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右衛門シリーズ全編  作者: FZ
18/43

右衛門7-3

1

右衛門の借家に珍しい男が現れた。

「長崎代官 野中要と申す。」

そう言って、野中は、丁寧に頭を下げた。

「長崎代官が、何用で来られた。」

右衛門は、不審そうな目で、野中を見た。

「いや、警戒なされるな。右衛門殿が長崎におられると聞いて、どうしても一度会いたいと思いましてな・・。江戸にいる頃、あなたの友人の秋山正幸殿からあなたのことは散々聞かされました。縁あってこの地の代官を拝命して数年になりますが、まさかあなたに会えるとは思わなかった。」

野中は、嬉しそうに訪問の理由を述べた。

右衛門も、正幸の名を聞くと、ほっとしたように和やかな表情になった。この男、意外と人見知りなところがあった。

「そうですか。すると、あなたも柳生流ですか。」

右衛門は、そう言いながら、野中の剣の技量を探ろうとした。

野中は、こくりと頷いて、

「私は、正幸殿ほどの使い手ではないですが、道場の末席をけがしていた次第で・・。」

野中は、謙遜した。

しかし、右衛門にはそうは思えなかった。油断のないそのたたずまいに、相当の使い手ではないかと思わせる雰囲気があった。

「しかし、私に会いに来ただけではありますまい。何か他にあるのでは・・・。」

右衛門のその言葉に、野中の笑顔が消えた。

「実は、昨日四人の侍の死体が川で見つかり、検分の結果、二人は背後から、残りは気づいて応戦したようですが、刀を抜く前に鮮やかに一刀両断で斬られ、まもなく絶命したようです。傷跡から薩摩の示現流ではないかと思い、手下に探らせた結果、死体はいずれも薩摩の侍でして・・・。」

野中が、手短に事件の内容を説明した。

「その死体には、手首と腕に刀傷がありませんでしたか。」

右衛門が尋ねた。

「おっしゃる通り。やはり、その傷の原因はあなたでしたか。あれほどの傷を負わせるのは、よほどの達人と思っていましたが・・・。」

そう言って、野中が確信したように頷いた。

「思った通り、相当の使い手だな。」

右衛門は、野中をそう判断した。

「その取り調べに来られたので・・。」

右衛門は、それにしても野中の来訪が理解できなかった。取り調べなら、直接代官所に呼び出しがかかってもよかったのである。

「いや、死人には悪いが、私はあの事件に何の興味もないので・・・。実は、私に内々に大目付 秋山正直様から命令が下されまして・・・。」

野中の顔が、一層真剣になっていた。

「ほう。」

右衛門は、それだけ言うと、野中の言葉を待った。

「いずれ、あなたと薩摩の家老 別所殿との間で争いがあるかもしれん。その時は、迷うことなく、右衛門殿に助力するようにと・・・。」

野中は、そう言うと、右衛門の表情をうかがった。

「さすがは、大目付だ。そんな情報まで掴んでいましたか。私は、故あって、通詞の大屋吉長殿をお助けしたいだけ・・。相手が、大屋殿から手を引けば、何の争いもないのだが・・・。」

右衛門は、野中がどこまで掴んでいるのか探りながら、慎重に言葉を選んだ。

「薩摩は引きますまい。たとえ、密貿易が御交誼ごこうぎに発覚したとしても、島津公の権力を笠に着て、公然とこの陰謀押し通すのは必定・・。我ら末輩は、あの連中に何度悔しい思いをした事か・・。それだけに、大目付様も、今度の一件、非常な関心を持っておられるようで・・。」

野中のこの言葉を聞いて、右衛門は、何も隠すことがないことを知った。彼は、右衛門以上に、薩摩藩の情報を手に入れていたのである。

「私も、薩摩とまともに争いを起こそうなどとは思っていません。ただ、大屋殿の問題が片付けば、それでいいのです。」

右衛門は、大事にならないよう願っていることを改めて野中に説明した。

しかし、野中は、右衛門の思うようには事は運ばないと確信していた。

「われらは、あなたの味方であることを、くれぐれもお忘れなく。」

野中は、応援の意思を伝えに右衛門の家にやって来たのではあるが、この問題の策がある訳ではなかった。要するに、応援団になることを宣言しに来ただけだった。

右衛門は、野中が去った後、これからの騒動を考えると不安が心をかすめた。

「なぜ、大屋のような弱いものを事件に巻き込まなければならないのだ。」

やりきれない憤慨がふつふつと湧き上がり、感情をうまく制御できない自分に戸惑いを感じていた。



2 (人斬り慎吾)

いつものように、夕暮れになると、陽明が家を出て、近くの川縁の土手に上がって望遠鏡をのぞくのである。近頃、月を見る回数が少なくなった。最初のころは、無意識に母がひょっとしたら月にいるのではないかなどと、悲しさを紛らわせるために暗示をかけて、月の表面を眺めていた。しかし、時の経過は、少しづつ陽明の悲しみを癒し始め、学問にのめりこむことで、悲しみを心の奥にしまい込み始めたのである。

「一体、宇宙はどのようにできているのだろう。少なくとも、ニウトン先生によると、宇宙空間は、空気はなく真空でできていて、動き出した物体は、どこまでも動いているはずなんだ。」

陽明にとって、ニュートンは、自分の思考を導いてくれる神のような存在だった。

「物と物の間の力は距離の平方に逆比例する」

ニュートンの重力説は、彼の宇宙を想像する絶対的教えであった。


「ぼうず、何を見てんだ。」

土手を歩いていた青年が、陽明を見て声をかけてきた。

「宇宙の星。」

陽明は、相手の顔を見ることもなく、望遠鏡から目を離さなかった。

「そうか・・。星か・・。秋の夜空に星を見るとは、なかなか風流なものだ。」

陽明の言葉に、戸惑ってしまった青年は、自分でも思いがけない言葉を発した。

彼の名は本橋慎吾(通称「人斬り慎吾」)であった。

「ところで、この辺で、右衛門という有名な剣豪の家があると聞いてきたのだが、お前、知らんか。」

慎吾が、望遠鏡じっと見ている陽明に声をかけた。

その言葉に、初めて陽明は望遠鏡から目を離し、慎吾の顔をまじまじと見た。

「何の用だ。」

陽明の言葉は厳しかった。

「いや、わしも剣の修行をしているものでな。少しばかり右衛門殿に会って、ご教授願おうと思ってな・・・。」

陽明の警戒心を察知した慎吾が、無理やり表情を崩して陽明に答えた。

「おじさんは、今、ここに来ると思うよ。会いに行かなくても、待ってたらいい。」

陽明は、そう言うとにやりと笑った。

彼は、この本橋慎吾が、右衛門を狙う刺客ではないかと疑っていた。しかし、陽明にとって右衛門の剣の実力は絶対であった。

「誰が挑もうが、負けるはずがない。」

そう思っていた。それは、ニュートンの教えと同じレベルの確信であった。


夕暮れの中、右衛門が、陽明と慎吾のいる方向に向かって来た。

右衛門は、相手と自分との警戒の領域に入った瞬間から、刺客の殺気を感じ取っていた。

「若いな。闘志をみなぎらせている。」

右衛門は、そう思いながら真っすぐ慎吾の方へ向かって行く。

彼は、自分の呼吸に意識を集中するように、いつもより深く呼吸をした。相手の気迫を、自分の呼吸で吸い込んで、相手の殺気に乱されない心の平静を保つためだった。

右衛門の剣は、たとえ死闘の最中でも、特別な緊張を嫌った。まるで、普段の意識の流れの中で、相手より早く剣を抜き、何事もなかったように相手を斬って捨てる。その境地が、自分流の目指す剣の理想であった。

