魔性の妹
「ちょっと、ヤッ……! あぁぁあ!!」
そして俺は目当てのものをゲットした。
メモ帳を切り取った紙に手書きで書かれた10桁の数字が2つ。
それは母さんが準備してくれているネット口座にアクセスする際に必要な番号だ。
これがあればその口座に入っているお金を自由に出し入れできる。
どうやら1万円ほどをその口座に入れてあるとのことらしい。
「やっぱり一週間分の生活費じゃねぇか!?」
「……」
ふいっと俺から目を逸らすユイナ。
「お前、何ネコババしようとしてんの?」
「……」
問い詰めようにも一向に口を開こうとはせず俺と一切目を合わせない。
どうやら黙秘権を行使するらしい。
そっちがそのつもりならと、俺はメモ書きをポケットに仕舞うと朝食の続きをとるためにテーブルへと戻った。
「ちょっと私の分のパスワードは返してよ!」
すかさず俺の後を追い掛けてくるユイナ。
「人のもん盗もうとしといて先に何か言うことがあんだろ」
俺の言葉にさすがに自分に非があることはわかっているのか、ユイナは口をもごもごさせながらやっとの思いでそれを口にする。
「謝ったらお兄の分もくれる?」
反省の欠片もないユイナの発言に俺も思わず声を荒げてしまった。
「あげるわけねぇだろ!」
「じゃあ絶対に謝んない」
腕を組んでプイっ顔を背けながら怒ってるアピールをするユイナ。
どうやら自分の立場をわかってないらしい。
「じゃあ俺もお前に返してやんねぇ」
俺は一切の冗談抜きでそれだけ告げると、ポケットからスマートフォンを取り出して早速電子マネーに変えようと操作する。
するとそれを見たユイナが慌てて俺に迫ってきた。
「ちょ、ちょっと待って! 別にいいじゃんそれぐらい! お兄はそれが無くても一週間ぐらい生きていけるでしょ!?」
「お前は自分の兄が水さえあれば生きていけるゴキブリと一緒だとでも思ってんの? 悪いけど、これがなかったら死ぬ自信あるぞ」
俺は無視して操作を続ける。
「だいたい妹の胸に手を入れておいて、その後謝りもしないなんておあいこでしょ!」
「取れるもんなら取ってみればと言ったのはお前だろ? 自分の言葉には責任持てよな」
責任を持てない奴は人間のクズだ。
母さんたちの躾がなってないみたいなので、ここは兄として社会の厳しさを教えてやらねば。
「だとしても本当に手を入れて来るなんて思わないじゃない! しかもどさくさに紛れて弄ってきたし!!」
「相手からオーケー貰ってるんだからいくら触っても俺の自由だろ」
俺は当然の権利を主張する。
許可は貰った。
だから触った。
以上だ。
ユイナはそれでも何か言いたげに唸っていたが、これ以上この話をしても意味がない事がわかったのだろう。
攻め方を変えるようだ。
「だいたいお兄には貯めてるお金があるんだから、それが無くったって生きていけるでしょ!?」
なぜその事を知っているのか疑問に思ったが、多分母さん辺りから聞いたんだろう。
けどそのお金は俺が最近買ったVRMMOのセットのために貯めていたものであり、コイツには一切関係のないもの。
第一もう買った後なので一銭も俺の懐には無い。
だからそのままの事実をユイナに告げる。
「いや、もう無いけど」
するとユイナはこの世の終わりのような表情で俺を見て来た。
「え、何で…………」
「いや、何でって、最近欲しいモノがあったからそれに全部突っ込んだし」
「えー!! なんで使っちゃったのぉ!?」
ユイナはまるで期待していたものに裏切られたような、そんな叫び声を上げた。
「俺が貯めたお金なんだからお前には関係ないだろうが!」
俺が正論で応えてやると、この妹はこともあろうにとんでもない事を言い放ってきやがった。
「せっかく旅行のお小遣いにしようと思ってたのに!?」
まさか兄のお金をアテにして旅行に行こうとしてたとは、俺も思わず叫ばずにはいられなかった。
「信じらんねぇな!! 自分の旅行に人の金をアテにする奴がどこにいるんだよ!!!」
「今度ちゃんと返すつもりだったの! それに向こうで遊ぶだけのお小遣いが欲しかっただけだし!!」
「だったら貸してほしいの一言くらい言えよ!! 黙って盗もうとする奴があるかよ!!」
するとユイナが自分の胸を両手で守るように押さえながら、またしても聞き捨てならない言葉を言い放ってくる。
