思うとぞっとするのであった。事実、彼の周辺では、常に刺客がうろうろしていたのである。


折田周明の別邸は、両側が竹林の茂った小道を真っすぐに行きついたところにあり、門構えの立派な、かなり閑静な庵であった。門の所には、双栄の報告通り十数人の会津藩士が、家老折田の護衛のために、来訪者に目を光らせていた。家の生垣からかいま見える、門を入ったすぐの中庭には、小さな池があるようで、鯉が跳ねて水面を叩く音が時折聞こえてくるのであった。

「申し訳ありませんが、お二人の顔を確認させていただきます。」 

門前に立つ見張りの会津藩士が、門の中に入ろうとする西田と右衛門を制止した。

「わしだ。薩摩軍大将 西田洋英だ。御家老との密会については聞いているだろう。」

西田は、右手で編み笠を少し上げて、顔を確認させると不機嫌そうに言い放った。

「後ろの方は・・。」

見張りの藩士が、編み笠を深くかぶって、顔を見せない右衛門の方を不審そうな目で見た。

「わしの護衛をしとる薩摩示現流 上原武兵衛だ。」

右衛門の代わりに、西田が会津藩士に答えた。

「顔を見せていただけませんか。」

見張り役の武士が、右衛門の顔を見せるように重ねて要求した。

「おぬしは、薩摩藩士を信用できんのか。どんなところで、冠者がわしらを見張っているとも限らんのに、いちいちおぬし等の検問に応じられるか・・。特に、この上原は忍びの間では、示現流の使い手として名の知られた男だ。密会の意味がないではないか・・。玄関に入ったら、笠はとる。気に入らぬのなら、御家老に西田がそう言ったと、連絡してこい。」

西田の厳しい口調の中に、威嚇的な抑揚が込められていた。

「失礼仕った。」

西田の気迫に負けた護衛役は、あきらめたように一歩下がって頭を下げた。

二人は、見張り役を無視するかのように、さっさと玄関の方へ向かっていった。

「何が示現流の使い手だ。あいつに我が藩きっての使い手の蛯名・久慈の相手ができるか。万が一、事が起これば、瞬殺されるのが落ちだわ・・。」

護衛役の男は、二人の背中を見ながら、悔しそうにささやいた。

西田が秘密の会談を申し込んだとき、家老 折田は「暗殺」と言う二文字が、頭に浮かばなかったわけではなかった。それでも、西田の単独会談に応じたのは、海老と久慈と言う会津藩きっての剣豪に全幅の信頼をおいていたせいもあったのである。


床の間を背にして折田が座り、両脇に蛯名と久慈が左右に座っている。案内に、ふすまを開けられた西田は、用意された座の位置を見て、一瞬怒りを覚えた。折田の下座に座布団が置かれていたのである。ただ、西田の表情は、少しも不満の様子を外には見せていなかった。西田が座布団の上に座ると、始終うつむき加減の右衛門が、その後ろに目立たぬように座った。

「さて、西田殿は何か用でもあられるのか・・。」

折田は、時間を割いて西田の面会に応じたことに、恩を着せるようにそう言った。

「先日、長州藩の木場殿が薩摩藩邸に来られましてな・・。」

西田はそう言うと、折田の顔を見てにやりと笑った。

「ほう。薩長連合が成立したのは本当でしたか。(折田も西田の笑みを見て、対抗するように、にやりと笑った。)ただ、薩摩様も余り軽率な行動に出られると、連盟を組んだ相手が崩壊しては、元も子もありませんなあ・・。」

折田は、そう言うと、横に座っていた蛯名と久慈の顔を見て、二人を警戒するように目で知らせた。


一方、裏玄関では二人の会津藩士が、裏口から出てくる怪しい人間がいないか見張っていた。

「佐々木様、森口様。」

その二人に声をかけたのは、忍びの装束をまとった双栄だった。

双栄の呼びかけに、一瞬刀の束に手をやった二人は、にこにこ笑いながら自分たちに近づいてくる双栄に気づくと、安心したかのように、刀の束から手を離した。

「双栄か。どうしたのだ今頃。殿に用でもあるのか。」

森口が、持っていた竹筒の水筒を取り出し、水を飲むため口に近づけようとした。

すると、近くに潜んでいた双栄の手下が、いきなり飛び出してきて、森口の腹を刺して、叫び声を上げないように口をふさいだのである。いきなりの殺傷にあっけにとられていた佐々木が、双栄の方を向いた瞬間、同じように双栄に胸を刺されて、手で口を塞がれたのであった。二人ともほぼ即死であった。


西田と折田の会話に戻る。

「そこなんです。我らとて、幕府軍に敗れた長州藩と同盟を組んでも仕方がない。それゆえ、もし同盟を組むからには、今度の戦で、どうしても長州に勝ってもらいたい。」

いつの間にか、西田の顔が真剣になっていた。

「おぬし、何のためにここへ来たのだ。わしらをからかいに来たのか。」

折田の表情が険しくなり、怒りで手元が震えていた。その間、右衛門は、気づかれないように、西田の後ろでゆっくりと紋付羽織を脱ぎ始めた。

「どうです。こたびの戦、会津軍さえいなければ、案外、長州の勝利は見えてくるかもしれませんぞ。(座から立ち上がり)長州征伐から会津軍を引いてはくれませんか・・。」

西田はそう言うと、入ってきた襖の方へ退いた。

「何をたわけたことを・・。狂ったか!」

折田はそう言いながら、何故か、西田の後ろで西田と一緒に立ち上がりもせず、じっと座っている右衛門の顔を見た。

「もしや、おぬし・・。」

折田は、そう言った瞬間、両脇に控える蛯名と久慈の方に目をやった。

二人は、怯えた目をした折田の恐怖を察して、刀の束に手をやった。

「斬れ!そこにいるのは、う え も・・・」

折田が、そこまで言ったとき、右衛門の刀が蛯名と久慈の抜刀よりもはるかに早く、爆発的な瞬発力で、彼ら三人に向かって白刃の閃光が三度走った。蛯名と久慈は、彼らの刀が抜かれる寸前に腹を払われ、折田は、右衛門の逆袈裟斬りで、胸から首まで引き裂かれたのである。

襖の陰で潜んでいた双栄が、暗殺の現場を確かめた時には、久慈と蛯名は刀の束に手をやったまま、うつ伏せに倒れていた。同じように、折田周明は刀に手をやることもできずにあおむけに倒れ、無惨に瞬殺されていたのである。辺りは血の海と化して、目を覆いたくなるような凄惨な光景になっていた。しかし、殺された三人は、あっという間の出来事に、一言の叫び声も上げられることもできなかったのである。もちろん、外の屋敷を固める会津藩士が気づくことはなかった。