右衛門の身体的能力からして、

「自分の攻撃の気配を相手に気づかせない・・。そのためには、生死の恐怖から少しでも遠く離れたところに自分の意識を置き、相手に少しでも自分の動作の変化を察知させない。」

それができれば、勝負は勝ったも同然であった。

右衛門は、近頃、柄にもなく剣の極意を考え始めた。もちろん、現実は理想から程遠かったが、理想に向かうことで、以前よりは剣に興味を持ち始めていたのである。そして、その興味に比例して、彼の剣の技量は向上していた。


勝負は一瞬で着いた。慎吾のけたたましい気合いの奇声が、川のほとりに響き渡たった次の瞬間、ぱたりと声がやんだ。慎吾の刀が上段に構えて、今にも右衛門に振り下ろされかかったとき、ものすごい速さで、慎吾の腹に右衛門の抜いた刀の一閃が通っていったのである。慎吾の腹から鮮血が飛び散り、声を出すこともなく体が地面に沈んだ。

「叔父上!何も殺さなくとも・・!」

陽明が、右衛門を非難した。

「この相手、殺さねば、わしが死んでいたのだ。」

そう言いながら、右衛門は、倒れた慎吾のところへ駆け寄り、彼の胸に耳を当てた。

「まだ生きとる。陽明!大屋の家へ行って隼人を呼んで来い!わしは、この男、家まで運ぶから!」

右衛門の、叫ぶ声を聞いた陽明は、まっすぐに土手の道を駆けていった。



3 (右衛門の貸し家で、筑紫と陽明が朝飯を食べている)

「かねさん!うまい朝飯だった。ご馳走様。」

筑紫が、台所のある土間に向かって、声を張り上げた。

「先生。かねさんはいませんよ。とっくに、自分の家に帰ってしまった。」

陽明が、筑紫にそう言った。

「そうか・・。」

筑紫は、茶碗に白湯さゆを注ぎ、大きな音を立てて口を啜った。

「ところで、大勢の薩摩の侍が、薩摩お抱え商人 石本善兵衛の豪邸に集まっていると、噂になっているけれど・・・。どうやら右衛門殿が原因と聞いたが、本当なのか。」

筑紫が、興味ありげに陽明に聞いた。

「さあ。」

陽明は、そう言ったきり、なんの説明もしなかった。

「それに、二階で寝ている浪人、相当深手を負っているようだが、あれも右衛門殿が原因か。」

筑紫は、陽明のつれない反応にも関わらず、執拗に聞いてきた。

「薩摩と争いになりそうだとは、隼人先輩から聞いていたけれど、私はそれ以上知りません。それより先生、先生の訳されているケイル全書、非常に興味深く読ませてもらっていますが、どうもニウトン先生の言いたい言葉とは違っているようで・・・。私は、前から習っていた英語を、真剣に勉強することに決めました。幸い、大屋の家には、オランダ・英語辞典があって・・。隼人先輩が、使わないからと言ってお貸しくださいました。」

陽明は、嬉しそうに自分の学問の方針を筑紫に言った。

「ニウトン先生のプリンキピア(ニュートンの主要な著書)は、ラテン語で書かれているというが、英語の解説本ならオランダ語の本とは比較にならないほどたくさんある。ただ、幕府は禁書として我が国では、なかなか手に入らない。」

筑紫は、気の毒そうに、陽明に事情を説明した。

「不可能ではないと、隼人先輩が言っていました。近頃は、オランダ国は国力が衰え、平戸に来る船も、オランダの名を借りて、アメリカ人やイギリス人が船に乗っているそうです。そんな連中と交渉すれば、何とかなると言っていました。」

陽明の目は、野心で輝いていた。

筑紫はそんな熱い思いを聞いて、

「いいもんだな、若いお前や大屋が、一生懸命知らない学問に挑戦しているのを見ると、羨ましくなる。わしなど、これから英語を学ぶなど考えも及ばん。ただ、オランダ語と英語は、そう文法も語彙も変わらないと聞いたことがある。陽明!大いにやってみなさい。」

にこにこしながら、筑紫が陽明の目標を励ました。


その時、玄関の引き戸の音がして、

「陽明様、おられるか!」

佐吉の大きな声が、陽明のところまで聞こえてきた。

「佐吉か!」

陽明のはずむような声が、佐吉の声に呼応した。



(右衛門、佐吉、弥吉が集まる。)

右衛門、佐吉、弥吉の三人が、右衛門が寝起きしている奥の部屋に集まった。三人が集まると、何か謀議が交わされることが多かった。

「右衛門様の指示通り、大前屋の大旦那様に薩摩との貿易にからむ話をしましたところ、大旦那様は、いつでも右衛門様の指示に従うとのことで・・・。近頃元気がなく、西先生に本島から何度となく御越し願っていたのですが、妙なもので、右衛門様の話をすると急に元気になられて、手前などは、何度も長崎に行くように催促が届く次第で・・・。」

弥吉が嬉しそうに大前屋宗衛門の近況を話した。

「そうか、宗衛門殿が乗ってくれれば、金の心配はなくなる。何せ、オランダ船一隻分の商品をすべて買い占めようというのだからな・・・。」

右衛門は、いつものように腕を組んで、胡坐をかき、淡々とした口調で言った。

佐吉と弥吉には、あらかじめ薩摩藩密貿易を阻止する大まかな計画を書状で知らせていた。

その計画を確認するために、こうやって右衛門の小さな部屋に、三人が集まったのである。

「殿は何か計画を企てるとなると、途方もない規模になる。わたしなんか、いつもついてて行くのが恐ろしくなる。」

佐吉が、改めて、右衛門の策略に本音を漏らした。

「わしら商人には、それがたまらんのです。いつも大旦那様や喜一郎様と、右衛門様の話をするのは、またなんかやってくれるのではないかという話ばかりです。」

弥吉はそう言うと、膝において体を支えていた手と腕を前に突き出し、身を乗り出してきた。

「知らんぞ、いつもうまくいくとは限らんからな。生死を賭けるようなことはないが、途方もない大損をするかもしれんぞ・・。もっとも、わしは殺される危険は大いにあるが・・・。」

右衛門は、そう言うと、にやりと笑った。

「それでええんです。」

弥吉がきっぱりと言った。


右衛門が、本題に入った。

「佐吉は、弥吉の船で江戸に行き、与助に会ってくれんか。」

右衛門が、佐吉の方を向いてそう言った。

「それで、どのように・・・。」

佐吉は、目をらんらんと光らせて、右衛門の一語一句を聞き逃すまいと集中している。

「与助に頼んで、柳沢義親様に会わせてもらい、尾張藩に、大前屋の長崎での貿易取引の後ろ盾になってもらうよう頼んでくれ。つまり、大前屋を尾張藩のお抱え商人にしてもらいたいのだ。義親様は、尾張柳生 吉重様と近い間柄だ。あの方が、動いてくだされば尾張藩は、いやとは言うまい。」