「だってそんなこと言ったら、お兄になに要求されるかわかんないし」
犯罪者を見るような目で実の兄を見る妹に、俺は両親にこれまでどういう教育をして育てて来たんだと問い質しくなった。
俺は呆れながらもユイナに向かって諭すように口調を和らげて言ってみる。
「あのな、お前は自分の兄が困ってる相手の弱味に付け込むような、そんな最低の人間だとでも思うのか?」
するとユイナは当然とばかりに首を縦に振りやがった。
「うん」
ダメだ。
これ以上この話を続けても自分が傷つくだけなので、俺は話を戻すことに。
「とにかくだな、人から金借りて旅行なんて無計画にも程があんだろ。しかも黙って持ち逃げしようとするし」
「だから帰ってきたら返すつもりだったの」
「返す当てがないから黙って持って行こうとしたんじゃないのか?」
俺の指摘にユイナが言葉を詰まらせる。
「うっ……来年のお年玉で返そうとは、思ってた……」
どうやらこの妹は、自分のために俺に一週間ぐらいひもじい思いをしろ。
そう言っているようだ。
「とにかく俺だって今月ピンチなんだし貸せねぇぞ」
事実をそのままに伝えてやると、ユイナは小さくため息を漏らしながらがっくりと肩を落とした。
ようやく諦めたか。
しかしそう思ったのも束の間、ユイナが今日何度目かになるとんでも発言を俺に向かってぶつけてきた。
「……じゃあもういい。お兄には頼らない。“別のお兄”に頼ることにする」
それだけを言い残して立ち去ろうとするユイナに俺は待ったをかける。
「おい待て。何だよ別のお兄って」
「お兄みたいな人間ならよく知ってるんじゃない? 私達みたいな10代前半の女の子とデートする代わりに金をくれる男の人。けど、そういうのって駄目なこともわかってるし親不孝なことだってのもわかってるから、今までは避けて来たけど、お兄が貸してくんないならしょうがないよね」
もう脅し方が詐欺師もビックリのやり口だ。
無いと言ってる兄から、それでも搾り取ろうとする容赦ない妹。
「あ~あ、私穢されちゃうのかなぁ。どさくさに紛れて胸に手を入れられちゃったりするのかなぁ」
俺の方をチラチラと見ながらさっさと出せと要求してくるユイナ。
別にそのまま放っておくことも出来るが、知らない男をお金のためにお兄と呼ぶ妹の姿は想像もしたくない。
結局こういう場面になるとユイナの方が上手であり、俺が要求を呑まされるという構図は、まあさほど珍しいことでもないのだが。
「お前って性格悪いって言われたことないか?」
俺の質問にユイナがドヤ顔答える。
「“知将”と呼ばれた事ならあるね」
「“魔性”の間違いだろ」
俺はもう溜め息しか出なかった。
「半分だけなら貸してやる。だから道を踏み外すようなことはするな」
俺は入っていた金額の半分だけを電子マネーに変えると、パスワードの書かれた紙をユイナに手渡した。
「さっすがお兄、いざという時頼りになるぅ!」
都合の良い時だけ兄を頼る魔性の妹に再び溜め息をつきながら、俺は今週どうやって生きて行くかを真剣に悩むことになった。
「じゃあ私は行って来るから!」
搾りカスにはもう用は無いとばかりに、ユイナは家を飛び出すように出て行ってしまった。
ようやく落ち着きを取り戻したリビングには、朝に相応しい静けさが訪れた。
俺はテレビの音をBGM変わりに残った朝食に手をつける。
さてどうしたもんか。
そして食べ終えた食器を片付けながら、俺は今週をどう乗り切ろうかと思案する。
さっき冷蔵庫を覗いた時には目ぼしいものは特になかった。
なら無難に朝と昼はパン1個で凌ぐか。
もしくはおにぎりか。
考えるだけで疲れそうなので、やっぱり今は考えないことにした。
取り敢えず部屋に戻ってVRMMOでもやろうかな。
そう思ってテレビを消そうとリモコンを手に取った俺だが、しかしある単語が耳に入って固まってしまった。
『VRMMORPG『ウィザード・コレクション』と紫のウィルスの関係性に迫る!』
テレビから聞こえて来た“ウィザード・コレクション”と“ウィルス”という単語。
俺は思わずテレビに釘付けになってしまった。
何故ならそれは俺が最近買ったばかりのゲームの名前であり、正にこれからログインしようかと思っていた矢先のことだったから。