「あなたは、ばけものだなあ・・。」

これまであまり動揺したことがなかった西田の顔が、顔面蒼白になっていた。

「西田様、我ら忍びの間では、右衛門様は、鬼と呼ばれております。」

双栄は、自分の仕業のように、誇らしげに右衛門の剣をそう評した。

「双栄、折田暗殺の件、長州に向かっている佐吉に知らせてくれんか。」

右衛門は、二人の会話に関心も示さず、双栄に次の任務を頼んだのであった。

「承知・・。二人は裏口からお逃げ下され。すでに見張りは始末しました。」

双栄はそう言うと、暗殺現場から姿を消した。

「西田殿、今のうちに・・。」

右衛門は、あっけにとられて、じっと右衛門が暗殺した死体を見ている西田に、逃走を促したのである。


(佐吉動く)

時はさかのぼり、

京に忠成が右衛門を訪ねた時、二人で話し合ったことがあった。


忠成が泊った京の宿に、右衛門が浮田史郎を伴って訪れた。

「どうだ酒でも・・。」

あまり酒が好きでもない右衛門が、忠成のために、宿の中居に頼んで酒と京料理を注文して、部屋に持ってこさせた。その後ろから、浮田史郎が着流し姿で入ってきて、二人の邪魔をしないように、部屋の片隅に大人しく座った。

忠成は、久しぶりに右衛門に会えて機嫌が良かった。

「まさか、源一郎がおぬしの義理の息子になるとはな・・。」

右衛門は、忠成の前に座ると、そう切り出した。

忠成は、障子を半分開けて、その隙間から聞こえてくる京の町のざわめきを楽しもうとした。右衛門は、彼に盃を渡すと、徳利の酒を注ぎ、膳に置かれた自分の盃にも酒を注いで、部屋の角でかしこまっている史郎の方を向いて、

「そんなところにいなくても、こっちへ来んか。」

そう声をかけた。

「はあ。」

史郎はそう言うと、遠慮しがちに二人のそばに座りなおす。

「忠成、この史郎の面倒見てくれんか。元新選組の殺し屋だが・・。剣の筋は見るべきものがある。おぬしが引き受けてくれれば、この男も新選組から縁が切れると思うのだが。」

右衛門がそう言うと、

「わしは、何の異論もない。」

忠成はそう言うと、史郎の顔を見た。

史郎は、忠成の言葉に応じるように、

「よろしく頼みます。まさか、忠成様に拾ってもらえるとは、想像もしていませんでした。」

と言うと、心底嬉しそうに、彼に向かって頭を下げた。

「ところで、もう一つ頼みがあるのだが・・。」

右衛門の顔が真剣になった。それに応じるかのように、忠成の顔から笑顔が消えた。

「おぬしも知っておると思うのだが、陽明は、源一郎に加担して、幕府打倒計画を考えているようなのだ・・。奴の計画を実現するには、長州征伐で江戸から進撃してくる会津軍の進行を遅らせねばならん。」

忠成にとっても、源一郎が長州戦争に参戦した以上、他人事ではなかった。

「そのために、わしは会津軍の司令官 折田周明を斬ろうと思う。(腕を組んでふっとため息をついて)しかし、折田との面識もないわしが奴に近づくのは、相当難しい・・。」

右衛門は、折田に近づく手段として、薩摩軍大将 西田義厚を利用しようとしていることは、忠成には話さなかった。

「井伊祐直に続いて、会津藩家老 折田周明を斬れば、おぬしは全国の主要な大名を震えあがらせるだろうな。」

忠成は、つがれた酒を飲み干すと、痛快な気分になって、彼らしくない大きな声で笑った。

「しかし、わしの暗殺がうまくいかなかった時、別の策を考えねばならん。そこで、おぬしに頼みたいのだが、、大坂にいる佐吉と、わしの考えた策を検討してはくれまいか・・。」右衛門は、そう言うと、懐から一枚の地図を畳の上に置いた。

そこには、長州の隣国広島藩の地図と藩の内情が書かれていた。


会津軍が長州の国境を越える前に、佐吉と平田たちが、広島藩の小野派門下生を中心とする志願兵で軍を編成するという計画は、現実となって動き出したのであった。

佐吉は、平田喜内、浮田史郎と共に、時をおかずして、芸州広島藩へと向かった。そして、広島藩小野道場筆頭 井伏貴文を介して、浅野家筆頭家老 辻寛治と会談を行ったのである。

広島藩四十三万石は長州の隣国に位置し、外様大名として、幕府とは歴代良好な関係を保っているとは言えなかった。昔をたどれば、元禄赤穂浪士の時代から、幕府は芸州浅野家(赤穂浅野家の親戚筋)を外様の田舎大名に押し込める施策をとってきたのである。そんな歴史的背景もあって、今度の長州征伐でも、幕府は広島藩に軍を出すように再三命じてきたが、広島藩主をはじめ藩の重役たちは、長州に出兵することを、拒絶する方向で合議が一致したのである。中でも、筆頭家老 辻寛治は、軍出兵を拒絶する意見の中心人物であった。


「山野(佐吉)殿、おぬしらアームストロング砲二門をこの広島藩に持ち込んでいると、報告が入っているが・・。そんな恐ろしいものをどうなされるつもりだ。」

辻は、佐吉たちの不穏行動に対しても、穏やかな表情で問いただした。

「わが主君、佐藤右衛門様からどうしても会津軍二万の進軍を邪魔するようにとの依頼がありまして・・。」

佐吉も辻の質問には、少しもひるむところがなかった。辻は、佐吉たちの行動に察しをつけていると判断していたのである。

「佐藤右衛門と言えば、あの井伊殿暗殺の下手人という噂があるが・・。確か、見能林藩元藩主であられたので・・。」

辻は、遠回しに、右衛門に関する知識を披露した。

「はあ、私は、見能林藩元勘定方として殿に使えた身なのです。」

佐吉は、商人のなりはしているが、武士である誇りは捨ててはいなかった。それだけに、相手に、自分の素性を知ってもらいたかったのである。

「殿(右衛門)の家臣であれば、武士同士として、対等の体面を保てる。」佐吉は心の中でそう思った。

「それで、私に何かお話でも・・。」

辻は、そう言って、佐吉との仲介の労をとった井伏貴文の顔を見た。

「わが小野派一刀流の頭首 小野忠成様は右衛門様とは親友の仲でして・・。」

今度は、井伏貴文が、小野一刀流の紹介をし始めた。それを聞いていた佐吉が、井伏の話を無駄話のように受け止めた。

「確か、忠成様は、佐那河内四強とも呼ばれているようですなあ・・。」

辻は、佐吉らが思っているより自分たちのことを知っているようだった。

「失礼ですが、単刀直入に言わせてもらいます。(辻の顔を見て)この地の小野道場の門弟から兵を募って、我らの軍を増強したいのですが、お認め願えないでしょうか。」

佐吉の言葉は、辻に対して、下出には出ていなかった。

佐吉たちは、平田喜内の努力もあって、ここまでの道中で、各地の小野道場から志願兵を募り、すでに五十名を超える兵力になっていた。もし、中国地方最大の小野道場である広島の門弟が加われば、二百を超える集団になるのである。ただ、広島藩の門弟の多くは、浅野家に仕える藩士でもあった。そのため、できれば辻の許可がとりたかったのである。

「井伏殿の独断で、門弟から兵を募ったとしても、わが浅野家には関りのないこと。自由にやればいい・・。広島藩重役の中で、異論は出ますまい。出たとしても、この私が潰して見せます。」