相変わらず、右衛門は自分の計画を自分の中で整理するように、淡々と佐吉に命じた。

「しかし、それなら、大前屋は以前から尾張藩家老 竹腰様の今尾藩のお抱え商人なので、直接、柳沢吉重様(竹腰の側近)を通じて、尾張徳川様に上申すればよいのでは・・・。」

佐吉が、右衛門の指示に懸念を抱いた。

「敢えて、義親様を動かしたいのだ。今では、義親様は大目付を退いたとはいえ、秋山殿を後釜に据えて、間接的に幕府の権勢を担っておられる。簡単に言えば、幕府と尾張藩両方の後ろ盾を得たいという訳だ。」

右衛門がそう説明すると、二人は納得したように、深く頭を下げて頷いた。

「私は何をすれば・・・。」

弥吉が、催促するように右衛門に尋ねた。

「弥吉には、オランダ船が沖合に来た時、密かに近づける船と船頭を用意してほしい。

もう一つ、弥吉の情報網を使って、オランダ船来訪の動向を見張ってほしいのだが、できるか・・・。」

右衛門が、そう言いながら、弥吉の顔を見ると、

「しかし、薩摩藩は、何も長崎までオランダ船を来させなくとも、薩摩で密貿易をすればいいのでは・・。」

弥吉が、不思議そうな顔をして、右衛門に尋ねた。

「薩摩はオランダ船に、幕府の正式の貿易と安心させて、薩摩と貿易をするのだ。大屋殿によると、薩摩藩家老 別所様の巧みな陰謀で、平戸沖合で荷物の売買をする手はずになっているらしい。」

右衛門は、弥吉の疑問にできるだけ丁寧に説明した。

「わかりました。それでは、右衛門様のご指示通りに準備いたします。」

弥吉はそう言って、右衛門の頼みを胸を張って請け合った。


話し合いが終わり、二人が右衛門の部屋を出かけた時、右衛門が思い出したように二人に声をかけた。

「そういえば、長崎代官の野中要という男が、我々に加担すると言って、わしに会いに来たが・・。弥吉、代官の素性は知らんか。相当の使い手のようだが・・・。」

そう言って、長崎代官のことを弥吉に聞いた。

「さあ、私は何も知りません。調べさせましょうか・・。」

弥吉が答えた。

「いや、正幸殿の友人らしい。差し迫って気になれば、正幸殿に文で聞いてみる。」

右衛門は、野中のことが気になるようだった。

「そうそう、殿の指図通り、又五郎殿に頼んで、赤松(槍の使い手、赤鬼、又五郎の子分)と田村勝信(田原藩青年藩士)を長崎に同行させました。それに佐那河内から哲太と将太が、最新の西洋銃を持って来ています。大屋殿の屋敷の護衛に当たってもらっていますので・・。何でも、見能林藩の清五郎殿が、二人に西洋式銃を渡したようで、ふたりは背中に銃を背負って、船では四六時中、銃の手入れをしていました。」

佐吉が、忘れていた知らせを報告した。

「そうか、清五郎は、わしのことを思って、大切な銃を貸したのだろう。すまんことだ・・。」

右衛門は、清五郎の誠実さに感謝した。

「しかし、殿はなぜ仲間の四強(正幸、小野忠成、与助、又五郎)に声をかけなかったのですか。」

佐吉が、不審そうな顔をして右衛門に尋ねた。

「みんな、今では忙しい身だからな。暇そうなのを選んだのだ。」


(大屋の家で・・・)

「わしが来たからには、この家の方々も、枕を高くして寝てくだされ。何せ、右衛門殿が直々にわしらを指名して、長崎に呼び寄せたのじゃからなあ・・・。のう、勝信!」

赤松は、出された料理をうまそうに食べながら、嬉しそうに田村に声をかけた。

後ろの方にじっと座っている哲太と将太が、大事そうに銃を抱えながら、にやりと笑った。



4 (人斬り慎吾襲撃事件)

右衛門が不在なのを見計らったように、三人の侍が右衛門の家に押し入った。


ちょうどその少し前、陽明は、いつものように慎吾の寝る二階で、隼人からもらったオランダ・英語辞書を使って、ケイル全書のオランダ語を英語に置き換えて半紙に書いていた。

「ようそんなに勉強ができるものだ。陽明は何になるつもりだ。」

だいぶ斬り傷がふさがって、少しだけ動けるようになった慎吾が、陽明の背中に向かって声をかけた。

「何になるなど考えたことはない。人のことはいいから、寝ていたら・・・。」

陽明は背を向けたまま、そっけなく答えた。

彼は、慎吾が自分の部屋に運び込まれたのに不満を持っていた。

右衛門の貸し家は、玄関の土間の障子を開けると八畳余りの座敷があり、奥に右衛門が寝起きする小さな部屋、二階が、かなり広い陽明の勉強部屋であった。他に、台所の土間とそれに続く衝立ついたてを隔てた板の間があるだけだった。

最初、慎吾は一階の座敷に寝ていたが、さすがに用心が悪く、渋々陽明は自分の部屋に慎吾の病床を作ることを受け入れた。最初のころは、慎吾の傷の具合がよくならず、時折、かねが茶瓶に隼人の煎じた薬を入れ、慎吾の口元にもっていけば、辛そうに啜っていたが、やはり体が頑強なのだろうか、そんな衰弱状態から次第に体力を取り戻していったのである。


その数日前、筑紫先生は、いつものように朝食を済ませ、かねにお礼を言った。

「ところで、今日は陽明にいいものをやろう。」

そう言って、筑紫先生は、懐から包みに入った鉄製のものを取り出した。

「なんですかそれ・・。」

先生の正面に座っている陽明が、茶碗を持ち、箸で沢庵を挟みながら尋ねた。

「雷管式小銃じゃ。火薬の装填はいらないらしい。暴漢が襲ってきたら、これを使いなさい。わしには必要のない代物じゃ。」

いつも世話になっているのお返しのつもりだろうか、先生はにこにこしながら、陽明にその小型銃を手渡した。

「しかし、先生、こんなものどうやって・・・。」

陽明が、箸をおいて、銃を受けとりながら筑紫に尋ねた。

「昔、わしが通詞をしているときに、航海中博打で負けたオランダの船員がおってな・・。金を貸してくれたら、これをやると言って、もらったものだ。その船員には、いろいろ西洋の話を聞いたもので、仕方なく金を出してやり、これをもらったのだ。弾は六発しかないが、弥吉さんに頼めば、弾だけなら調達してくれるはずだ。この家は、いつ暴漢に襲われてもおかしくないからな。」

先生は、これでお返しができたと、ほっとしているようだった。

この銃が命を救うとは、この時の陽明には思いもしなかった。


バタバタバタ・・・  人が慎吾と陽明のいる二階を駆けあがる音。

思わず、陽明と慎吾は目を合わせた。

慎吾は、側に置かれた刀に手をやり、柱の方に向かった。彼は、やっと刀を支えに半身起き上がったとき、暴漢が障子を蹴り倒して、白刃を抜くと、

「チェスト―」

と大きな声を上げ、慎吾に襲い掛かった。

賊は三人だった。後の二人も、最初の男に続くように、大きな声を張り上げて、慎吾に迫った。その時、 

バーーン 

けたたましい銃声の音がしたかと思うと、最初に襲い掛かった男のこめかみから血が流れ、布団の上にもんどりうって倒れた。

慎吾は、あっけにとられている二人の侍に向かって刀を抜くと、渾身こんしんの一振りで、後ろにいた暴漢の一人の胴を払った。次の瞬間、赤い鮮血が噴水のように壁に吹きかかった。しかし、慎吾は一人倒すのが精いっぱいだった。傷の痛みで、畳に倒れこんだのである。