辻は、始終機嫌のいい表情をしていたが、なお一層機嫌よさそうに、高笑いをし始めた。

佐吉たちは、いろいろ辻との駆引きをめぐらそうとしていたが、辻の許可は、あっけなく出されたのである。これによって、佐吉と平田、それに井伏率いる忠成の別動隊は、思ったよりも簡単に大所帯で編成されることになった。

「時代は、すでに動き始めているのだな・・。浅野家は、すでに幕府を見限ったのかもしれない・・。」彼らの会話を側で聞いていた史郎が、世の中の流れを実感していた。



(陽明等が、下関に到着する)

会津軍司令官の折田周明が右衛門に暗殺された会津軍は、指揮系統の混乱のため、京を出発するのが、一週間も遅れたのである。

そのおかげで、見能林を出た陽明らを乗せた船は、会津軍の足音をまじかに聞くことなく、下関に近づくことができた。

新次郎と内田清五郎を隊長とする見能林鉄砲隊百人は、弥吉の船が幕府軍の軍艦が数十隻停泊する小倉に着く前に、下関で密かに下船して、その地で新次郎を指揮官とする奇兵隊を再編成し、幕府の攻撃拠点である小倉に徒歩で侵入することになった。


「弥吉さんと私は、小倉に停泊する幕府軍の軍艦を全て沈めるつもりだ・・。」

陽明は、軍艦を大砲で沈めることに不安を持っていなかった。第一の理由は、この船の大砲二門は、アダムス卿がイギリスで発注した最新鋭の大砲であったからである。ねらった獲物は必ず仕留めることができた。それも、弾丸の装填は、旧来の大砲の十倍速くできたのである。もう一つの理由は、幕府の軍艦に乗っている各藩の兵士は、船の操り方もままならないポンコツ操縦士だったのである。陽明は、斥候せっこうから受け取った測量と情報をもとに、砲撃発射角度と砲撃所要時間を綿密に計算していた。恐らく、彼の計算力を上回る日本人は一人もいなかった。彼にとっては、敵の旧式の砲撃など退屈な赤子の玩具のようなものだったのである。

「perfect!」

攻撃計画のいろいろな計算式が、大きなテーブルに広げられた紙にびっしりと書き加えられたのを見て、陽明が、思わず不気味な笑顔を見せながら叫んだ独り言だった。


「清五郎さんと新次郎は、この船から、港に停泊する敵の軍艦に砲撃する号砲が鳴ったら、それを合図にあの小倉城が見渡せる近くの小高い高台(航行する弥吉の船からも見えた)を攻略してください。」

船の甲板には、陽明の他に、弥吉と清五郎、それに新次郎が、最後の攻略計画を確認していた。

「あの高台には、五百程の幕府軍がいるはずだ。小倉城に次ぐ戦略的に大事な陣地だからな。だが、下関はわしの故郷だ。わしが育てた奇兵隊に声をかければ、百や二百はあっという間に集まるはずだ。それに加えて、清五郎さんの鉄砲隊百人がいれば、一日で落として見せる。」

新次郎は、久しぶりの故郷を前にして、高ぶった気持ちで豪語した。

「おぬしらは、この船に積んだ二門の大砲をあの高台まで運んでもらいたい。砲弾は、弥吉さんに頼めばいくらでも用意するそうだ。この船から停泊する軍艦を沈めれば、港が火の海になる。この港に、本陣の敵が急行すれば、高台の防御のために、小倉城からの援軍は望めないだろう。案外、新次郎の言葉もほらではないかもしれんな。」

陽明はそう言うと、新次郎の顔を見てにやりと笑った。その様子を見ていた清五郎と弥吉もつられるように笑みを漏らした。


(奇兵隊襲撃)

「新次郎さん、いくら何でもこの人数で守る敵を落とすのは無理だ。防御壁に囲まれた敵の数が、攻撃する人数より多いのだ。わしのような兵法も知らぬ素人でもそのぐらいのことは分る。」

小倉に向かっていた奇兵隊の一人が、新次郎の歩調にやっと追いついて、息をはずませながらそう言った。

「吉松、わしを信じろ。わしらは必ず勝つ・・。」

新次郎は、後ろを振り向きざまに、最初に忠告した吉松にそう言うと、ハアハア言いながらついてきている、他の仲間の奇兵隊二百人余りの方を向いて、

「お前ら、見とれよ。二度とお目にかかれないほどの面白い戦をやってやるからな。黙って俺について来い!」

そう言い放った。しかし、小倉での戦いに散々な目にあわされて、やっと生き残った彼らにとって、絶大な信頼を寄せている新次郎の言葉でも、そのまま信じる訳にはいかなかったのである。もとをただせば、ここに集まった兵士達は、新次郎の親分肌の性格に惚れ込んで、奇兵隊に入隊した若者も少なくなかった。新次郎は、恐らく、平時に生まれていたら、名の通った侠客きょうかくになれていたかもしれない。

新次郎の家は、下関では指折りの名家であった。

「高山の若は、ご両親の方針で自由に育てられたので、豪放磊落ごうほうらいらくにお育ちになったのだろう。元々のあの家の気性を受け継いでおられるのだ。戦国時代には勇猛果敢で名をはせた家柄だからな・・。」

肩で風切る新次郎の後姿を見ながら、この辺の年よりは、新次郎に親しみを込めてそう噂したものだった。彼には、どこか天真爛漫なところがあって、人を引き付ける魅力があったのかもしれない。

ところが、奇兵隊が小倉にたどり着き、小倉城近くの高台に陣を張る敵に隠れて、敵の陣地に銃口を向けている見能林藩鉄砲隊の最新鋭の銃を目にしたとき、彼らの表情は、一変に明るくなった。

「この鉄砲隊の銃が一斉に敵の本隊に打ち込まれたら、奴らは恐怖で逃げまどうこと間違いないわ。さすが新次郎さんじゃ。わしらのためにここまでお膳立てしてくれ取るとは・・。」

そう言って、吉松は、ぽろぽろ涙を流し始めたのである。これにつられるように、何人かの奇兵隊の兵士が嗚咽し始めた。

その姿をじっと見ていた清五郎が、鉄砲隊の仲間の顔を見ながら複雑な笑顔を見せたのは印象的だった。戦況の行方も分からないうちから、おいおい泣く兵士に一抹の不安を感じたのも当然だったかもしれない。

「馬鹿!見てみろ。鉄砲隊長が笑っておられるわ・・。おぬしらは、連戦を戦い抜いてきた長州兵じゃ。他国のお人達に侮られては、戦に勝てんぞ!」

新次郎はそう言って、吉松らを叱りつけたが、何故か目は笑っていた。

「新次郎さんの言う通りだ。長州兵士の勇猛さを、たっぷり鉄砲隊の方々に見てもらおうではないか。」

兵士の一人がそう言うと、あちこちから敵に知られないように、声には出さず、こぶしを上げて、戦に望む気持ちを鼓舞するのであった。



(小倉城奪還)