残った男は、慎吾を仕留める前に、

「このガキ!」

と叫んで、陽明に向かって襲い掛かかろうとした。すると、陽明は、新たに弾を装填した小銃をその男に向けた瞬間、再び引き金を引いた。

バーーーン 

二回目の弾は、最後に残った侍の顔に当たり、もんどりうって畳に転げ込んだ。即死である。残り二人も、すでに息はなかった。

「慎吾さん!大丈夫ですか。」

陽明が、心配そうに慎吾に声をかけた。

慎吾は、倒れた体を半身だけ、刀の鞘を支えに起き上がった。

「それより、お前・・・、よくあんな離れ業ができたな。震えてないのか。」

驚いて目を丸くした慎吾が、陽明に声をかけた。

「そりゃ、体が固まりますよ。しかし、それほど震えてはいないです。震えたら、銃は撃てないと、自分に言い聞かせて狙いいましたから・・。」

陽明は、そう言うと、座ったまま、にやりと笑った。

「さすが、右衛門殿の血筋だな。おぬしらは常人とは少し違っているらしい。」

慎吾が、冗談とも、真剣ともつかない言葉をかけた。

「母上がよく私のことを、お前はどこか線が一本切れている。と言って笑っておられました。」

陽明がそう言うと、慎吾は傷の痛みを忘れて、その場の凄惨な光景も忘れて、大きな声で笑い始めた。



5 (尾張柳生吉重屋敷)

柳生吉重の屋敷は、尾張藩重鎮とは思えぬほど小さな屋敷を住まいとしていた。もっとも、彼の子供たちは、藩の子弟のための藩校 明倫堂に通っていたため、城下近くにもう一軒別邸を置いて、その屋敷を生活の拠点としているため、この屋敷には、吉重と妻それに数名の手伝いの者がいるだけだった。人望の厚い吉重の館には、絶えず門弟や藩士が訪れ、昼間は、人の絶えることがあまりなかった。柳生義親は、そんな吉重の屋敷の庭に面した来客用の座敷で、登城した吉重の帰りを待っていた。

さすがに、大切な客とあって、吉重の妻は何度となくお茶や菓子を持ってきては、なにくれとなく義親に気を使った。

「御内儀、あまり気を使われるな。わしは、こうやって手の入れられた庭を見ているだけで、気がまぎれるので・・。」

義親は、そう言って、吉重の内儀に声をかけた。

そのたびに、内儀は愛想よく笑顔を見せて座敷を離れた。


しばらくして、廊下を慌ただしく歩いてくる足音が聞こえた。

「待たせたな。」

よほど、急いで帰ってきたのだろうか、吉重の息ははずんでいた。

「そう急がずとも・・。どうであった。」

義親が、尋ねる。

「殿の御前で、三家老が評議をするのは、何か月ぶりだからなあ。もめるやもしれんと、腹をくくって、大前屋を尾張藩お抱え商人としてお認め願おうと思っていたのだが・・。薩摩の話が出るや、殿の顔色が急に変わってな・・・。(義親は少し不安になって、顔を曇らせた。)長崎の貿易の一件では、薩摩に割って入り、オランダ商品すべて買い取れ、と厳命が下された。」

吉重の最後の言葉を聞いて、義親はほっと安堵の胸をなでおろした。

「やはり、尾張公は先の将軍跡目争いに、薩摩の横車で敗れた恨みがおありかもしれんな。」

義親は、そう言って、にやりと笑った。

「恨みがない方が、おかしかろう。将軍就任は尾張の悲願であったのに・・。それを、外様の薩摩の横車でひっくり返されたのじゃ・・。薩摩に恨みのない家臣などわが藩士にはおらんわ。」

温厚な吉重の表情に、一瞬、怒りで眉間にしわを寄せたのを義親は見逃さなかった。

「やはり、右衛門のねらいは間違っていないな。」

義親は、そう感じて、改めて右衛門という男の策士としての一面を評価した。

「殿のおっしゃるには、この一件でうまくいけば、これからも大前屋を尾張藩お抱えとして、商売を認めてもいいとのことだ。それと、右衛門殿に一度会ってみたいと、たっての御希望だが・・・。たとえ小藩と言えども、右衛門殿は元藩主、殿の御命令に従えという訳にはいくまい。」

吉重は、少し困っていた。

「大前屋は、天にも昇る気持ちじゃろうが・・・。右衛門殿の方は、わしも軽はずみな承諾はできん。まあ、長崎へ行ったときに話はするが・・・。」

義親がそう言うと、吉重が驚いたように義親を見て、

「おぬし、長崎へ行くつもりか。」

と聞き返した。

「そのつもりじゃ。今は、わしは幕府では無役だからな・・。」

義親の表情は、明るかった。

「いや、それはちと困る。殿は、わしが長崎に行くように、お命じになったのじゃ。わが藩が前面に出て、薩摩と争えとの並々ならぬご決意じゃ。ここは、我らに任せてくれんか。」

吉重はそう言って、義親が引き下がるのを期待した。

「おぬし、前の笹久内と右衛門との果し合いの際、わしがおぬしの忠告に従って、江戸に帰ったのを忘れてはいまい。おそらく、今度も示現流の薬師実人との死闘は、避けられまい。今回の立ち合いの見届けは、わしに譲ってもらうからな。」

義親は、頑として吉重の頼みを聞き入れる気配がなかった。

「私情を言うな。これは、尾張の殿の御意向じゃぞ・・。」

吉重の口調は強くなっていた。

「わしは、尾張藩家臣ではない。わが主君は、上様じゃ!」

義親の声は、吉重に劣らないほど大きくなっていた。


その時、二人の険悪な会話を聞いていた吉重の妻が現れた。

「お二人のお声は、表まで聞こえてきましたよ。柳生の頭首ともあろうお二人が、何ですかみっともない。」

妻は、そう言って、二人を睨みつけた。

「この内儀、外見よりも気が強そうじゃ・・。それにしても、吉重は、内儀が口を出しても叱りもせん・・・。案外、この夫婦、恐妻かもしれん・・・。」

義親は、ふとそんなことを思い、さっきまでの感情の高ぶりが消え去っていくのを感じた。

「尾張の殿様も、義親様が長崎に行くと報告すれば、納得なされましょう。それに、お二人が揃って行けば、柳生の威厳に関わりましょう。ここは、あなたが譲りなさいませ。義親様も、一度お譲りになったのですから・・・。」

吉重の妻は、義親に軍配を上げた。

少し、沈黙が続き、

「仕方あるまい。しかし、義親殿、今度会った際は、必ず詳しく右衛門と薬師の顛末てんまつを聞かせてくだされ。」

吉重の不機嫌な顔を見て、義親は、尾張公の命令は吉重の勝手な口実ではなかったのだろうかと、疑問に思った。

「御内儀、助かりました。この礼は、長崎土産のカステーラとさせてもらいましょうかのう。(吉重の方を向いて)心配するな。長崎から帰る際は、必ずこの屋敷に立ち寄るから・・。」