次から次へと港に停泊する幕府軍の軍艦が、佐吉の船から発射された大砲に沈められていく。陽明は、甲板のデッキに肘をつき、右手にウイスキーのボトルを持って、炎上する軍艦を無感動な表情で眺めている。

弥吉が、船室から出てきて、陽明の様子を見るために静かに近づいた。

「後、二隻です。今のところ、射程角度も船の接近距離も陽明さんの計算通りです。一発の弾丸も標的を外してはいません。」

弥吉は、陽明の計算能力に感動していた。

「弥吉さん、源一郎は何処にいるんです。」

陽明は、弥吉の言葉に関心を示さず、源一郎の情報を求めた。

「大島口で彦根藩と戦っているようです。事情は分かりませんが、忠成様が与助さんと又五郎さんと合流して、援軍に入ったそうです。」

弥吉から、情報を受けた陽明が、にやりと笑った。

「忠成様も人の親だ・・。あの方は、遠くで見ていると、どこか近寄りがたいところがあるが、案外、情で動く単純なところがあるのかもしれんな・・。」

最後の軍艦に、この船から発射した砲弾が命中し、両対岸は火の海となった。

「これで全滅です。」

弥吉はそう言うと、船の炎上で辺りが明るくなり、陽明の顔が暗闇に浮き彫りになった。

陽明は、残ったウィスキーを空にするために、ラッパ飲みした。

「これからどうします。」

弥吉が、陽明の次の一手を問いただした。

「小倉城は、夜が明けて新次郎が隣の高台を奪えば、小倉城の敵は高台から発射する二門の大砲に耐えかねて、夕方には片が付きますよ。恐らく、明日には、新次郎は散らばった兵をまとめて、山口城に向けて進撃すると思いますよ・・。我々は、清五郎さんの鉄砲隊がこの船に帰還するのを待って、大島口へ向かおうと思うのですが・・。」

陽明は、そう言うと、弥吉の意見を聞くために、彼に視線をやった。

「それでよろしいかと・・。」

弥吉は、陽明に賛同した。

「叔父上の情報は入っていますか。」

陽明にそう聞かれた弥吉は、驚いたように彼の顔を見た。

「権蔵さんには会っていないので?」

陽明は、会っていないことを知らせるために、首を横に振った。権蔵は、大島口の戦況が、佐吉らの援軍で急変する前に、一刻も早く大島口に帰りたかったのである。彼は、右衛門が会津軍司令官折田を暗殺したことを弥吉に伝えると、弥吉が陽明に伝えると思い込んで、暗殺について、直接、陽明には伝えなかったのである。

「右衛門様は、折田周明様を暗殺したようです。」

弥吉は、当然のように、陽明の質問に淡々と答えた。彼は、右衛門が失敗するなど考えもしていなかった。

その知らせを聞いた陽明の顔から笑みがこぼれる。

「弥吉さん、叔父上のことをどう思います。私は、昔、母上に叔父上は人を斬るので、地獄に落ちるのですか・・と聞いたことがある。あの時の母上の困った顔を今でも忘れない。」

陽明は、そう言いながらも、笑顔を絶やさない。

「ほう。母上はどう答えました。」

弥吉が、興味深そうにそう尋ねた。

「右衛門は、自分の命も敵にさらして、生きるか死ぬかの戦いを挑んでいるのです。お互いの覚悟の上の死闘は、ただの殺傷とは違うのです。だから、右衛門は地獄に落ちないのです・・と、母はそう言ってました。」

陽明がそう言うと、弥吉は納得したように頷いた。

「ところが、母の言ったことを叔父上に話したら、高笑いをして、姉上はわしに優しいな・・って、嬉しそうに言ったかと思うと、人殺しは人殺しだ。だが、何とか仏様におすがりして天国に行きたいものだな・・などと、冗談を言って煙に巻かれました。」

陽明は、そう言うと、右衛門の言葉を思い出して含み笑いをし始めた。

「私は、正直言って、四強(与助、又五郎、忠成、正幸)の方々が、にこにこ笑っていても、時折、得体のしれない恐怖を覚えることがあるのです。いきなり、機嫌が変わって問答無用に斬り殺されるのではないかってね・・。でも、右衛門様にはそんな恐ろしさを感じたことがない。あの方は、殺意のない人間に刀を抜くような侍ではない。そう信頼できるのです。」

弥吉は、一生懸命、右衛門の地獄落ちを阻止しようとしているように見えた。彼の理屈の通らない話を聞いて、陽明は思わず声を出して笑ってしまった。


(下関の戦いの終結)

小倉での戦いは、陽明の予想通り、新次郎率いる奇兵隊の勝利に終わった。

弥吉の船が港の軍艦を全て沈めると、敵の幕府軍は、指揮系統が完全に混乱してしまい、ただ、何の警戒もなく、港に惨状を見に来る兵士でごった返した。すると、今度は小倉城の近くの高台の陣営の方角から、清五郎たちの鉄砲隊百丁が一斉に高台の本陣めがけて銃を発射したのである。見張りの連中は一瞬にして即死し、陣から慌てて出てきた兵士達が、次から次へと銃の餌食になったのである。中にいた敵の兵士は、銃の脅威で外に出て応戦することもできず、ただ陣の中で右往左往するばかりだった。そのスキをついて、新次郎を先頭に奇兵隊二百人余りが、敵が防衛のために築いた土塁を次々と突破して、半時余りで高台を制圧したのである。

「やはり、最新鋭の銃の威力はものすごいですなあ・・。あなた方は、我々にとって最高の援軍です。」

陣営の中が完全に制圧されたのを機に、清五郎たちが入場してきた。その時、新次郎が清五郎にかけた言葉は、感謝の気持ちがこもっていた。

「まもなく、大砲二門が小倉城に向けて、ここに設置されます。新次郎殿、砲撃の指令はあなたにお任せします。」

清五郎は、新次郎の感謝を込めた言葉に余り関心を示さず、次の戦の準備で頭がいっぱいだった。

「どちらが、司令官か分からない・・。」新次郎は、清五郎のスキのない適格な行動に感心して、思わず苦笑を漏らしたのである。


小倉城への砲撃で、陽明の予想通り、夕刻には幕府軍が城を逃げ出す姿が、高台から手に取るように確認できた。その結果を知った長州兵が、新次郎のいる高台に蟻の集団が巣穴に戻るように集まり出した。

「やはり、陽明の計画通り、我らは城の周りに近寄らなかったのが良策だったようだ。幕府の奴ら、逃げ道があるから城を死守する気概もなかった。」

新次郎は、清五郎にそう言うと、今さらながら陽明の計画の緻密さに感心するばかりだった。

「我らは、これで船に戻ります。恐らく、源一郎様のいる戦場に向かうと思うのですが・・。

これでよろしいでしょうか。」

清五郎は、新次郎と戦況について意見をかわすこともなく、淡々と自分たちの次の任務をこなそうとしていたのである。

「いろいろ世話になりました。後は、我々だけで山口城へ向けて進撃するつもりです。」

新次郎は、清五郎に深々と頭を下げた後、清五郎に自信に満ちた笑顔を見せた。

彼の無邪気な笑顔を見た清五郎は、初めて、新次郎に笑顔で答えた。

清五郎は、新次郎に一礼して、背を向けようとしたとき、新次郎が声をかけてきた。

「清五郎さん・・。(少し迷って沈黙が続いた後)わしは、この戦が終わったら、三味線の師匠になるつもりだ・・と、陽明に言っといてくれませんか。」

そう言うと、子どものような純粋な目で清五郎をじっと見た。

清五郎は、新次郎の言葉にどう反応したらいいのか困ってしまい、

「そう伝えておきます。」

それだけ言うと、鉄砲隊に号令をかけて、坂道を長い列をなして下り始めたのであった。

下関の戦いは、新次郎たち奇兵隊の完勝で終了した。



(大島口の戦い)