そう言って、義親は上機嫌で吉重の屋敷をあとにして、弥吉と与助が待つ船が停泊する田原藩に向かった。




6 (大屋襲撃事件)

「おぬしら、何の用で大屋の家へ来たのだ。」

外の気配に気づいた赤松と田村が、門の外へ出てきて、五人ほどの浪人が大屋の家に入るのに立ちはだかった。

「邪魔をするな!我ら薩摩藩士・・。家老 別所様が、大屋吉長殿を呼んで来いとの命令を出された。我らが、大屋殿をお連れする故、おぬしらは邪魔をするな。」

五人ほどの侍の中心人物らしき男が、恫喝するように二人に大声で言った。

「大屋殿は、おぬしらに同行する意思はないといわれておる。悪いが帰ってくれぬか!」

赤松が、槍を右手に持ち、地面に向けて打ち付けた。

「ほう、おぬし薩摩示現流のわしらに、挑むつもりか。」

そう言って、赤松に対面していた男がにやりと笑った。

「わしらも、右衛門殿に大屋殿を護衛するよう頼まれて、わざわざ田原から来ておるのでなあ・・。脅されて、引き下がるわけにもいかんでな・・。」

赤松はそう言うと、男たち五人に喧嘩を仕掛けるために、少し身を引いて槍を正面に向け、戦う間合いを作った。

後ろで控えていた田村勝信が、赤松の動作を合わせるかのように刀を抜いた。

「痴れしれものめ!かくごせい!」

薩摩の侍がそう言うと、剣を抜き、すさまじい声を上げて赤松と田村に襲い掛かった。

この気迫こそ示現流の真髄であった。薩摩藩士は、一撃で倒す気迫を全身にみなぎらせ、激しい気合いと共に打ち込んできたのである。田村は、怪力でかろうじて受けたものの、交わしたもろ刃を押し込まれた。一方、赤松は最初の一撃を避けるように、槍を振り回して、何度となく有利な間合いを保とうとした。

二人は、示現流の一撃必殺の圧力を何とかかわしたものの、反転攻勢に出ることもできず、劣勢のまま、防戦一方になってきた。

その時、夜の帳を、飢えた狼のように走り寄る人影があった。

「チェストー」

その人影のすさまじい叫び声と共に、薩摩藩士が一人、また一人と倒されていった。

「慎吾!何の真似だ!」

薩摩藩士の一人が、慎吾顔をやっと確認すると、大きな声でその人影に声をかけた。

「わしは、右衛門殿に宗旨がえじゃ!ようも今までわしを利用してきたな!その挙句に、わしに刺客を向けおって・・・。おぬしらは、薬士を葬る道連れじゃ!死んであの世で薬士を待っておれ!」

慎吾が、鬼の形相で声をかけた男に呼応すると、ためらうことなく三人目の男に向かって袈裟に刀を振り下ろし、対抗する余裕も与えず斬り殺した。

ぎゃあー! 

凄まじい叫び声が、慎吾の剣の苛烈さを物語っていた。

その光景を見て、田村と赤松と争っていた残った男たちは、恐怖のあまり戦意をなくしてしまったようだった。

一瞬、隙を見つけて逃げ出そうとした赤松の相手が、背を向けた瞬間、赤松の槍の穂先がその男の背中を貫いた。それと時を同じくして、一転態勢を取り戻した田村の剣が相手の首を刀で払った。残った二人の薩摩藩士も、息絶えて地面に沈んだのだった。


一方、表の騒ぎに紛れて、大屋の屋敷の庭に忍び込んだ三人の薩摩藩士が、刀を抜いて大屋の座敷の障子を開けた。

バーン! 

最初の侍が、将太の銃の弾丸に倒れた。同時に押し込もうとした男が、再び座敷に入り込もうとした瞬間、

 バーン!  

哲太の銃が、その男の頭に命中した。

最後に残った男は、彼らが弾丸を撃ってしまったことを確認すると、凄まじい奇声を上げて二人に斬りかかろうとした。

「悪いな、この銃は二連発製なんだ!」

襲い掛かろうとする男に銃口を向けたまま、哲太がにやりと笑った。

バーン! 

銃声は最後に襲い掛かった暴漢の心臓の真ん中に命中した。即死だった。


「大屋様、終わりました。出てきてくだされ。」

哲太の声と共に、大屋長吉が、震える手で押し入れのふすまを恐る恐る開けた。

彼の顔は、顔面蒼白だった。


この事件より少し前・・・

「慎吾の奴、今夜も出かけて行ったのか。何をしているのだ。最近、毎晩出かけていくではないか。傷が開いたらどうするつもりなんだ。」

右衛門が、不満げに陽明に話しかけた。

「慎吾さんは、”復讐するんだ”なんて言ってましたよ。”つまらないから、やめなさい”って言ってやったんですけどね。」

陽明は、片手に持った本を読みながら、右衛門の問いかけに無関心に答えた。



7 (長崎薩摩藩別邸)

薩摩藩家老 別所広家は、今までにない胸騒ぎを覚えていた。陰謀の計画が、右衛門らの邪魔で、ことごとくつぶされているように思えたのである。

「聞くところによると、紀州藩家老 安藤継正様も、尾張藩家老 成瀬重住様も、最初のころは、右衛門という小藩の元藩主など気にも留めなかったそうじゃ。それが、気が付くと、身動きが取れなくなり、あっさりと奴の思惑通りに事が運んでしまう。あ奴の剣にほれ込んだ柳生、小野の両流派の剣豪たちが、ことごとく右衛門になびいたそうだ。我らとて、奴を侮れば、どんな目にあうやもしれん。考えてみれば、首筋が寒くなるわ。」

別所は、薬士実人(示現流実力者)、稲葉秀郷(薩摩藩家老側近)の前で、弱音を吐いた。

陰謀家というのは、存外臆病な性格の人物が多い。別所もその例外ではなかったのかもしれない。ただし、優れた陰謀家は、弱音は吐いても、自分の描いた陰謀をさっさとあきらめるようなきっぷのいいやからではない。「困った困った」と言いながら、ひるのように執拗に相手の弱点を見つけ出し、最後の最後まであきらめないのである。

別所は、陰謀家として、今話したことがすべて当てはまった。さらに彼には、陰険な策謀家にありがちなひ弱さはなかった。武士としての胆力においても、誰にもひけはとらなかったのである。もし、右衛門が、今まで先手を取ってきたことで過信でもしたなら、別所という男を見くびっていたことになる。彼は、生まれの良さだけで、これまでの地位を築き上げた、今までに名の上がった家老とは少し違っているのである。もっとも、右衛門にとっては、策謀で別所と張り合っているなどとは思ってもいないかもしれないが・・・。

ただ、大屋を助けたい。隼人の悲しむ顔が見たくない。その目的のためだけに動いていたのかもしれない。


「別所様、示現流は、柳生や小野とは違います。きっと、右衛門を倒して見せます。」

薬士が、別所に意気込んだ。

「そうあってもらわねば・・・。おぬしの腕を見込んで、右衛門との死闘の場、必ず作ってやる。あ奴が地に沈んでこそ、この争い、完全に我らの勝ちになるのだからなあ・・・。」