幕府軍は、人数の少ない原口屋敷を攻め落とそうと、数百人の兵で攻めてきた。

高台の原口屋敷の下に広がる広大な田園地帯に、丹波を中心とする忍びによって、火薬の山があちこちに仕掛けられている。

彦根藩を主流とする幕府軍は、高々五十人にもならない与助、又五郎、忠成らの拠点を、いつでも潰せるとたかをくくっていたが、意に反して、何度試みても、彼らを全滅させることができなかったのである。

その理由は、マイケルの適格な防御作戦もあるが、何よりも兵站へいたんの確立にあった。前にも言ったと思うが、原口屋敷は、有事において、敵の侵入を防ぐ要としての砦の役目をした。そのため、屋敷の裏山には、物資を運び入れる秘密の通路が作られていたのである。その通路を通って、大前屋の喜一郎の命で密かに運搬してきた火薬を、甚五郎の配下の漁師が、裏山を通って運び入れたのである。やはり、甚五郎はただの網元ではなかった。彼が声をかければ、大島の漁師はおろか、近隣の漁師仲間が彼のために馳せ参じたのである。

物流ルートのおかげで、マイケルらは、彦根軍の再三の攻撃にも、火薬の不足する心配はなかった。ヨーロッパのでの物流戦争の経験のあるマイケルは、その利点を十分知り尽くしていたのかもしれない。

数百人単位で、突進してくる敵が、隠された火薬の山を通過しようとすると、マイケルとサムは、射程距離が敵の銃の数倍もある最新鋭の銃で、屋敷の塀から、火薬の山に弾丸を打ち込み、火薬を爆発させるのである。通過しようとした数百の軍団の兵士達が、木にとまった鳥の群れが、誰かに木を揺すられて空に舞い上がるように、空中で宙を描くのである。次の瞬間、屋敷の門が空き、忠成を先頭に、小野派一刀流の最強の軍団十数名が、逃げ惑う彦根兵の群衆に突っ込んで行く。散り散りになった兵士には、応戦する気力も剣の技量もなかった。兵士達は全員、何とか逃げ帰ることしか頭になかったのである。

「あっけないものだな。戦場でこれほど剣の腕が役に立つとは思わなんだ・・。」

マイケルの後ろで、敵を蹴散らしている忠成らの勇猛な戦いを見ていた又五郎が、にこにこしながら、与助に話しかけた。与助は、嬉しそうにその言葉に頷いた。

「まあ、マイケルの指揮能力も認めなければならないですがね。」

与助が、彼らの近くにいるマイケルとサムに聞こえるようにそう言って、彼らの機嫌を取った。すると、

「戦いはこれからです。」

マイケルは、そう言うと、又五郎と与助の方を見て微笑んだ。

命からがら逃げ去った彦根兵を見届けた忠成達の集団が、悠々と屋敷の門に入って来るのを見ていると、周到な作戦と武器の威力があれば、少人数の武士団でも負けない戦ができることを、実感せざるを得なかった。


(源一郎の陣営)

一方、源一郎の陣営では、指揮官不在の状態で、散発的な戦闘を何とかしのいでいた。なんと、源一郎の代わりに美桜が、髪を後ろに束ね、戦闘服を身にまとい、接近してくる敵の兵士を押し戻すために、味方の先頭に立って、刀を抜いて応戦したのである。

「やはり、小野一刀流頭首の娘だ・・。」

美桜の勇敢な姿を見張り台から見ていた長州兵が、感心したように横にいた藩士にささやいた。

「源一郎殿が負傷した時は、さすがに降伏が近いと思っていたが、美桜様のおかげで、皆、奮い立ってるぞ。さすがに、女が勇猛に戦っているのに、じっと後ろで見てるわけにもいかんでな・・。」

同僚の男は、そう言うと、声を出して笑った。

「おぬしの言う通りだ。男はつらいわ・・。」

そう言うと、同調するように笑い出した。


佐吉の援軍の到着、陽明らを乗せた弥吉の船の接近。丹波からもたらされる知らせを聞いた、美桜や将太、哲太達は、戦の勝利を予感していた。ただ、源一郎の容態は、一進一退を繰り返し、未だに立ち上がることさえできなかった。

「わしの医術の技量もこれまでだ。これ以上の回復を望みたかったら、西先生の所へ行かねば・・。本島の西屋敷には、西洋の薬が揃っている。何より、西先生が治療を施せば、源一郎も何とかなるかもしれん・・。」

隼人は、自分の医療技術の限界を感じていた。

「やっと、戦のめどが立ってきたのに・・。(両ひざに両手をおいて悔しそうに)三郎、とにかく西先生の所へ行って、源一郎を一刻も早く連れて行くから治療の準備をしていてくれるように言ってくれ。すぐ、本島に走れ。」

心配そうに源一郎を見ていた三郎が、丹波からそう頼まれた。彼は素直にうなずくと、音もたてずに障子を開けて、あっという間に姿を消した。

三郎の行動をじっと見ていた美桜が、しばらく考えた後、再び汗びっしょりになって目を閉じている源一郎の顔に目をやった後、

「仕方ありません・・。丹波さん、敵の彦根藩主と会いたいのですが、どうにかなりませんか。」

いきなり美桜から想像もしていない依頼を受けた丹波が、驚いたように美桜を見た。

彼女の顔は、意を決したかのように、迷った表情がなかった。

「なくはないが・・。」

丹波は、その時、彦根軍と同行してきている京成の息子の京馬の顔が、頭に浮かんだ。

「奴がこちらの申し出を受ければ、何とかなる。恐らく、藩主に会わせてくれるだろう・・。」そう判断したのである。彦根藩では、忍びの地位は、他の藩での扱いとは違っていた。井伊家は、各地の大名に目を光らせて、事が起こればすぐさま幕府のために馳せ参じるのが家訓であった。そんな幕府の重鎮として、揺るぎのない家系にあった井伊家では、忍びの役割は格段に大事であった。それだけに、代々、彦根のお庭番は、藩重役並みの扱いを受けていたのである。京成のような怪物が彦根藩から出たのも、環境からくる必然だったのかもしれない。

「私が何とかしなくては・・。それまで、隼人さん、源一郎のことをお願いします。」

美桜は、そう言い終わると、隼人に深々と頭を下げた。

その姿を見ていた隼人は、自分の置かれた責任の重さに、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


(京馬)

「どうだ、勝てる見込みはあるまい。」

佐吉らと広島藩小野一刀流の門下生を中心とする軍勢が、大島口に到着し、彦根軍の陣営にアームストロング砲の弾丸を打ち込める小高い丘に陣を張る準備をしているところを、物陰から様子をうかがっている忍びがいた。

丹波の声を背後から聞いたその忍びが、体を反転すると、太刀を抜いて身構えた。

「おぬし、油断したな・・。もう囲まれているぞ。」

丹波がにやにや笑いながらそう言った。彼は、月夜の光に照らされた京馬の姿がはっきりと見えるところまで近寄ってきた。

「何の用だ!」

京馬は、警戒を解いていない。辺りを注意深くうかがうと、確かに丹波以外の忍びが、自分の側にいたのである。

「そう警戒するな。今は敵味方でも、かつては気心の知れた仲間だったではないか。」

丹波の父権蔵は、幕臣柳生義親の腹心 秋山忠直に仕えていた。丹波と京馬はその頃からの知り合いだった。もっとも、京馬の父京成は、井伊家の重鎮で家禄をもらい、丹波の父の権蔵のような雇われ忍びとは、身分は違っていた。しかし、何故か二人の息子は、顔を合わせると馬が合った。京成はもとより、権蔵も名の知れた忍びとして仲間内では一目置かれる存在だったのだ。そのため、二人の息子の境遇には類似点も多かった。

「京馬、変わりないか。」

丹波に続いて、京馬に声をかける忍びがいた。京馬は、慌てて声の方に振り返る。

「双栄さん。いったいどういうことなんだ・・。なぜ、二人が一緒にいるのだ・・。」

京馬には、二人が同時に出現したことが理解できなかった。

「事情があって、わしは権蔵と組むことにした。今は、会津藩とは関係を断ち切ったのだ。」

双栄は、悪びれもせず、淡々と京馬の不審な気持ちに答えてやった。

双栄の言葉を聞いた京馬は、勝ち目がないとあきらめたように、刀を鞘におさめて、ふっとため息をついた。

「用件を聞こう。」

そう言うと、再び、丹波の顔をじっと見た。

「今のわしらの戦の大将 源一郎は、お前も知っておると思うが、負傷して立ち上がることもできん・・。そこで、源一郎の妻で、大島口の事実上の指揮官の美桜様が、おぬしの主君の井伊博文様に、戦の交渉をしたいと言っておるのだ。京馬、取り次いではくれんか・・。」

丹波は、単刀直入に京馬に用件を伝えた。

京馬はにやりと笑って、

「あの女大将か・・。わしら兵士の間でも、話題でもちきりじゃ。確か、小野忠成様のご息女とか・・。敵ながら、さすが小野一刀流の血筋だな。」

京馬は、そう言うと、表情をすっかり緩めてしまった。

「お前は、この戦の戦況を把握してると思うが。今、お前が様子をうかがっている援軍の他に、港に陽明を乗せた佐那河内の軍船が着岸する。あの船には、最新鋭の鉄砲隊百人の他に、今お前が見ている大砲より優れた二門の大砲も積まれている。彦根軍に勝ち目はない・・。我らが総攻撃をかければ、下関ように、大島口の幕府軍は全滅するぞ。」

丹波の言葉を聞きながら、京馬は反論することができなかった。

「今は答えなくてもよいが、わざわざお前に仲介を申し出たのは、もう一つ理由があってな・・。」

今度は、双栄が京馬に言葉をかけた。

「わしは、双栄と言えば、もう少し骨のある忍びと思っておった。」

双栄の言葉に、京馬が皮肉で答えた。

「まあ、何とでも言え。わしにはわしの考えがある。忍びもこの時代の流れに乗らねば、ただの殺し屋に落ちぶれるのが関の山だからな・・。もう一つ、虫のいい話をするが、お前もわしらの仲間にならんか・・。権蔵とわしと、お前が加われば、何か面白いこともできるかもしれんぞ。少なくとも、時代に沈む泥舟と心中する災難からは、逃れられるかもしれんしな。」

丹波が京馬に視線を向けた後、双栄の意味深な言葉に同意するかのように頷いた。実は、京馬も迷っていた。時代の現況からして、このまま井伊家に仕えたところで、薩長を中心とする新しい勢力が、幕府を頑なに信じる頑固者たちを倒していくのは、目に見えていたからである。井伊家に家禄をもらっている家臣とはいえ、京馬も元々は忍びである。井伊家は、ただ自分たちを重宝に使っていることには変わりはなかった。

「京馬、お前の前の主人井伊祐直様は、われら佐那河内の右衛門様に暗殺されたのは知っておるだろう。(少し沈黙があって)申し訳ないが、おぬしの父も、右衛門様に倒された・・。」

丹波が、話を続けようとしたが、京馬がさえぎった。

「わしの父は、わしに、万が一自分が斬られても、右衛門を仇と思うなと言っていた。父は、最強の敵と戦うことを喜んでいたのだ。そして、父は敗れた・・。右衛門とは、それほど強いのか。」

逆に、京馬が丹波に質問した。

「あれは人ではない。野獣だ・・。(沈黙が続き)右衛門様は、会津藩家老 折田周明を斬ったぞ。わしの手引きでな・・。わしは、これで権蔵と肩を並べられたと思っておる。裏切りは、忍びにとって恥でも不名誉でもないと、わしは思っておるのだ。信じるのは、おのれの知略と能力だけだ。忍びは、誰にも縛られん・・。」

双栄は、井伊家から禄をもらって仕えている京馬をあざけるようにそう言った。

何故か、丹波も京馬も双栄の言葉に共感するものがあった。

この時、京馬は、会津の指揮官の死で、幕府軍が長州戦争での敗北を決定的なものにしたことを確信した。

「丹波の提案、主人に伝えておく・・。」

京馬が丹波の申し出を受けた。これで、大島口の戦は終戦に向けて、大きく展開すると丹波は思った。そして、

「双栄さんの言ったことも考えておけよ。わしらは、いつでもお前を待っておるからな。」

そう言って、京馬に微笑みかけた。京馬は、それに答えるかのように、素直に頷いた。


(大島口終戦)

美桜の戦争の交渉に随伴したのは、忠成の一番弟子である平田喜内であった。又五郎や与助も交渉の参加に前向きだったが、美桜の父の忠成は、使い手である二人の相手への威嚇を嫌った。

美桜と平田が床几に座る対面には、距離を置いて、彦根藩主 井伊博方、少し離れてその横に、家老 森成武吉、さらにその横には、京馬が座っていた。敵の二人を威嚇するつもりなのか、遠く離れた内幕の周りには、藩士たちが彼らを取り囲んでいた。

「さて、小野殿(美桜)はどのような意図で敵の陣営に乗り込んでこられたのかな。」

最初に口火を切ったのは、井伊博方だった。

井伊祐直が暗殺されると、彦根藩は、彼を病死として幕府に届け出て、次期藩主の選定を急いだ。祐直には息子がいたが五歳の幼少であったため、井伊家の家系から名前が挙がったのが博方だった。年は三十を過ぎていたが、これと言った悪評はなく、家臣の間で異議をとなえる者もなく、すんなりと藩主に推挙されたのであった。元々、彼は名門井伊家の出身ということもあって、幕府への忠誠心は子どものころから叩き込まれていた。そこで、当然のように、祐直の藩運営の方針をそのまますんなり受け継いだのである。