一転、薬士の闘志で元気を取り戻した別所は、薬士の敗北など考えてもいないようだった。ただ、傍で聞いている側近の稲葉は、なぜか一抹の不安を感じていた。

「あの本橋慎吾は、右衛門の剣の素早さになすすべがなかったと聞いている。いかに薬士とて、そう手放しで信頼していいものやら・・・。今までの別所殿とは思えぬ・・。」

稲葉は、ふとそう思ったのである。


「稲葉、何度でも大屋の家を襲ってやれ。右衛門が、大屋の家に注意を払っている間に、オランダ船の密貿易を、何はともあれ成功させねば・・・。」

別所のいつものずる賢い表情が戻っていた。

「しかし、オランダ船の通詞はどういたしましょう。大通詞の大屋が使えぬとなると、相手が信用するかどうか・・・。」

さらに稲葉は、

「オランダ船と言っても、乗っている船主はイギリス人です。船の船長は、我らの密貿易について承知しているとはいえ、船主のイギリス人が疑いだすと、この商談怪しくなるのでは・・・。イギリス人は、幕府の信用を得て、ゆくゆくは、自分たち自らでこの国と商売したいらしいのです。」

別所が、直近の難題を別所に報告した。

「仕方あるまい。薩摩が昨年家臣に召し抱えた本条という元長崎通詞がいる。船長には、通詞が変わったことを何とか言い訳して、船主のエゲレス人を丸め込むのだ。よいな・・。ただ、これだけの変更を余儀なくさせた大屋は、いずれ見せしめにせねばな・・・。」

そう言って、別所は薬士の顔を見て、暗に大屋の暗殺を促した。




8 (オランダ船との交渉)

右衛門達は、百十石船に乗って長崎沖までやって来た。オランダ船に近づいた船の甲板で、大屋が必死に白旗を振って、大きなオランダ船に合図を送っている。やがて、その旗に気付いたオランダ船から小さなボートが下ろされ、彼らの船に近づいてきた。


大きなテーブルを挟んで、手前には、大屋(通詞)、右衛門、喜一郎(大前屋店主)、それに、どうしても連れて行けときかなかった陽明が、テーブルに埋もれるように座っていた。一方、向かいの席には、船の責任者で、イギリス人オーナーのアダムス、オランダ人船長ケンペル。それに、二人の側近が彼らの両端に座っていた。

「(オランダ語)大屋さん、何の用で来られたのか。」

ケンペルが、大屋に穏やかに尋ねた。

オランダ語が分かるアダムスは、始終穏やかな表情で、四人の顔を見ていた。

「(オランダ語)今回の貿易相手の薩摩が依頼した洋上での商談は、長崎代官が許可したものではなく、いわば密貿易です。我々は、すでに代官所の承諾を得て、今回の貿易のやり方を、慣例通りあなた方の船を平戸に着岸した後、一旦代官所の検閲の後、長崎会所に荷を預け、この横におられる尾張藩お抱え商人 大前屋と商談をまとめてほしいのです。もちろん、薩摩藩の提示した値段以上であなた方の商品を買い取るつもりです。」

この話を聞いた、ケンペルとアダムスは、大きく目を見開いて、お互いの顔を見た。

「(オランダ語)あまりにも突然の話なので、少し我々も協議しなければなりません。もちろん大通詞の大屋さんを疑うわけではないが・・・。失礼だが、あなたの横におられるお方と、その横におられる少年は、どなたですか。」

ケンペルは二人のことがずっと気になっていたようだ。

「(オランダ語)これは失礼した。こちらは佐藤右衛門殿、今回の商談のために、尾張藩や幕府と交渉をまとめたお方です。その横の少年は、右衛門殿の甥御様で、西洋の学問を学んでおられる陽明君。今回、イギリス人のアダムス様が乗船されているというので、どうしても会いたいとせがまれ、やむなく同行を許可したのです。」

その説明を聞いて、アダムスは、陽明に興味を引いたのだろうか、彼の方を向いて、親しみのある笑顔を見せた。その表情を見た陽明は、慌てて立ち上がり、アダムスに礼をした。


交渉は、結論を見ることなく、船長と船主は、自分たちで議論し始めた。

「(英語)いくら大屋の話でも、ここは慎重に考えた方がいいと思うのですが・・・。薩摩藩は、この国ではトップクラスの雄藩。下手に、ここにいる連中を信用しては、後々、厄介なことになるのでは・・・。」(ケンペル)

「(英語)その方がよいでしょう。彼らには了解したふりをして、薩摩と取引すれば、後はこの連中と薩摩の問題・・。我々は、金を受け取れば、さっさと日本を離れればいいだけの話。厄介な尾張と薩摩のいざこざに巻き込まれる必要はない。」(アダムス)

二人は、英語を話すことで、大屋には知られず、結論を出したと思っていた。


「(英語)それは困ります。わが叔父、右衛門の話も聞いてください。」

いきなり、陽明が、二人に向かって英語で話しかけたのである。

二人はただあっけにとられて、口を開けたまま、じっと陽明を見つめるしかなかった。

やっと自分を取り戻したアダムスが、

「(英語)君は、英語がわかるのか。」

そう言って、答えるのが精一杯であった。

陽明は、軽く頷くと、

「(英語)もう一度言います。わが叔父は、日本で有数の剣豪なのです。もし、あなた方が、そのような理不尽な交渉で我々を裏切ったなら、この場で何をしでかすかわかりません。私が通訳しますから、せめて叔父の話を聞いてください。」

そう言うと、陽明はアダムスに親し気な笑顔を見せた。

人というものは、繊細な感情を持つ動物である。陽明の微笑みは、アダムスが絶えず持っていた緊張の中で、ほっとするような安心感を与えた。

「(英語)陽明君の希望通り、右衛門さんの話を聞いてみましょう。」

アダムスは、陽明にそう言った。


「叔父上、二人は、薩摩と商談すると言っています。叔父上から説得してみてください。私が英語で通訳してみますから。」

陽明は彼なりに必死であった。

「陽明頼むぞ!(しばらく考えて・・・)我らは、この交渉に当たり、幕府の柳生義親様、柳生吉重様を通じて尾張藩主の承諾を取り付け、やっとこの場にいるのです。もし、あなた方が、当方の頼みを受け入れないとなれば、私はこの船で、あなた方の船員の全員を相手に一戦交えて、力ずくでもお聞き入れ願わねばなりません。そうなれば、これは依頼ではなく、生きるか死ぬかの勝負をかけた強制になります。もう一つ、あなた方も、この交渉を受け入れないということは、日本国の法を破ることであり、幕府を敵に回すことになるということになりますが、よろしいかな・・・。」

右衛門の気迫は、果し合いをするときのような怪しい不気味さを持っていた。

陽明は、右衛門の言い分をアダムスとケッペルに淡々と伝えた。


ケッペルは柳生義親の名が出た時から、ある記憶がよみがえっていた。

ケッペルが以前に日本に来た時、平戸に就任していたカピタン(オランダ商館責任者)のティツイングと共に、江戸に行き将軍に謁見したことがあった。その後、江戸の長崎屋で江戸幕府の重役たちと宴会が開かれた。その時、ケッペルは通訳を通じて、大目付の柳生義親と談笑をしたことがある。その会話で、柳生流の頭首でもある義親に、