「もはや、彦根軍の勝ち目はなく、これ以上争ったところで、あなた様の家臣の命を無駄に亡くすだけの結果になるのは必定かと・・。わが方としても、相手方が終戦を希望するならば、戦いを続ける理由もなく、藩主様の意見を聞きに参った次第です。」

当然のように、美桜の言葉に彦根藩側は全員あっけにとられた。彼女は、相手に「降参しろ。」と、単刀直入に迫ったも同然の言い方をしたのである。中でも、大将の井伊博方も、美桜の言葉には開いた口が閉じられなかった。

「いくら女でも、容赦はせぬぞ!」

博方の顔が、みるみる真っ赤になった。

「殿、お静まりを・・。」

博方の怒りを沈めようとしたのは、以外にも、家老の森成武吉であった。

武吉は、彦根藩の家老として、祐直の時代から仕えてきた老人だった。性格は温厚で、藩の重役の間でも彼を悪く言うものはいなかった。

「小野一刀流 忠成殿のご息女と聞いておるが・・。あなたは、武士の礼儀というものをお父上から教えてもらったことはござらんか・・。」

森成武吉は、美桜を諭すように、笑顔で語りかけた。

しかし、美桜は家老の言葉に耳を傾ける様子もなかった。

美桜は平田に視線を向けた。すると、

「我が援軍二百は、大砲二門でこの陣営に標的を定め、いつでも打ち込む用意ができております。更に、明け方、下関で幕府方小倉軍を壊滅させたわが佐那河内の軍艦が、大島口の港に着岸し、最新鋭の銃を持つ鉄砲隊百名が、この彦根藩陣営に向かって進撃する予定。更に、軍艦から最新鋭の大砲二門が、我ら援軍の大砲が発射されるのを合図に、一斉に発砲する予定になっております。更に・・。」

美桜の指示を受けた平田が、覚えてきた言葉を一挙に吐き出すように並べ立てて、味方の戦況の有利をまくし立てたのである。

「もうよい・・。京馬!」

藩主博方が、平田の言葉の事実を確認するように、京馬の方に視線をやった。

藩主に呼ばれた京馬は、床几から立ち上がり、藩主の方に向かって会釈をして、

「恐れながら、平田殿が言われたことは、我が配下の者が集めた情報と一致しております。」

この時、京馬はほっとした気持ちになったのである。戦況の情報は、自分の配下の忍びが、毎日のように彼に報告を入れた。彼は、その内容を軍指揮官たちに報告するのだが、一向に藩主に伝わった様子がなかったのである。「このままだと、大将は戦況を知ることなく、兵を死なせることになる。そうなったら、わしの立場はどうなるのだ・・。ただの無能な諜報員ではないか。」彼は、苛立ちながら手下に愚痴をこぼす日々が続いた。

京馬の言葉は、周りを取り囲む兵士達に動揺をもたらし、あちこちで彼らのざわめきが起こった。

美桜は、静かに敵将の反応を待った。さすがに、言葉を失った井伊博方は、周囲の動揺を押さえるために、強気の態度を取らざるを得なくなった。

「美桜とやら、身分をわきまえよ!わしを誰だと思っておる・・。関ヶ原の戦いで井伊の赤備えと恐れられた井伊家の血をひく末裔ぞ!戦となれば、我らは引くという選択は決してあり得ぬ。(笑顔を見せて)おぬし、一つ忘れていることはないか・・。この戦を少し耐え忍べば、会津軍二万が、背後からおぬしらを捻り潰しに来るということをな・・。」

博方は、わざと余裕を見せるかのように、大きな声で笑い始めた。

「よくもまあ、そんなカビの生えたような話を持ち出して、虚勢がはれるものですね・・。」

美桜は、博方の虚勢を見透かしたように、遠慮もなく笑い始めた。

「なに!」

博方は美桜の言葉に気色ばみ、刀の束に手をやった。

それを見た平田が、すかさず美桜の前に飛び出て、彼女を守る態勢を取ろうとした。すると、美桜はゆっくりと立ち上がり、刀を抜こうとする博方の方を睨みつけて、

「井伊様、いつでもお相手しますよ。女と言えども、我が小野一刀流の武道の心得は、祖父と父から教え鍛えられておりますので・・。」

美桜はそう言うと、にこりと笑って、腰に刺した刀を抜いた。

すかさず、平田が、

「まさか藩主の助太刀はあるまいな・・。我が方は、女の身でありながら、敵の大将の挑戦を受けようと言っておられるのだ・・。それとも何か、井伊の赤鬼というのは、ただ顔に紅を塗った道化師か・・。」

そう言って、藩主の顔を見た後、威嚇するように周囲を見渡した。

「殿、刀からお手を離され!相手は、小野一刀流頭首の娘ですぞ。この場の死闘の結果次第では、小野一刀流の門下生が黙っておりますまい・・。」

さすがに、家老 森成武吉の真に迫る叱責に、博方は我に返ったように、一歩後ろにひいて、刀から手を離すより仕方がなかった。

「美桜様、わしは若いころ、小野一刀流の門下生として道場に通ったことがござってな・・。

それにしても、武門の血筋とはいえ、勝気なお方じゃ・・。(声を出して笑った後、すぐに真剣な顔になり)殿の対面もござる、もう少しご遠慮願えぬか。」

家老の言葉に、今にも血なまぐさい騒動が起こりそうだったこの場が、平穏を取り戻した。

すると、京馬が藩主に向かって、

「会津軍司令官 折田周明様は、右衛門の手によって斬り殺されたとの知らせが入っております。従って、会津軍は、未だ京で足止めを余儀なくされ、我らが頼みの会津軍の到着は、恐らく、間に合わないかと・・。」

京馬は、この時、丹波の誘いに乗ることにしたのである。

京馬の知らせを聞いた井伊博方は、恐怖の表情を隠すことができなかった。叔父祐直に続いて、折田までも右衛門に暗殺されたのである。彼は、生涯、右衛門という名を聞くたびに、「井伊の赤鬼」を重ね合わせて、連想するようになったのである。


博方は、何も言うことなく交渉の場から立ち去った。家老 森成武吉は、その後ろ姿を見ながら、一つため息をつくと、

「美桜殿、おぬしの勝ちじゃ・・。わが兵を皆殺しにはできんでな・・。明日には、この陣を引き払う。後は、よろしくな。」

そう言うと、美桜に深々と頭を下げた。

これで、大島口の戦いは、無駄な血を流さずに終戦したのである。


ほっとして、陣を立ち去ろうとした平田に近づいたのは京馬であった。

「平田殿、わしは、申し出を受けることにした・・と、丹波に言っておいてくれんか。」

京馬にそう言われた平田は、何のことかわからなかったが、とりあえず、丹波に京馬の言葉を伝えることにした。



(陽明と源一郎)

空晴れ渡る気持ちのいい朝、西先生は、家にあった竹ぼうきを持ち出して、玄関の前の生け垣近くの木の葉を掃いていた。

ふと、前の坂道に目をやると、青い海を背景に、二つのぼやけた線のようになった、若い男女の二人ずれが坂道を上がってくる。


「先生!」

西先生に向かって声をかけたのは、陽明だった。

思わず西先生の顔がほころぶ。

「陽明君か・・。隣にいるのがナタリーさんだね。」

西先生は、陽明の妻ナタリーとは初対面だった。

西先生に声をかけられたナタリーが、「ハーイ」と言いながら、笑顔で片手をあげた。それに応じるように、はにかみながら、彼も手を挙げた。

「源一郎は、どうですか。」

陽明が、少し心配そうな顔をして、西先生に源一郎の容態を聞いた。

「担ぎ込まれたときは、私も治せる自信はなかった・・。ただ、美桜さんの看病もあって、今では、談笑をするまで回復しました。これも、最初に傷の手当をした隼人のおかげかもしれません。」

西先生は、陽明の質問に丁寧に答えた。

「隼人か・・。あいつに会いたいなあ・・。」

陽明はそう言うと、晴れ渡る青空を眩しそうに仰ぎ見た。

「隼人には、長崎に残してきた患者がいるのでね。二日ほど前に帰りました。」

西先生が、隼人の事情を説明した。

「そうですか。」

陽明は、残念そうにそう言った。そして、ナタリーの方を向くと、

「これ西先生に・・。こっちは、隼人さんが来たら、渡してください。」

ナタリーはそう言うと、西にオランダ語で書かれた医学書と小さな包みを、西先生に手渡した。

「こんな貴重なものを・・。いいのですか。」

医学書の内容を確認した西先生が、嬉しそうにナタリーの顔を覗き込みながらそう言った。

「彼女が頼んでイギリスの祖父が送ってきたものです。隼人には、医術の道具がいいと思って・・。」

陽明が、ナタリーに代わって西に説明した。

「すまんな。ナタリーさん。」

西先生は、そう言うと、ナタリーの手を取って、固く握りしめた。西にとって、医学書は何よりの宝物だったのだ。日頃、余り感情を表に出さない西先生が、子どものように喜んだ。


陽明とナタリーは、玄関は通らず、源一郎がいる部屋の前の庭に入って行った。

「源一郎!」

陽明の大きな声が、辺りに響き渡る。すると、庭に面した部屋の障子が開いて、美桜と布団の上に上半身持ち上げた源一郎が、笑顔を見せながら陽明たちを出迎えた。

陽明は、部屋のつながる縁側の板の間にこしをかけ、ナタリーに座るように促した。

「お前は運が強いからな。こんな苦境に、こんないい嫁さんをもらうんだから・・。」

陽明はそう言うと、初めて体を反転して、源一郎の方を見た。

「よう言うわ。えらそうに・・。」

源一郎がそう言うと、二人は顔を見合わせて、どちらからとはなく、大きな声で笑いだした。

「美桜さんは、ナタリーとは初対面か。」

陽明が、取り残されたようにぽかんとしている二人の女性に気を使った。

「以前少し顔を見たね。」

ナタリーはそう言うと、美桜に微笑みかけた。美桜は、佐那河内でナタリーの顔を見て、挨拶はしたが、異国人のナタリーに圧倒されて、ろくに話もできなかった。

「美桜です。よろしくね・・。」

今日、初めて相手の顔をまともに見て、ナタリーに声をかけることができた。

「わしらと違って、二人は仲良くやってくれよ。」

源一郎は、初めて陽明の冗談のお返しをた。

「よう言うわ・・。」

今度は、陽明が源一郎に向かって、同じように反応した。

その後、四人は前に広がる瀬戸内海の青い海を何も言わずに眺めていた。


「俺はしばらく、ナタリーとイギリスに行ってくる。アダムス卿がナタリーに会いたがってるしな。その間、源一郎と美桜さんが、佐那河内いてくれれば、みんなも助かると思うんだ。長州が戦に勝って、世の中は急展開する。(真剣な顔をして源一郎を見て)佐那河内もどうなるか・・。又五郎さんたちは、忠成様に頼まれて、大坂の小野道場の師範代に復帰するそうだ。佐那河内の港は、弥吉さんや源一郎さんの力の源泉だから、そう簡単に時の為政者の好きなようにはさせられんしな・・。」

陽明は、長州の戦で佐那河内が多大な貢献をしたにもかかわらず、必ずしも薩長連合が、佐那河内をどう扱うか、楽観はしていなかった。

「今度の戦では、佐那河内の武器の威力を実感した連中が、力で村を奪いたいと思っても不思議ではないからな・・。ひょっとすると、これからの戦の勝ち負けは、優れた武器の数で決まるのかもしれんな・・。」

陽明は、源一郎の言葉に思わず驚いて、彼の顔をびっくりしたように見た。源一郎は、冷静に世の中の動きを見ていたのである。

「そう言うことだ・・。でもな、俺は、今度の戦で自分が何をやりたいのか分からなくなった。ガロワという友は、歴史に残る数学の研究者なのに、政治運動に明け暮れて、最後にはつまらない決闘で死んでしまった。現実に生きている限り、学問の世界に没頭することは、生きていることから逃避することだ・・と、ガロワは言っていたけど、戦ったところでどうなるものでもないような気がしてきた。」

陽明は、長州戦争で戦死した高山新次郎の顔を思い浮かべていた。ふと、三人の顔を見ると、陽明の言っていることを理解できずに、ぽかんとした顔で彼の話を聞いていた。

陽明は、慌てて話題を変えた。

「ところで、叔父上はどうしているんだろうな。」

あれこれ勝った戦の話や現状の総括をするよりも、四人にとって最大の関心事である右衛門の名を出した方が、愉快であったのだ。

「あの人は、人ではないと誰かが言っていたが、剣の腕を差し引いても、どこか常人ではないような気もせんではないな・・。」

源一郎がそう言うと、陽明が嬉しそうに頷いた。

「私も会ってみたいな。あなたたちが、そんなに嬉しそうに話すんだもの・・。よほど面白い人なんですね。」

二人の話を聞きながら、初めて美桜が話に入ってきた。

すると、

「右衛門は、普通の人。でも、どこか魅力があるの。」

美桜に右衛門の実像を説明するように、ナタリーが真剣な顔をしてそう言った。

「まあ、いつか会えるさ。叔父上は無敵だからな。死にゃしない・・。」

源一郎が、ぽつりとそう言った。

源一郎と陽明にとって、右衛門は、尊敬の対象ではないが、子どものころからの英雄であり、心の支えであったのかもしれない。


「はくしょん!」

土手で気持ちよく寝転がって爆睡していた右衛門が、いきなりくしゃみをした。

「誰かがあなたの噂をしてるのかもしれませんよ。」

横で黙って座っていた春が、右衛門の寝ぼけた顔を見ながら、笑いながらそう言った。



           「右衛門11」おわり


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