「(オランダ語)この国で、一番強い剣士の名はなんといいますか。」

と、冗談交じりに聞いたことがあった。

その時、義親は、

「それは難しい質問だが、わしの知る限りでは、元見能林藩主 佐藤右衛門という男が、一番強かった。」

と言ったのを思い出していた。


「(英語)彼の行った事は、脅しではないかもしれない。以前この国の最強剣士の名が、右衛門という名だったのを思い出した。」

アダムスにそう言うと、ケッペルの顔が、次第にこわばっていった。

しかし、アダムスは、イギリス貴族の生まれで、それなりの騎士道を心得ていた。

「(英語)それではこうしよう。この船に乗っている私の側近のエドモントは、喧嘩では負けを知らない男です。その男と勝負をして、右衛門さんが勝ったら、素直にこの船を平戸に寄港させ、長崎会所に、法律通り、一旦荷物を預けましょう。ただし、その商品の商談の権利は、わが方は関知しないので、勝手に代官所が交渉相手を決めてください。これでいいですか。陽明君・・・。」

アダムスは、いつの間にか、陽明を交渉相手に決めていた。

「(英語)有難うございます。しかし、それだけでは、私は何のためについてきたのかわかりません。アダムス様、もし叔父が勝ったら、私にニウトン先生の英語で書かれたプリンキピア(ニュートンの著書)を頂けないでしょうか。すぐにとは言いません。次の来航で結構です。」

陽明は、初めて自分の希望をアダムスに切り出した。

「(英語)ニュートンは我イギリスの知の至宝なのだよ。私は、今すぐあなたの願いをかなえられると思うよ。確か、私の船室のカバンの中にあるはずだ。」

陽明は、アダムスの言葉に色めき立った。

「叔父上!今から、果し合いをなされ!そうすれば、何もかもうまくいきます。」

陽明は、有無を言わさず、右衛門に果し合いを促した。


(甲板の上で・・・)

相手のエドモントは、西洋の短剣と長剣をもって、右衛門の周りをぐるぐるとまわって、相手のスキをうかがっていた。

「なんで、わしがこんな男と剣を交えねばならんのだ。陽明の奴、わしが英語を知らんと思って、勝手にこんなことを決めよって・・・。きっと、何か魂胆があるに決まっている。」

右衛門は、相手の動作に注意を払いながら、そんなことを思っていた。

甲板には、船員たちが集まり、大きな声でヤジを飛ばし、エドモンドの勇敢な戦いを見守っていた。しかし、エドモンドは、右衛門が雑念を抱いて闘えるほど、右衛門の相手にはならなかった。

三周ほどぐるぐる回ったエドモントは、相手の気合いを推し量ることもせず、何の根拠もなく、いきなり長剣と短剣をかわるがわる振り回しながら、右衛門に襲い掛かった。それと同時に、右衛門は微妙に体を交わすと、ものすごい速さで剣を抜き、白刃でエドモントの腰のあたりを払った。

一瞬、周りの人々は、どちらが勝ったのかも分からず、静寂に包まれた。次の瞬間、エドモントのベルトは、真二つに切られたまま、ズボンだけが下にずり下がったのである。集まった群衆は、最初何が起こったのか理解できなかったが、時間がたつにつれて、周りは爆笑と感嘆に包まれた。この瞬間、陽明は、プリンキピアを我が術中おさめたのである。


四人の見送るために甲板に立っていたアダムスが、陽明を見て微笑みながら尋ねた。

「(英語)陽明君、君は、デカルトの主張のように、宇宙はエーテルで詰まっていて、それが惑星を動かしていると主張する稼働説か、ニュートンの言うように、何にもない真空に重力が働いているという考えと、どっちが正しいと思う・・。」

アダムスはそう言って、自分の知識を陽明に披露することで、驚かせてやろうと思っていた。

「もちろん、ニウトン先生の真空が正しいのです。」

陽明は、船から降りる縄梯子につかまりながら、笑顔でアダムスにそう答えた。

「(英語)君はいい学者になれるよ。私は、君のような少年がこんなところにいるなんて思ってもみなかった。久しぶりに、自分がイギリス人であることに誇りを感じさせてもらったよ。君を裏切らないように、ちゃんと約束は守るからな。イギリスの騎士道にかけて・・・。今日は本当に愉快な日だった。叔父さんにもそう言っておいてくれ。」

そう言って、アダムスは、嬉しそうに手を振った。

そして、ケッペルのほうを向き、

「(英語)あの子は、天才だよ。」

そう言って、にやりと笑った。



9 (オランダ船でのアダムスとの交渉の数日前)

弥吉の船は、柳沢義親、今は彼の配下となり柳生指南役として江戸で道場を指導する田崎与助、それに大前屋の店主 大前喜一郎が、長崎に到着した。いよいよ、薩摩藩 別所広家が企む長崎密貿易を失敗に終わらせるための主要メンバーが、長崎に集結しつつあったのである。


「陽明様、まだ星を見るには、日が高くありませんかなあ・・。」

夜の観察のために家の近くの土手に上り、望遠鏡を準備していた陽明に与助が声をかけた。

一瞬、その声にびくっとした陽明が、与助の方を凝視した。

「与助か!」

みるみる陽明の表情が和らいでいく。

与助は、さっきから必死に涙をこらえていたが、その声を聞いて、目からあふれる涙を抑えきれなくなった。

「ようお元気で・・・。母上、伊予様の葬儀にも参列できず。何とお詫びしたらいいか・・・。」

与助は、涙で目の前にいる陽明の顔が見えなくなりそうになった。

「田崎様、そんなに感情を高ぶらせたら、陽明様も戸惑ってしまいますがな。」

一緒にいた喜一郎が、与助のうろたえぶりをたしなめた。

「陽明様、右衛門様はご在宅ですかな。」

喜一郎が、陽明の方を向いて聞いた。

「います。おそらく横になって、私の本でも眺めているのでは・・・。叔父上は、天文のことを学ぶ意思がないのに、私の本を見ては、いろいろ聞いてくるのです。困ったものです。」

陽明は、そう言って、辺りを和ませながら、二人の後ろでにやにや笑っている威風堂々とした侍を見た。

「この方は・・・。」

少し興味深げに、陽明が与助に尋ねた。

「江戸柳生家頭首 柳生義親様です。」

やっと、陽明を見た時の高ぶりから冷静になった与助が答えた。

「陽明殿とは、二度目の再会でのう。一度目は、陽明殿が幼少の頃、佐那河内で会ったことがある。おおきゅうなりましたな・・。」

義親が、親し気に陽明に話しかけた。

陽明は、今までにない位の高い人間に出会ったのを肌で感じ取り、義親に慇懃に頭を下げた。


義親の顔を見た右衛門は、慌てて飛び起きて、部屋の中をうろうろし始めた。

「このようなむさくるしい所へ・・・。恐縮です。とりあえずは中へ・・・。と言っても一番広い座敷は、ここしかありませんが・・。」

右衛門はそう言って、義親らを招き入れた。

「いや、お気遣いなされるな。右衛門殿とは今回の一件で、打ち合わせせねばならぬことがありましてな・・・。失礼とは思いましたが、長崎に着いた足で直接訪問した次第・・。できれば、内密な話ができる場所がありましたら・・。」

義親は、あまり慣れない質素な家の訪問に、少し戸惑いながらそう言った。

「それでは、二階の陽明の部屋に場所を移しましょう。(陽明の方を向き)陽明、向かいのかねのところへ行って、大事なお客が来たから、少し手伝ってくれと言ってこい。」

こんなに慌てた右衛門を見るのは久しぶりだと、陽明は思った。

「与助も喜一郎殿も、久しぶりだなあ。元気にしておったか。」

右衛門は、とりあえず、二人に愛想を言うのが精いっぱいだった。

二人は、照れ笑いをしながら、右衛門に軽く頭を下げた。


知らせを受けたかねと夫のくまが、下の台所で忙しく酒と魚の用意をしている。

上では、義親、右衛門、与助、喜一郎が円を描くように座り、忙しく運んでくるかねの料理と魚が、大きな膳の上に並べられていく。

後ろの方に、義親の来訪に驚いた本橋慎吾が小さくなって控えていた。

「おぬし、前にきて、われらと一緒に座ればいいのに・・。」

与助が、本橋慎吾を促した。

「私はここで・・・。」

何があっても動きそうにない本橋慎吾が、小さな声で辞退した。

「ところで・・。」

そう言うと、義親が少し心配そうな顔で、本橋慎吾を見た。

「心配なされるな。この男は、私と争って以来、我が家で居候する本橋慎吾という薩摩藩士です。どういう因縁か、今は我らの味方になって、通詞の大屋殿の警護をやってくれていますので・・・。すでに、慎吾のおかげで薩摩の刺客を退けることができました。(確認するような目で、義親を見て・・)薩摩藩士を、三人斬りはしましたが・・。」

右衛門の最後の言葉に、義親が安心したような表情になった。

「おぬしが、示現流の人斬り慎吾か・・・。殿と立ちあえば、皆ついてくるようになる。

まるで、桃太郎ですなあ。」

与助は、そう言って右衛門をからかった。

「これはうまい。」

喜一郎が、手を打って笑い始めた。それに誘われるように、その場の全員が爆笑し、一挙に場が和んだ。

「右衛門殿もご存じと思うが、薩摩は我ら幕臣にとって目の上のたん瘤・・。奴らの陰謀には、ことごとく見て見ぬふりをしてきたが、今度ばかりは様子が違うようで・・。右衛門殿があの薩摩藩家老 別所と対峙するとなれば、右衛門殿の仲間が必ず動きだす・・。わしもその仲間に加わって、今度こそあ奴の鼻が明かしたくなりましてな。」

義親は、顔は笑っているが、目は真剣であった。

「私は、この一件、大事にする気などなかったのですが、私の不徳の致すところで・・・。」

右衛門が、申し訳なさそうに頭を下げた。

「右衛門様の不徳のおかげで、今回、薩摩の陰謀を潰せば、手前ども大前屋は、尾張藩お抱え商人になれますので・・・。有難いことで・・・。親父とも言ってましたのですが、右衛門様は、福の神やと・・。」

喜一郎が、嬉しそうにそう言った。

「何も、おぬしらのために、殿は動くのではないからなあ。」

与助が、右衛門の気持ちを考えて、喜一郎に強い口調で忠告した。

「わかっておます。ただ、商人として、尾張藩のお抱えになるというのは、天下に店が公認されたようなものですからなあ・・・。すんまへんでした。」

喜一郎が、恐縮して謝った。

「ところで、右衛門殿・・・」

義親は、一通りみんなの会話が落ち着いたのを見計らったように、右衛門に切り出した。

「この一件、仮にこちらの思惑通りに運んだとしても、別所は、示現流の実力者 薬士実人とおぬしとの果し合いを申し出るのは必定・・・。」

そう言って、義親は右衛門の顔をまじまじと見た。

その言葉を聞いた本橋慎吾が、後ろの方で身を乗り出した。

与助は、じっと耳を澄ませて、腕を組み目を閉じた。

「事の成り行きで、別所がわしに申し入れてくれば、お受けしてもよろしいかな・・・。」

義親の眼光は、ますます鋭くなった。

右衛門は、辺りの空気を和らげるように、

「断る理由などありますまい。義親様の御自由に・・。ただし、相手が申し出ればの話ですが・・。私は、自分から果し合いは望みませんからな。」

そう言って、にやりと笑った。

「上々。それだけ聞けば、この地に来た甲斐があったというもの・・・。右衛門殿の助けになるなら何でもするので、いつでも言って下され。」

一転、表情の緩んだ義親の口調は滑らかだった。

義親、喜一郎、酒をあまり好まない右衛門まで、夜更けになるまで酒を飲み交わした。

ただ与助は慎吾と共に、大屋の家の警護に出かけると決めていた。


「何も田崎殿まで来られなくとも。」

慎吾は、恐縮したように与助に言った。

「わしも、殿のお役に立ちたいからな。殿はどこにいようと、わしの心の支えだからなあ・・・。」

与助の言葉を聞いた慎吾は、ますます右衛門に興味を抱いた。


(大屋の家の近くで・・・)

「慎吾だな!」

与助と慎吾の前に、三人の侍が、異様な気迫で二人に近づいてきた。

「何の用だ!」

慎吾が、落ち着いた声で応答した。

「この裏切り者が!命もらいに来た。覚悟せい!」

薩摩藩士らしきその侍たちの一人が、慎吾に向かって大声で叫んだ。

「慎吾、ここはわしに任せろ。 同士討ち程後味の悪いものはない。それに、こいつら、放っておけば、いずれ大屋の家を襲うに違いない。」

与助はそう言うと、慎吾の前に出て、中腰に構え、刀の鯉口を切った。

「何者!」

侍の一人が、邪魔をされて、苛立ったように声を発した。

「江戸柳生道場指南役、田崎与助!示現流の連中に剣の凄みを見せてやるから、よう見とけ!」

与助は、誰に言うでもなくそう言うと、にやりと笑った。

「こ奴、四強じゃ・・・。(しばらく間を置き)それはこちらの台詞じゃ。示現流の恐ろしさ見るがいい!」

一人の刺客がそう言った瞬間、合わせたように、残りの侍が刀を上段に構えて奇声を上げた。

「チェストー」

確かに、彼らの剣はすさまじい勢いで与助に向かったはずであったが、それより速く、与助のさばきはその攻撃をかわして、まるで蝶のごとく次から次とためらうことなく相手の懐に入っては、彼らの体を刀で払っていった。

与助の剣は、一段と凄みを増していたのである。


外の騒ぎを聞きつけて、赤松と田村が、与助と慎吾の近くに駆け寄ってきた。

「与助様!。」

田村が、与助の前に転がる死体と、与助を交互に見ながら、驚いたように声をかけた。

「久しぶりだなあ。それにしても、おぬし等二人では、いかにも心もとない。今日からは、この人斬り慎吾とわしが加勢するから安心しろ。」

与助は、そう言って、慎吾の方を向いてにやりと笑った。

「さすが、四強じゃ。」

そう思った慎吾は、与助の剣さばきに感嘆するばかりであった。

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